ロマンあふれる神話・伝承を電子書籍で。Amazon Kindleで販売中

【スラヴ神話の概要】神や吸血鬼、狼など。ストーリーのない神話世界

『Vampire』(エドヴァルド・ムンク)
『Vampire』(エドヴァルド・ムンク、原典

「ストーリーがない!」スラヴ神話の困った特徴

世間一般でメジャーになっている神話は、神々の設定とその神々が演じるストーリーをその内部に含んでいます。

ただ、この両者は世界中どの神話においてもセットになっているわけではありません。

むしろ、ストーリーを持っている神話の方が少数派で、神の設定だけが存在し、ストーリー部分を欠いているものの方が多数派なのです。

文字を持たない文明の場合、その傾向はより加速します。

書き記す手段が存在しないので、ストーリーがあったとしてもそれが記録されずに終わってしまったのです。

日本においてはアイヌ神話が、こうした危機的な状況にありました。

アイヌの神話は「ユーカラ」と呼ばれる神謡によって伝承されており、大正時代に金田一京助博士などの手によって採録されました。

この採録活動がなければその内容は失われてしまったのです。

ストーリーが失われても、神像や神殿などの遺物・遺跡などが残っていれば、それを元に「こういう神がいた」という印、つまり設定だけは復元することができます。

その神を信仰していた文化圏に隣接するところに、豊富が文字記録があれば、その神の名前もある程度まではわかるのです。

今回のお話の本題になる「スラヴ神話」ですが、設定だけが残ってストーリーがない神話の典型ということになります。

「あれ?スラヴ人は別にどこかの多民族に滅ぼされたわけじゃなく、その国は現在のロシアに繋がってるんじゃないの?」と思ってしまう人も少なくはないでしょう。

ですが、それは間違いです。

スラヴ人の文明、特にスラヴ人独自の信仰と密着した文明は、一度滅亡しているのです。

その経過はかなり複雑なのですが、以下にその経過について説明しましょう。

「スラヴの地」に国家を建設したのはスラヴ人じゃなかった!

漠然と現在のロシアのウラル山脈よりも西の土地に、スラヴ人と呼ばれる人たちが住んでいました。

彼らの存在は、すでに古代ギリシアにも知られています。

ヘロドトスの「歴史」にはスキタイ人の一派として「農耕スキタイ」と呼ばれる人たちが紹介されていますが、これがスラヴ人の先祖であろう、と考えられています。

弓をかまえるスキタイ人
弓をかまえるスキタイ人のイメージ

ヘロドトスは「農耕スキタイ」以外にも「遊牧スキタイ」「王族スキタイ」が存在すると書いています。

最近のDNAを活用した研究によれば、「遊牧スキタイ」も「王族スキタイ」もやがて「農耕スキタイ」に吸収・同化されたということになりました。

現在のロシア人は、スキタイ人の血を濃く引いている、といえます。

スラヴ人はインド・ヨーロッパ語族に属しています。

英語などのヨーロッパ西方の言語と比べると、インドやイランの諸言語との関係性が深く、明らかに同語源だとわかる単語が多く残っています。

例えば、サンスクリット語で「火」は「アグニ」と言いますが、現代のロシア語では「アゴーニィ」です。

サンスクリットの「アグニ」は単に火を意味するだけではなく、そこから派生した神の名前をも意味します。

サンスクリット語を使っていた古代のインドの住民たちは、他にも自然現象を神格化し、元の単語をそのまま神の名前にしています。

スラヴ人たちが信仰していた神のうち最も古いグループは、このような神々になります。

このため、同じルーツを持つ近い立場の神を、「リグ・ヴェーダ」などの古代インドの神話の中に見出すことができるのです。

さてこのようにインドの神とよく似た神を信仰していたスラヴ人ですが、自分たちで国家を作ることはありませんでした。

「農耕スキタイ」と呼ばれる時代には作っていたのかも知れませんが、その国家の系列は途中で消滅してしまっています。

文字を持っていませんでしたから、詳しいことがさっぱりわからないのです。

こうした混沌とした状況のスラヴの地に、国家を建設したのは「ヴァリャーギ」と呼ばれる一団でした。

現在では中国の軍艦になった空母「遼寧」は元はソ連の艦で、その時の名前を「ヴァリャーグ」と言います。

「ヴァリャーギ」はその複数形で、英語の「ヴァイキング」に相当します。

つまりスカンディナヴィア半島に住んでいたヴァイキングたちが、はるばるロシアの地までやってきて、国家を建設したのです。

ヴァイキングイメージ
ヴァイキングのイメージ

ヴァイキングは野蛮な略奪者ではなく、通商民という性格を持っていました。

現在のウクライナ地方は、ドニエプル川の水路を通じて北欧から当時の世界的大都市・コンスタンティノープルに繋がる通商路上にあったのです。

ヴァイキングたちが周囲のスラヴ人を征服して、あちこちに都市国家を築いたのは、この通商活動をスムーズに進めるためでした。

ヴァイキングを支配者として国家を成立させたことにより、スラヴ人の神の信仰は途絶えてしまいます。

ヴァイキングは、当然のように北欧で自分たちが信じていたオーディンやトールの信仰を持ち込んできたのです。

しかし、このヴァイキングたちはすぐにスラヴ化してしまいます。

ヴァイキングの植民都市だったノヴゴロドやキエフの首長、つまり大公は、初代から二代目ぐらいまではヴァイキング風の名前だったのですが、三代目ぐらいになるとスラヴ風になってしまうのです。

その区別はロシア語に詳しくない人でもすぐにつきます。

スラヴ風の大公の名前は、「~スラフ」となるからです。

ロシア語(正確に言うと、ロシア語の元になった教会スラヴ語のさらに前の言語ですが)では単語末の濁音はしばしば清音化します。

だから「~スラフ」は「~スラヴ」と意味的に一緒なのです。

日本の漫画で肥満体のキャラクターが、語尾を「~デブー」とするぐらいわかりやすいと思います。

という感じで支配者層がスラヴ化すると、信仰の方もスラヴ化するかと思われましたが、そうはいきませんでした。

ヴァイキングたちがスラヴの地に植民市を建設したのは、ビザンツ帝国の首都コンスタンティノープル相手に商売をするためです。

11世紀のヴァイキングの活動を背景にしている漫画「ヴィンランド・サガ」で、主人公トルフィンの一行はコンスタンティノープルに行って商売をし、ヴィンランド(北アメリカ)行きの旅費を稼ぐことになっています。

