日本神話のとある有名なエピソードをご存じでしょうか?
亡くなった妻のイザナミに会うために、夫であるイザナギは黄泉の国に行きます。
イザナミは元の世界に戻れるよう黄泉の国の神と交渉するために社殿に入り、その際に「戻ってくるまで、決して私の姿を見てはいけない」とイザナギに約束させます。
しかしイザナギは待ちきれずに後を追いイザナミの姿を見てしまいます。醜く変わり果てたイザナミの姿を見て驚き逃げだし、結局二人はそのまま絶縁してしまいます。
実は遠く離れたギリシャ神話に、ほぼ同じエピソードが登場します。
亡くなった妻エウリュディケを連れ帰るために夫オルフェウスが冥界を訪ねた時、冥界を出るまで後ろにいる妻を見てはならないという約束を破ったために妻は冥界に連れ戻されます。
ここまで酷似していなくとも、「見てはいけない」、「死後の世界へ行く」など共通した設定は様々な神話に登場します。
他にも大洪水、多頭の蛇神など、時代も土地も遠く離れた場所の神話において多くの共通したエピソードが語られています。
この現象は「比較神話学」という学問として研究されている分野でもあります。
今回は、世界中の神話に共通項が産まれる原因についていくつかの説を紹介していきたいと思います。
原型がある説
一つ目は、世界中に散在する神話の元となっている神話があり、その神話が人類の移動と共に各地へ移動し独自に発展していったという説です。
近年唱えられている「世界神話学説」によると、世界中に散在する神話は2つのグループに分けることができます。
その2つはゴンドワナ神話群、ローラシア神話群と呼ばれます。
ゴンドワナ神話群は、あらゆる自然物の境界や上下関係が曖昧で、ローラシア型と比べて時系列のストーリーになっていない等の特徴があります。
この特徴をもつ神話が存在する地域を調べると、アフリカを起点にインド、東南アジア、オーストラリアまでを結ぶ一本の帯のようなものが見えてきます。
約7万年前にアフリカから移動を始めた人類は、南ルート、西ルート、北ルートと大きく3つのルートに分かれて移動したと言われており、その中でも最も古い南ルートとゴンドワナ神話群の分布地域が一致するのです。
逆に物語調で階級主義的なローラシア型神話は西ルート(アフリカからヨーロッパ方面)と北ルート(アフリカから北、中央アジアを経由しアメリカ大陸まで)に分布しています。
このことから、人類がまだアフリカに留まっていた時代に既に共有していた神話が移動と共に各地へ伝搬したのではないかという仮説が生まれるわけです。
ちなみに日本は北ルートと南ルートの間に位置しており、ローラシア型の日本神話を伝えつつも、ゴンドワナ神話群に共通するアニミズムの思想も色濃く残しています。
例えば庭園をとっても日本人は自然を再現しようとするのに対し、欧米人は整然とした幾何学模様の庭園を造りますよね。
そんな美的感覚の違いも、数万年前の人類の移動ルートに端を発するものと考えると面白いかもしれません。
集団的無意識説
2つ目は、我々人類が共通で持ち合わせている潜在記憶が存在するという説です。
これは心理学の用語で集合的無意識と呼ばれます。
集合的無意識とは、全ての人が共通で持ち合わせている潜在記憶。個人的な経験に関わらず、生まれつきで知っている記憶や常識のことです。本能と言い換えることもできるかもしれません。
集合的無意識は心理学の二大権威であるフロイトとユングにより発見された概念です。
フロイトは、心の中の無意識という領域を発見しました。そしてユングがさらに発達させて唱えたのが集合的無意識です。
例えば、「太陽」と言えば誰しもが偉大でありがたいものだと何となくイメージしますよね。日本を含め、あらゆる地域には太陽信仰が存在します。
もっと身近なところで言えば、ゴキブリは気持ち悪いといったイメージもそうかもしれません。古来より感染病に苦しめられてきた人類は病原菌との接触を無意識に恐れ、ゴキブリを怖いと感じるのだという説があります。
つまり、人間はたとえ全く異なる環境の中で生きていても、基本的には似通った感情を持ち、似通ったアイデアを生み出すという事です。
もしそうであれば「神話」という共通のテーマで創作をした時に似たような内容になるのは当然かもしれません。
史実が元になっている説
3つ目は、史実が元になっているという説です。
例えば日本神話に出てくる国譲りのエピソード。アマテラスの勢力がオオクニヌシから巨大な社殿の創建を条件に出雲の地を譲り受けたエピソードです。
これは大和朝廷が地方勢力を征服した史実が元になっていると言われています。条件であった巨大な社殿は出雲大社と考えられます。
神社の参拝は「二礼・二拍手・一礼」が基本ですが、出雲大社は「二礼・四拍手・一礼」であり参拝の作法が違うなど、特異な部分が多くあります。
自分たちの文化を残し尊重することを条件に、降伏した地方勢力があったのかもしれません。
またアマテラスが天岩戸に隠れたエピソードは、火山噴火や日食などにより日光が遮られた自然現象がモデルと言われます。

日本以外に目を向けても、トロイの木馬のエピソードは史実だった、ノアの箱舟がアララト山脈で発見されたなどという話まであります。
いずれにせよ天災や戦争といった人類の歴史において普遍的な出来事が元となっているのなら、神話に多くの共通項が生まれるのは至極当然のことと言えるかもしれませんね。
まとめ
神話に共通項が生まれる原因について3つの説を紹介しました。
どれが本当でもロマンがあるとおもいませんか?
ちなみに私は2つ目に紹介した集団的無意識説を推します。少しSFチックな説ですが、これだけ多くの人が数千年、何万年も同じ物語を受け継ぎ共有してきたこと自体が既に不思議です。
多少自分の理解を超えるようなことが要因になっていてもおかしくないと思うのです。
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