これは実際に、ヴァイキングたちがドニエプル川の水路を使って黒海から地中海にまで進出していた、という史実を下敷きにしています。

なおこの当時、スラヴ人たちはコンスタンティノープルのことを「ツァリグラード」と呼んでいました。

ツァリは後のロシア語のツァーリ、つまり皇帝のことです。

グラードは街なので、皇帝の住まう街、という意味になります。

さてツァリグラードの支配者であるところのビザンツ皇帝はキリスト教徒です。

これを相手にするためには、自分たちも何か世界的にメジャーな宗教を奉じていなければなりません。

メジャーじゃない宗教だと、野蛮人だとみなされて商業的にも不利だからです。

そんなわけでキエフの大公であったヴラジーミル聖公は、自分と自分の国が奉じる世界宗教の選定を始めます。

候補に上がったのは、当方のハザール人が信じていたユダヤ教、ビザンツが信じていたギリシア正教、そしてローマ・カトリックです。

いろいろ理屈を述べた挙げ句ヴラジーミル公はギリシア正教を選ぶのですが、元々ビザンツとの交易を円滑化するのが目的ですから、他のふたつは当て馬で最初から出来レースだったことは明白です。

この結果、一旦北欧化し、それからすぐにまたスラヴに回帰しようとしていたロシア人の宗教は、「上からの改宗」によってギリシア正教を取り入れ、以後キリスト教国家となってしまうのです。

ギリシア正教受容の前後にビザンツから修道士がやってきて、ギリシア文字をベースにスラヴ語を記録するための文字を作りました。

キリル文字とグラゴル文字です。このうちキリル文字が現代まで残り、ロシア語のあの特殊なアルファベットへと繋がります。

イングランドやスコットランド、アイルランドの場合、信仰とともに文字を持ってきた修道士が「異教の神の記録」ということで民衆に伝えられていた神話を記録するのですが、ロシアにやってきた人たちはそういうことは一切しませんでした。

このためスラヴの神話は記録されず、神話のストーリー部分が失われてしまったのです。

しかし、庶民の間に口伝えで「異教の神の設定」だけはわずかに残るようになります。

それらが後世にほそぼそと文字で記録されたものが、現在言われる「スラヴ神話」になります。

意外!ロシアの主神は実はゼウスだった!

ペルーンのイメージ
ペルーンのイメージ(Maximilian Presnyakov、原典

ヴァイキングたちがスラヴ化し、ギリシア正教を取り入れるまでの短い期間、キエフ公国では「ペルーン」という神が主神として崇拝されていました。

ペルーンは雷神です。

日本語には「稲妻」という言葉があります。この言葉は漢字伝来以前からあった大和言葉にその意味通りの漢字を割り当てた言葉で、古代日本人は雷を稲の実りと深い関係を持つ、と考えていました。

雷は多くの場合激しい雨を伴います。この雨が農作物に恵みをもたらします。

また、雷の電気が植物にいい影響を与えることがあるようです。

だから「稲の妻」なのです。

こうした関係性は、日本以外の国でも気づかれていたようです。

ですから、雷神は多くの場合農耕神としての側面も持っています。

このような雷神の代表例が、ギリシアのゼウスですね。

ゼウスはあちこちの女性に手を出してたくさんの子を産ませていますが、これはゼウスがギリシア古来の神ではなく、外からやってきて在来の女神たちと結婚するという形で浸透していった、というのが主な理由ですが、ゼウスが農耕神・豊穣神としての側面を持っていた、ということも関係していることでしょう。

ペルーンもこの雷神兼農耕神、という枠にぴったりと当てはまるのです。

ヴァイキングたちが信じていた雷神・農耕神としては北欧神話のトールも該当します。

研究者によっては、トールの信仰がヴァイキングたちによってロシアに持ち込まれた結果、それまで信仰されていたペルーンの性格に、トール的なものが混じっていたのだ、という人もいます。

ペルーンの神像はひげのある中年男性として表現されますが、これはゼウスとも、トールとも共通しています。

というより、古代から中世にかけての東欧から北欧にかけての男性は、みんなこんな感じだったように思えます。

さてこのペルーンですが、最初に述べたように、スラヴの神話は神の設定だけがあり、ストーリーをほとんど持っていません。

なので、大地の神ヴォーロスがペルーンのライバルであった、程度の、設定がちょっと拡張されたような話の断片しか残っていないのです。

それでもペルーンの神像はキエフに安置され、ヴァイキング戦士団がこれに礼拝を捧げていたといいます。

しかし、ヴラジーミル聖公がギリシア正教を受容すると、ペルーン信仰は放棄され、ペルーンの神像はドニエプル川に投げ込まれたといいます。

謎の家畜の神・ヴォーロスまたはヴェーレス

ペルーンは、キエフ公国の中枢を形成した戦士団の神でした。

これとは別に庶民の神として、ヴォーロスまたはヴェーレスと呼ばれる神がいました。

毎回ふたつの名前を並べるのも面倒ですから、これから後はヴォーロスのみで通します。

ヴォーロスは家畜の神で、ペルーンと並べてヴァイキングたちに崇拝された、ということだけが伝えられています。

それ以上どういう神だったのか、その設定部分すらよくわかりません。

ただ、ロシア語の「毛」を意味する言葉と関連があると思われ、元は家畜に限らず獣全般を意味する神だったのではないか、という仮説が存在します。

先にペルーンはギリシア神話のゼウスに相当する神だ、と述べました。同じギリシア神話で家畜を管理する神はヘルメスです。

そして面白いことに、北欧神話のオーディンはギリシア神話だとヘルメスに相当する神だというのです。

オーディンはひげを生やしたちょっと暗めの厚着のおじさまのイメージですが、ヘルメスはひげのない薄着の若者のイメージです。

ですが両者ともに知恵の神でもあり、魔術の神でもあるという共通点があるのです。

その神像がペルーンとともに並べられた、というのですから、ヴァイキングたちはヴォーロスをペルーンと並ぶ重要な神として信仰していたことになります。

ますますもって「ヴォーロス=オーディン」の疑いが濃厚となるでしょう。

ただ、北欧神話ではオーディンは比較的起源の新しい戦士階層(貴族)の神であり、トールは起源が古い農耕民の神でした。

かすかな記録によればスラヴのペルーンは戦士層の神であり、ヴォーロスは庶民の神であったようです。

このあたり立場の逆転があります。

もっとも、本来ペルーンもヴォーロスも北欧とは関連の薄い(むしろイラン・インドと関連の深い)神として存在しており、それにヴァイキングが持ち込んだトール・オーディン信仰が混入していった、と考えることもできます。

実際のところどうであったのか、今となってはわかりません。

補足

ヴァイキングたちは主としてロシアの交通の要地に都市を建設し、その都市の周囲を含めて数多くの「公国」を建設しました。

「公」とは言ってもロシア語で「クニャージ」といい、その語源は「King」と同じです。

この数多くの公国を束ねて盟主的存在になっていたのが、キエフを中心とした「キエフ公国」でした。

数多くいた「名前を呼んではいけないあの神?」の存在

キエフ公国でヴラジーミル聖公がギリシア正教を受け入れる前、彼はキエフの丘に6体の神像を建て、それを崇拝していたそうです。

これらの神の筆頭は、すでに紹介したペルーンです。

このペルーンと並んで篤く信仰されたのが、ストリボーグと呼ばれる神です。

「ストリボーグ」というのは、独立した神名であるか、ちょっと疑問です。

というのは、ロシア語の「ストリ」は「風」の意味であり、「ボーグ」は「神」の意味を持っているからです。

直訳すると「風神」であり、アマテラスとかスサノヲといった、固有の名前になりきっていないのです。

スラヴの神話を見ていくと、さまざまなところで「なんたらボーグ」という名前の神が出てきます。

これは全部ストリボーグと同様で、固有名詞になりきっていない「◯◯の神」という名称なのです。

さて、ストリボーグですが、固有名詞ではなく限りなく普通名詞の組み合わせに近い名前になっているため、その性格がある程度わかります。

先に、スラヴの神話は北欧神話などよりはインドの神話に近い、と書きました。

主神ペルーンはゼウスとも共通の根っこを持っていますが、その系列にはインドのインドラ神も属しています。

インドにおいて、インドラ神と並んで尊崇されたのはルドラ神です。

ルドラはその性格が後にシヴァ神に受け継がれる暴風の神でした。

となると、ストリボーグもやはりルドラと同様の暴風の神だったのではないか、と見当がつけられます。

ただ、これも何回も述べたように、スラヴの神は設定だけあってストーリーを全くと言っていいほど持っていないので、本当にストリボーグとルドラのルーツが共通であった、と断言しきることはできません。

同じような普通名詞っぽい名前の神に、チェルノボーグとベロボーグがいます。

こちらも「ボーグ」がついているので、「◯◯の神」という意味であることは想像できますね。

ちょっと悲しいことですが、キエフ公国が存在した現在のウクライナについて、「何を連想する」と尋ねると、多くの人が「チェルノブイリ」と答えると思います。

「チェルノボーグ」の「チェルノ」は、「チェルノブイリ」の「チェルノ」と同じ語からきています。

「チェルノ」は「黒い」という意味です。ちなみに「ブイリ」はよもぎに似た植物です。「チェルノブイリ」はよく「聖書に出てくるニガヨモギのことだ」と言われることがありますが、厳密に言うと近縁種ではありますが違う植物だそうです。

「チェルノボーグ」と対になる「ベロボーグ」の「ベロ」は「白い」という意味です。

つまりチェルノボーグは「黒い神」で、ベロボーグは「白い神」です。

きっちりペアになっていてわかりやすいかも知れませんが、あまりにもやっつけ仕事であるかのようにも思えます。

チェルノボーグとベロボーグについては、用意されている設定もここまでです。神話と呼べるストーリーはありません。

なので、これまたペアであることやインド・イラン起源でありそうなところから類推するしかありません。

「白と黒」という善悪二元論的な神を、インド・イラン方面で探すと、イランで信仰されたゾロアスター教のアフラ・マズダーとアングラマイニュに行き着きます。

高校の教科書でも説明されていますが、アフラ・マズダーは光の神で、アングラマイニュは闇の神(というか一格下の悪霊の王)とされています。

インドではアフラ・マズダーを含む神のグループが「アスラ神族」とされ、その対抗馬が「デーヴァ神族」とされます。

インドにおいてはイランと善悪が逆転しており、インドラを王とするデーヴァ神族が正義、アスラ神族が悪、とされます。

その割にはアスラ神族の主神ヴァルナは正義の神ということにされていますが。

インドラなどが信仰されていたヴェーダ時代が終わり、シヴァやヴィシュヌが活躍するヒンドゥー教の時代になると、アスラは完全に悪魔扱いされ、仏教の「阿修羅」の持つイメージに近づいていきます。

というように、インド・イラン神話にまで引っ張っていくと、なんとなく関連性を伺い知れるような状態になるのですが、ベロボーグがアフラ・マズダーと、チェルノボーグがアングラマイニュと同起源であるかどうかは、これまた断言できません。

ちなみに、北欧神話に出てくる「アース神族」はインド・イランの「アスラ」と同起源である、とする説もあります。

だとすれば、ベロボーグとチェルノボーグの起源についても、ある程度の信憑性が出てくるのかも知れません。

補足:アース神族とは

北欧神話の主役となるオーディンやトールが属する神族。

ヴァン神族というグループと抗争していましたが、やがて講和し、ヴァン神族からニョルズ・フレイ・フレイヤが送られてきたといいます。

「なんたらボーグ」はまだいます。

太陽神だと言われているのが「ダジボーグ」、火の神だと言われているのが「スヴァローグ」です。

ダジボーグのイメージ
ダジボーグのイメージ(Maximilian Presnyakov、原典

「ダジ」は「太陽」を意味する語ではなく、「与える」を意味する古語だったのではないかと考えられています。

また、「スヴァ」の方もずばり火を意味する語ではないのですが、スヴァローグに似た名前の火の神がイランなどにいるため、これと同種族だろうと考えられました。

スヴァローグは単なる火の神ではなく、鍛冶の神であり、また生殖を司る神だともされていたようです。

なんとなくギリシア神話のヘファイストスが混ざっている感じです。

ヘファイストスは醜く生まれてしまった、とされていますが、美と愛と生殖の女神アプロディーテの夫ですから、生殖神としての側面もかつては持っていたのかも知れません。

太陽神としてはダジボーグの他にも、ホルスという神がいたとされています。

カナで表記するとエジプトのファラオの守護神にして太陽の神としての側面も持つホルスとイメージが被ってしまいますが、この両者の間には直接の関係はないようです。

ちなみに、本当にこのホルスが太陽神であるかも疑わしいとされています。

じゃあ何の神なのだ、と言われてもそれ以上何も答えられないのですが。

このように、スラヴの神話においては、神々の名前もかなり安直につけられている感じがするのですが、それはひょっとすると彼らの間に、神の本当の名前を呼んではいけないというタブーがあったためかも知れません。

名前がない、のではなく、名前を呼んではいけない、だったと考えると、ちょっと妄想が膨らむような気がしないでもないでしょう。

民衆に慕われたロシアのガイア「マーチ・スリャー・ゼムリャー」

先に紹介した「キエフの丘の6神体」は、ヴラジーミル聖公が属するヴァイキング国家群の戦士層が信仰していた神です。

彼らは元々はスカンディナヴィアの出身ですから、その信じる神たちは、名前こそロシアの神と一緒でも中身は微妙に北欧神話が混じって別のものになっていると考えられています。

純粋なロシア人、つまりヴァイキングに征服されてその支配を受け入れていた人たちは、もうちょっと違う神を信仰していたようです。

彼らが信じていた神については、ヴァイキングが信仰した神以上に記録が残っていませんから、わかっているのは名前ぐらいしかありません。

しかし、その名前が固有名詞ではなく限りなく普通名詞に近いため、どういう性格の神であったか見当をつけることができるのです。

ロシアの地に住まうスラヴ人たちに古くから信仰されていた神は、女神でした。

マーチ・スリャー・ゼムリャー」と呼ばれています。

日本語の文献では、「マーチ・スィラ・ゼムリャー」と書かれることもありますが、どっちが正しいということはなく、単なる表記ゆれです。

この女神の名前を読み解いてみましょう。

「マーチ」は何となく想像できる方もいるかも知れません。

英語で言うとマザー、つまり「母」の意味になります。

「ゼムリャー」もどこかで聞いたことがある単語かも知れません。

地名に「ノヴァヤゼムリャ」というのがありますね。

また、中学校・高校の地理で、ウクライナのあたりには「チェルノーゼム」と呼ばれる土地がある、と習ったことがあると思います。

これは「黒土地帯」と訳されていることが多いので、「ゼム」は「土」あるいは「大地」のことであろうと想像がつきます。その通りです。

最後は「スリャー」または「スィラ」ですが、これはいいヒントがないので直接話してしまいましょう。「湿った」という意味です。

ということで、「マーチ・スリャー・ゼムリャー」は、日本語に訳すると「母なる湿潤の大地」という意味になります。

だいたいこれでどういう性格の神なのかわかっちゃいました。

スラヴ人の住む土地は寒さが厳しいですから、冬の間は大地は凍っていて何も生み出すことはできません。

ですが春になって氷が溶け、大地が湿り気を帯びてくると、さまざまなものを生み出すことができるようになるのです。

「マーチ・スリャー・ゼムリャー」は地母神というジャンルに属する神です。

ギリシアのガイアやレアー、デーメーテールと同族になります。

「デーメーテール」の「デー」は大地の意であり、「メーテール」は「母」を意味しますから、彼女が一番近いと言えます。

女性の豊穣神がいるのなら、男性の豊穣神もいるんじゃないのか、と思う方もおられるでしょう。

はい、存在します。イアリロまたはヤリーロと呼ばれる神です。

イアリロはその語源がギリシアのエロースと一緒である、ということがだいたいわかっています。

イアリロは若く美しい男性の姿を持っており、左手に麦の穂、右手に人間の頭を持っているといいます。

ちょっと物騒な感じがしますが、古代の人たちは地域がどこであっても、「死と再生」はペアであると考えていたので、矛盾はありません。

ただ単なる豊穣神にとどまらず、騒乱の神、さらに発展して戦争の神としての一面も持っていたといいます。

この点では北欧神話のフレイに通じるところもあるかも知れません。

イアリロの祭礼は春に行われます。

人々は集まってイアリロの生誕を祝うのですが、祭礼の最後にイアリロは殺され、地に戻されます。

こうすることによってイアリロが農作物としてまた蘇る、と考えられたためです。

豊穣神を殺す祭礼はあちこちで行われたようですが、その具体的内容は場所によって微妙に違っていたようです。

あるところでは、イアリロまたはその依代を殺すのではなく、若い娘たちに輪になって踊らせ、その後一人の娘を選んでイアリロに捧げた、という形式を取っていたようでした。

ストラヴィンスキーのバレエ「春の祭典」は、このタイプのイアリロの祭礼を、少女の生贄をクライマックスとして描写したものです。

ちなみにイアリロですが、名前が韻を踏んでいるマリネラ国王とは全く関係がないと思われます。

補足

「春の祭典」は、ロシアの作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキーが作曲したバレエ音楽で、「火の鳥」「ペトルーシュカ」と並んで彼の代表作とされます。

それまでのクラシック音楽の作法に従わず、大胆な和声・頻繁な転拍子を伴う激しいリズムが、初演時に大反響(否定的な意味で)を巻き起こしました。

初演時の振付を行ったのは、伝説的なダンサー、ヴァーツラフ・ニジンスキーです。

キリスト教化以後も生き残った精霊たち

キリスト教の影響が強くなると、ペルーンを筆頭とする古いスラヴの神々は王侯貴族はおろか庶民にも信仰されなくなります。

男女の豊穣神の信仰は続いたようですが、権力者はその祭礼を見つけると「異端だ!」と叫んで弾圧したようです。

ですが、支配層に信仰されていた神ではなく、庶民の間により身近な存在として信じられていた低位の神々は、「精霊」ということにされ、キリスト教時代でも生き延びました。

ドモヴォーイはそれらの精霊のうちのひとつです。

『商人の妻とドモヴォーイ』(ボリス・クストーディエフ)
『商人の妻とドモヴォーイ』(ボリス・クストーディエフ、原典

「ドモ」は「家」を意味する古スラヴ語「ドム」(英語だとドーム)から来ているので、「座敷わらし」と似たような意味になります。

もっともドモヴォーイは童子ではなく老人であると思われていました。

ドモヴォーイは家を守る精霊ですが、普通の人間はその姿を見ることができません。

また、その気配を感じたとしても、彼を本来の名前(つまりドモヴォーイ)で呼んではならず、別の名前で呼ばなければならなかったそうです。

家の中でドモヴォーイがお気に入りの場所は暖炉のそばです。

彼は暖かいのが大好きで、暖炉のそばから離れません。

このため、引っ越しをする時は暖炉の中から燃えさしを持って新居に行き、ドモヴォーイも引っ越しをしてくれるように計らうのだといいます。

家の中すべてがドモヴォーイの領分である、というわけではなく、浴場(サウナであったことが多いようです)にはバーンニクという精霊がいました。

家の周りにもさまざまな精霊がいます。

森にはレーシィという精霊がいると信じられていました。

また、生活をしていく上で必須の水場には、ルサールカやヴォジャノーイといった精霊がいたということです。

ルサールカは女性の水精で、ヴォジャノーイは男性です。

『ルサールカ』
『ルサールカ』(Witold Pruszkowski、原典

ヴォジャノーイの「ヴォジャ」は、英語で水を意味する「ウォーター」と同語源です。

ロシア語では水は「ヴォダ」と言います。

またロシア語にはつけると「小さな◯◯」を意味するようになる縮小辞という設備辞があります

「水=ヴォダ」に縮小辞をつけると「ウォトカ」になり、これはロシア人が何よりも愛している蒸留酒の名前になります。

ルサールカ・ヴォジャノーイにもまたさまざまなバリエーションがあります。

ある地域ではルサールカは愛嬌のある美人ですが、他では陰鬱な醜女である、とされることもあります。

ヴォジャノーイの変化の振れ幅はもっと大きく、なぜか女性の姿にされたり、カエルのような姿にされてしまうこともあるのです。

ヴォジャノーイ
ヴォジャノーイ(イヴァン・ビリビン、原典

多くの場合、ルサールカとヴォジャノーイは夫婦であるとされます。

バーバ・ヤガーは、人里離れた所に住むといわれる恐ろしい魔女です。

『バーバ・ヤーガ』(イヴァン・ビリビン画)
『バーバ・ヤーガ』(イヴァン・ビリビン画、原典

彼女はニワトリの脚の上に建てた小屋に住んでるといいます。

ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」には「バーバ・ヤーガの小屋」という一曲があり、このおかげで彼女は有名になりました。

「展覧会の絵」の解説でも彼女はニワトリの脚の上の小屋に住んでいますが、名前の方はアクセントが移動して(ロシア語ではアクセントのある音を延ばして発音します)バーバ・ヤーガとされてしまいました。

補足:「展覧会の絵」

モデスト・ムソルグスキーが1874年に作曲したピアノによる組曲。

第一曲「プロムナード」や、終曲「キエフの大きな門」が有名です。

テレビなどでもよく使われるので、題名は知らなくてもメロディを知っている人は多いでしょう。

後にフランス人の作曲家モーリス・ラヴェルの手によってオーケストラ曲として編曲されています。

演奏されたりテレビ番組で使われる機会が多いのは、オーケストラ曲の方です。

バーバ・ヤガーは定番アイテムとして一般的なイメージの魔女同様箒(ほうき)を持っています。

ですが移動の際、この箒に乗って飛ぶということはありません。

彼女は石臼の上に乗り、石臼の取っ手を回して石臼全体を移動させるのだそうです。

当然石臼がゴリゴリと移動した後には溝のような跡が残るので、箒を使ってその跡を消していくのだそうです。

直接歩いた方がずっと楽なような気がします。

バーバ・ヤガーはロシアの民衆、特に子供に恐れられています。

この陰鬱な魔女は、子供を捕まえたら食べてしまうのだそうです。

このあたり、グリム童話の「ヘンゼルとグレーテル」に登場する魔女にも通じるものがありそうです。

あちらはニワトリの脚の上の小屋ではなく、お菓子の家というより子供が寄ってきそうな家に住んでいますが。

スラヴはアンデッド天国・ヴァンパイアあれこれ

厳密に言うと神話のカテゴリには入らないと思われますが、スラヴ圏でその存在が長く信じられていた人外に「ヴァンパイア」があります。

『Vampire』(エドヴァルド・ムンク)
『Vampire』(エドヴァルド・ムンク、原典

今まで紹介してきた神や精霊は、どちらかというと東スラヴの文化圏、つまり現在のロシア・ウクライナ・ベラルーシを中心とした地域で信仰されていたものが多いのですが、ヴァンパイアの本場はそれよりも南西の地域です。

「ヴァンパイア」という語はそれほど古いものではなく、18世紀ぐらいから小説などで使われるようになった、といいます。

ただその元になった「吸血鬼系の人外」の歴史はかなり古く、その起源は紀元前にまで遡れるのではないかと思われます。

起源の古い伝承によれば、「吸血鬼」は基本的に蘇った死人です。

「生きている人間の血をすする」というのは必ずしも必須の条件ではありませんでした。

ですからアンデッドと呼んだ方がふさわしいように思えます。

「蘇った死者」伝説が生まれた背景については、さまざまな説がありますが、有力なものとしては以下のようなものがあります。

冬の寒さが厳しいスラヴの地では、土葬した遺体がなかなか腐らず、十数年経っても生前とさほど変わらない状態だったことがよくあったそうです。

また、中には棺桶に入れられた後に蘇生してしまい、なんとか脱出しようともがいたり、酸欠に苦しんで目を見開いたまま事切れた遺体なども見つかったようでした。

ここから「蘇る死体」の伝説が広まっていきます。

あとはこれにさまざまな尾ひれがつくことになります。

「吸血」はその尾ひれのひとつに過ぎません。

「吸血」以外の有力な属性の一つに「獣への変身」があります。

上記のアンデッドの一部は、長距離移動した時は主にオオカミに変身したのだと言うのです。

手塚治虫の漫画に「バンパイヤ」という作品があります。

これを見た人の多くは「ヴァンパイアを連想させるタイトルなのに、オオカミ男しか出ない!」とツッコミを入れてくるのですが、ヴァンパイアの名で呼ばれるようになったスラヴのアンデッドはそういう属性も持っているので、別に間違っているわけではないのです。

いわゆるドラキュラ系の吸血鬼の話が大増殖する以前のことなので、むしろ「ヴァンパイア」の大元の意味がそのまま保存されているタイトルだ、ということができます。

なお、「オオカミに変身」は、元は何らかの原因で人間の遺体がオオカミに食べられたという、ごくありふれた事件がベースになっているのだと思われます。

オオカミは神の使いで、オオカミに食われた人間は神の国(ヴァルハラ)に連れていかれるのだ、という信仰が、北欧にはあったようです。

このオオカミはいつの間にか美しい乙女、つまりヴァルキューレになるのですが、元々は屍肉を食い荒らすオオカミで、「バンパイヤ」の原型にもなっているのです。

さて現在ではヴァンパイアの最重要属性であると考えられている「吸血」ですが、実は案外後の方になってから追加されたものです。

スラヴのアンデッドとは全然別起源の「生贄の血をすする」という儀式がいつの間にかアンデッドの仕業とされ、「吸血鬼」が誕生します。

黒く縮むことがなく、生前同様ツヤツヤとした顔をした遺体を見て、「死ぬ前と同じ姿でいるのは人間の生き血をすすっていたからだ」と言い出した人も、おそらくいたでしょう。

なお、スラヴの地でもすべての遺体が腐らなかったわけではありません。というか、腐る方が多数だったから、そうでない死体を見つけて大騒ぎしていたわけです。

というわけで、「腐らない死体」を見つけた人たちは「どうしてそうなったのか」を考えるようになります。

その結果出てきた仮説が「生きている時悪事をした」「この世に恨みを残して死んだ」「自殺した」「事故死した」などと言うものです。「死んだ後遺体の上を猫にまたがれた」などというのもあります。

吸血鬼にも弱点があります。十字架・銀製品・にんにくなどが有名です。

これらのうち銀製品とにんにくは、比較的起源が古いようです。

吸血鬼は放置しておくと人や家畜を殺したりなどの悪事を行うので、人が死んだら葬儀は丁重に行い、ちゃんと腐ってもらうようにしなければならなかったといいます。

近代になってから生まれた神話「吸血鬼ドラキュラ」

数ある吸血鬼を代表しているのが、「ドラキュラ伯爵」です。

彼はブラム・ストーカーというアイルランド人の作家が書いた「吸血鬼ドラキュラ」という小説に登場する人物(?)です。

「吸血鬼ドラキュラ」が上梓される前、ストーカーと同じアイルランド人の作家シェリダン・レ・ファニュによって「吸血鬼カーミラ」という作品が書かれていました。

ストーカーはこの作品の設定を大いに参考にしたようです。

「カーミラ」は女吸血鬼で、その後山程出現した「吸血鬼ドラキュラ」の二次創作的作品群にも登場するようになります。

中にはカーミラの方がドラキュラよりも古いのだ、ということを知らずに使ってしまうケースもあります(というかそっちの方が多い)。

「カーミラ」では、「吸血鬼に血を吸われた人間も吸血鬼になる」「昼墓場で眠っている吸血鬼の棺桶を暴き、心臓に杭を撃ち込むと殺せる」という設定が、「吸血鬼ドラキュラ」を始めとする後続作品にも受け継がれました。

また、「吸血鬼はなんだか自分の名前に愛着があるらしく、度々元の名前の文字を入れ替えて(アナグラム)新しい名前を作る」という設定も、「吸血鬼ドラキュラ」には引き継がれました。

「カーミラ」に登場する女吸血鬼は、「カーミラ」「ミラーカ」「マーラカ」と名乗りを変えています。

なお、「カーミラ」は、手塚治虫の漫画「ドン・ドラキュラ」にも登場します。

これはTVアニメ化されたもののわずか4回で打ち切りになったという伝説の作品です。

カーミラは主人公ドン・ドラキュラ伯爵の妻で、オオカミに変身するという属性を持っていました。

巨匠は「バンパイヤ」の設定に愛着があったようです。

「バンパイヤが狼男だなんておかしいよ」という実は間違っているツッコミへの回答だったのかも知れません。

さて、「吸血鬼ドラキュラ」の主人公も、自分の名前の綴りを入れ替えて別の名前を作ります。

その代表が「アーカード」です。

かつては日本語では「アルカード」と表記される方が多かったのですが、「ヘルシング」がドラキュラものの決定版として君臨してしまった後は、誰もが「アーカード」と書くようになりました。

「吸血鬼ドラキュラ」の主人公のモデルは、実際に「ドラキュラ」をニックネームにしていた今のルーマニアの人「ヴラド三世」だといいます。

「ヘルシング」ではアーカードはブラム・ストーカーの小説に出てくるドラキュラ、そしてヴラド三世と同一人物だと描かれています。

ただブラム・ストーカーはルーマニアの現地に行って取材をしたわけではありません。

図書館などに通ってヴラド三世について当時としてはかなり詳しく調べたようですが、間違いもあります。

その最たるものは「ヴラド三世は少なくとも生前は吸血行為などしなかった」ということなのですが、まあこれを否定すると小説が成り立たなくなってしまうので大目に見ておくべきでしょう。

それ以外で最もよく知られている間違いは、「ドラキュラはトランシルヴァニアの伯爵である」ということです。

現在のルーマニアは、かつてはトランシルヴァニアやワラキアといった地域に分かれていました。

ヴラド三世は、トランシルヴァニアの中心都市シギショアラで生まれましたが、トランシルヴァニアの「伯爵」になったことはありません。

というか、東欧のこの地域に「伯爵」という称号を持つ貴族はそもそも存在しなかったのです。

ストーカーの故国であるアイルランドを支配していた連合王国では、「伯爵」は「アール」です。

紅茶の銘柄の「アールグレイ」の「アール」ですね。

ただ「アール」を使うのは連合王国の中だけに限られていて、イギリス人は大陸の伯爵相当の貴族を呼ぶ場合には、「カウント」の語を使いました。

アメリカの教育番組「セサミストリート」には、ドラキュラ系の吸血鬼をもじったキャラクターが登場しますが、彼の名前は「カウント・フォン・カウント」、つまり「カウント伯爵」とされています。

「フォン」がつくからドイツ系なのでしょう。

この伯爵は少なくとも画面上では吸血行為を一切せず、ひたすらものを数えることに命をかけていました。

ヴラド三世の話に戻りましょう。

ヴラド三世は成長後ワラキアの支配者となりました。その称号は「ヴォイヴォダ」です。

ルーマニアはローマの文化が色濃く残った地域で、「ヴォイヴォダ」はローマの爵位でいうと「ドゥクス」に相当します。

「ドゥクス」は英語の「デューク」、つまり「公爵」と同じです。

補足:イギリスの爵位

イギリスでは王の下が「公」で、ウェールズ公だけが「プリンス」、他が「デューク」と呼ばれます。その下の「候」はマーキス、「伯」がアール、「子」がバイカウント、「男」がバロンとなります。

というわけで、ヴラド三世はトランシルヴァニア伯ではなく、それより一格上のワラキア公だったのです。

「ヘルシング」では「史実」通りワラキア公説が採用されています。

その割にラストシーンでヒロイン・インテグラから「伯爵」と呼びかけられてますけど。

これはブラム・ストーカーの間違いではないのですが、近年のドラキュラものを創作している人がよく間違えることとして、ヴラド三世のことを「ヴラド・ツェペシュ」と表記することがあります。

この結果、「ツェペシュ」をヴラド三世の属するファミリーネームだと誤解する人が続出しました。

当時のこの地域の貴族たちには、ファミリーネームはありません。

漠然と、その家の初代だと考えられる人の名前を使って、一族を区別しているだけです。

ヴラド三世の属する一族は、バサラブ一世という人を初代としているので、便宜的にバサラブ家と呼ばれますが、これは「風の谷ジルの子ナウシカ」と名乗るのと似たようなものです。

「バサラブ」も厳密な意味でのファミリーネームではないのです。

補足 スラヴ人の名乗り

スラヴ人や北欧人は、自分の名を名乗る時に「◯◯の子△△」というような名乗り方をします。

北欧人の場合、「トルフィン・トルザルソン」などとなりますが、この場合「~ソン」の部分が「◯◯の子」の意味になります。

先祖に偉大な人がいた場合、その名前+ソンがファミリーネームのように使われます。

ロシア人の場合は、「ニコライ・イヴァノヴィッチ」のように、父の名前に「~イッチ」を付けたものが「父称」となります。

では「ツェペシュ」というのはなんでしょう。

これは「ドラキュラ」同様ヴラド三世のニックネームでした。

ワラキア公としてのヴラド三世は、国内の大貴族を粛清してワラキアの結束を強め、難敵オスマン・トルコのメフメット二世と戦わなければなりませんでした。

そのため自分を恐るべき存在だと思わせる必要があり、逮捕した貴族やトルコの兵士たちを情け容赦無く串刺しの刑に処しました。

「ツェペシュ」というのは「串刺し公」という意味です。

対する「ドラキュラ」の方ですが、これは父が「ドラゴン」を語源とする「ドラクル」というニックネームを名乗っていたので、これにあやかって「ドラクルの子」という意味で本人が使い始めたものです。

ヴラド三世の父はヴラド二世で、親子揃って同じ名前です。

だから公式文書などでも、父と署名をちょっと変えて「オヤジじゃないよ息子だよ」ということを明白にする必要がありました。

つまり何らかのニックネームを使わなければならなかったのです。

そこで本人が選んだのが「ドラキュラ」でした。

現代人からすれば、凶悪な吸血鬼を意味する「ドラキュラ」よりも「ツェペシュ」の方がいい名前であるように思えてしまいます。

ですが、ブラム・ストーカーが小説を書く前は、「ドラゴンの子」「小さなドラゴン」を意味する「ドラキュラ」の方が「串刺し公」よりよっぽどいいニックネームだったのです。

ヴラド三世がこちらを公式のニックネームとして使ったのも当然でしょう。

西洋における「ドラゴン」には微妙に「悪魔」の意も含まれていますが、それよりは勇敢・強いといったイメージの方が強かったのでしょう。

ヴラド三世の敵になったメフメット二世ですが、こちらはコンスタンティノープルを攻略してビザンツ帝国を滅ぼしたオスマン帝国最強のスルタンです。

その配下にはイェニ・チェリと呼ばれるこれまた世界史上屈指の強力な親衛部隊がいました。

ヴラド三世はこのオスマン軍に対してゲリラ戦を挑み、捕らえた捕虜を片っ端から串刺しにして街道に並べました。

母国を遥か離れて心細くなっていたオスマン兵の心はこれでみな折れてしまったといいます。

頃合いを見計らったヴラド三世はオスマン軍主力に夜襲を仕掛け、一気にメフメット二世の首を取ろうとします。

オスマン帝国とヴラド公の闘い(テオドール・アマン画)
オスマン帝国とヴラド公の闘い(テオドール・アマン画、原典

このあたり、「ヘルシング」のアーカードよりは、同じ作者の「ドリフターズ」の主人公・島津豊久に似ています。

ところが、最強親衛隊であるイェニ・チェリが必死に守ったため、メフメット二世の首は胴体につながったままになりました。

とはいえオスマン軍は士気の面からこれ以上戦闘を続けることができなくなり、コンスタンティノープル改めイスタンブールに帰還することになります。

寡勢でオスマン軍の侵略をはねのけたヴラド三世は、故国の大英雄として讃えられるはず…でしたが、実際にはメフメット二世などの謀略により失脚させられ、トランシルヴァニアに築いた要塞で捕らわれ、幽閉されてしまいます。

この要塞はポエナリ城と呼ばれ、近年「ドラキュラ城」として観光名所になっているといいます。

ヴラド三世を捕らえたのはハンガリー王マーチャーシュ一世です。

彼はヴラド三世と組んで自分もオスマン帝国から敵扱いされるのを避けるため、ヴラド三世の悪口を書いたビラをあちこちで配るようになります。

そのビラの中には、「大悪人ヴラドは快楽で人を殺しその肉を食い血をすすった」などという文句もあり、これもまた吸血鬼伝説の元ネタになっています。

十二年におよぶ幽閉の後ヴラド三世は釈放され、またオスマン帝国との戦いに没頭しようとします。

しかし、貴族の味方を集めるためにギリシア正教からカトリックに改宗したことが裏目に出、正教徒が多かった民衆の支持を失います。

ヴラド三世はそのままわずかな兵を率いて絶望的な戦いをオスマン軍に挑み、戦死したとも、味方の貴族に裏切られて暗殺されたともいいます。

「ヘルシング」では経緯はわかりませんが、斬首の刑に処せられたようです。

どういう死に方をしたのかよくわからなかった、というあたりも、後にヴラド三世が吸血鬼になった、という話を作られる原因になったように思われます。

なお、現在のルーマニアでは、ヴラド三世はルーマニアがトルコに征服されるのを食い止めた大英雄として讃えられています。

なので、吸血鬼の話を持ち出すと現地の人にはちょっと嫌な顔をされるようです。

実在の女吸血鬼? 血の伯爵夫人エリザベート・バートリ

このように「元祖吸血鬼」扱いされたドラキュラ伯爵ことヴラド三世ですが、実際には敵に対してちょっと容赦なかっただけで、人肉を食らったり血をすすったりということはしていませんでした。

ところが、同じ東欧で「吸血鬼」と称されてもしかたのないような行為を繰り返した貴族の女性が存在するのです。

それがハンガリーの「エリザベート・バートリ」です。

『バートリ・エルジェーベトの肖像画』(1630年頃)
『エリザベート・バートリの肖像画』(1630年頃、原典

「エリザベート・バートリ」という呼び名はドイツ語のものです。

本家ハンガリーでは、「バートリ・エルジェーベト」と言います。

アジア系の言語を話すハンガリーにおいては、人の名前は日本と同じく「姓→名」の順番で表記するので、ドイツ語版の名前とひっくり返ってしまうのです。

ただ一般的には「エリザベート・バートリ」の方が通りがよいので、ここではこの名前で通します。

なお、英語にすると「エリザベス・バソリー」というなんだかなあな語感になります。

ヴラド三世の死後オスマン帝国は東欧を席巻し、ハンガリーの一部を征服し、トランシルヴァニアを支配下に置きます。

エリザベートはこのトランシルヴァニアの貴族バートリ家の出身です。

彼女は15歳の時ハンガリーの貴族と結婚しました。

ここまではまあ、当時の貴族のお嬢様としてよくあるパターンを歩んでいたといえます。

夫に過度の嗜虐趣味があった、という点を除けば。

ちなみにこの時の夫の爵位は「伯爵」です。

上でトランシルヴァニアに伯爵はないと書きましたが、ハンガリーにはあったのです。

エルジェーベトの夫の嗜虐趣味というのは、ほぼ戦場で戦う敵に限定されていました。

その敵というのはオスマン兵ですから、ヴラド三世とあまり変わりません。

ただ戦に熱中するあまり家を留守にしがちでした。

この結果エルジェーベトは暇を持て余すようになります。

夫との間に六人の子をもうけるなど、夫婦仲は悪くなかったのが逆に仇になったのかも知れません。

エルジェーベトは数多くの相手と浮気を重ねるようになりますが、その相手というは男女おかまいなしだったそうです。

また、召使いに対するいじめも、しばしば行ったようでした。

そのうち夫が死去すると、現在のスロバキア領内にある自分の城に引きこもり、近隣の娘を呼び寄せては惨たらしく殺すようになりました。

いわゆる「アイアン・メイデン」を使って少女を殺し、その血を浴びたともいいます。

さらには、娘たちの血を浴槽の中に注ぎ、入浴したとも。

補足:アイアン・メイデン

「鉄の処女」とも。蓋の部分に無数の針が突き立てられた拷問器具。

使われた相手はほぼ即死するので、処刑器具だとも言われます。

中に人を入れる箱、ということで分類としては棺桶に属すると思われますが、縦型になっていて蓋の部分に女性の像(あまり美しくない)が刻まれているので、この名で呼ばれます。

ただ現存する「アイアン・メイデン」は大半が後世の復元品で、中世に拷問用具として実在していたのかどうか疑う人も少なくありません。

その場合「エリザベートがアイアン・メイデンを使って少女を殺した」というのも、割と眉唾ものの話になりますが、エリザベート本人をアイアン・メイデンの発明者であるとする説も存在します。

エリザベートは最初庶民の娘を虐待することで満足していましたが、やがて周囲の下級貴族の娘も毒牙にかけるようになります。

その結果犯罪行為が露見し、彼女は裁判にかけられました。

トランシルヴァニア屈指の名家の出身であったため、死刑が免れましたが、扉と窓をしっくいで塗り固めた真っ暗な部屋に閉じ込められることになります。

三年半ほどの幽閉生活の末、彼女は衰弱死しました。

彼女の蛮行の具体的な内容は、裁判の時の証言にほぼ依存しています。

当時の人たちは、自分が罪を免れるためにはウソの証言でも平気でしました(現代でもそういう人はいます)。

なのでどこまでそれが本当だったのか、現在では確かめる術はありません。

ただ、摘発のきっかけになった少女失踪事件は確かにあったようです。

いずれにしろ、この証言が膨らまされる形で、「エリザベートは吸血鬼だった」という伝説が作り上げられます。

ヴラド三世よりは「吸血鬼的」行動があった可能性が高い人ではありますが、彼女をモデルとしたフィクションに世界的大ヒットが少ないため、「ドラキュラ伯爵」ほどメジャーにはなれていないようです。

「Fate/Grand Order」には小悪魔っぽいコスチュームの少女がエリザベートだとして登場しますが、史実のエリザベートと共通する要素はほぼまったくありません。

史実のエリザベートが凶行を働いたのは、主に六人の子を出産した後(44歳以上)の話ですから。

「設定」しかない神話世界だが、吸血鬼のおかげでインパクトは極大

このように、文献資料に乏しく、神々の名前と簡単な設定しか残っていないスラヴの神話ですが、「吸血鬼」のおかげで現代のラノベや漫画に使われるネタ元としては屈指の存在となっています。

スラヴ世界の場合、一般的な西ヨーロッパとは人名の呼び方から制度からいろいろなものが異なっており、それらをうまく背景として使うと、思わぬ傑作ファンタジー小説・漫画が作れる可能性があります。

ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」は、その手のフィクションの最高傑作だといえるでしょう。

栗本薫の「グイン・サーガ」にはヴラドやイシュトヴァーンといった、現在のルーマニアやハンガリーに当たる地域の人名がさりげなく使われ、エキゾチックな雰囲気を醸し出すのに成功しています。

「ドラキュラ」の話は、設定がねじ曲がった二次・三次創作をベースにするとめちゃくちゃなものになってしまいがちなのですが、ヴラド三世の生涯にまで遡って設定を構築すると、読み応えのあるものができそうです。

興味のある方は試してみたらいかがでしょう。

また、「ドラキュラ伯爵」の影がまったく見えない「吸血鬼もの」の中にも、萩尾望都「ポーの一族」や映画「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」のような傑作があります。

この記事をシェア

ロマンあふれる神話・伝承を電子書籍で

ゲームや漫画、映画などエンタメ好きにも読んで欲しい編集部厳選の神話・伝承をAmazon kindleで販売中

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です