シベリアの神話・民話を紹介していくこちらの連載記事。
前回は、シベリアの多様な少数民族たちの文化伝統と、彼らの中で「民話を語ること」がいかに大事なこととされ、すぐれた語り部は尊敬されてきたのかを説明しました。
今回からはより具体的なシベリアの神話・民話の紹介に入っていきます。
特に今回は、シベリア民話に頻繁に登場する重要なキャラクターを、キーワードとして選び、深掘りしていきたいと思います。
それは、「クマ」です!
シベリアの民話において「クマ」は特別!むしろ「神」に近いその象徴性
シベリアの人々の生活を支えているのは狩猟文化です。
当然、彼らはクマも狩りますし、クマの肉も食べクマの毛皮を着ます。
ですが、それにもかかわらず(あるいは「それゆえに」なのかもしれませんが)、クマは民話の中でとても大切な存在として扱われています。
このあたりの機微については、斎藤君子さんの『シベリア民話集(岩波文庫)』において、以下のような詳細な説明がされています。
- シベリアの動物たちの中で独特の位置を占めているものに熊がある
- シベリアに住む多くの民族は熊を『おじいさん』『おとうさん』『おじさん』『森の人』などと呼び、崇拝の対象にしてきた
- とくに熊崇拝が顕著に認められるアムール川下流域からサハリンにかけての地域では、熊を神の国へ送る祭りが盛大に催されてきた
- ソ連邦極東地方の少数民族の踊りを研究しているカラヴァーノヴァはシャーマンの踊りと熊祭りの踊りの基本的な動作が同じであることに注目し、腰を振って足を動かすその動作は熊の習性を模倣したものであると指摘している
クマは「おとうさん」や「おじさん」といった(男性的ながらも)親しみを込めて呼ぶべき対象であり、かつシャーマンの儀式にも取り入れられていることがわかります。
その他にも、「クマ」が神様であったという指摘はいろいろな学者さんから出ています。
仏教学者の中沢新一さんが河合隼雄さんと対談した『仏教が好き!(朝日新聞社)』においては、シベリアに限定されない旧石器時代の人類の話として、以下のような指摘がされています。
- 旧石器時代の遺跡を見ても、どうやらクマは動物の中でも特に「神様」として見られてきたようだ
- アイヌ語でも「カムイ」はクマのことであり、人間を超出した力を持つもの、つまり神と同じ言葉で表現されていた
- クマが神様である以上、それは(後代の「宗教」でいう神様のような)人間をはるかに超越した神様というわけではなく、あくまでも自然の中にいた「神様」であったことになる
- 森のなかに住んでいて、秋には川で人間と同じように鮭をすくっている親切な「おじさん」としての、神様である
たしかにクマをキーワードとすると、シベリアに限定されず、日本のアイヌの民話との共通性も見えてきますね。
クマを尊重する、という態度には、もしかすると人類史的な大きな意味合いがあったのかもしれません。
実際にクマが登場する民話をご紹介!
シベリア民話の具体例として、クマが登場する物語をひとつ紹介しましょう。
こちらも斎藤君子さんの『シベリア民話集(岩波文庫)』という本で紹介されているものです。
- 昔々、ひとりの男が住んでいた
- 男は毎日猟に出て行ったが、家には一度も獲物をもって帰らなかった
- 妻は、夫が朝から晩まで猟に出ているのにいつも手ぶらで帰ってくるので、なにかおかしいと疑いはじめた
- あるとき妻は夫が猟に出たあとをつけていった
- 隠れてみていると、夫は一本の大きな木のそばにいった
- 男が木のまわりを三度、太陽と反対の向きに回ると、その姿はクマに変わった
- クマに変身した男は森の中へとかけていった
- 日が暮れるとクマは森から戻ってきて、今度は木のまわりを太陽と同じ向きに三度回って、人間の姿に戻った
- 妻は先回りして家に帰り、なにくわぬ顔で夫を迎えた
- 次の日も妻は夫のあとをつけてみたが、同じことが起こった
- 三日目、同じように夫のあとをつけていった妻は、夫がクマになって森の中に去ったあと、斧で木を切り倒してしまった
- 夕方、森の中からクマが戻ってきたが、木が切り倒されている
- 倒れている木のまわりを何度回っても、クマは人間に戻れなかった
- クマはあたりがまっくらになるまで木のまわりをぐるぐる回っていたが、どうすることもできず、やがて森の中へ去っていった
- そのときから夫は二度と姿を見せなくなった
- クマが人間に似ているのは、そういうわけだってことさ。おしまい
現代人がこの話を聞いてしまうとツッコミどころが多々あると思いますが、シベリアの民話の雄大な自然を背景にしたスケールと、クマが何かしら「動物の中で特別」な対象として崇拝されている雰囲気が伝わりますでしょうか?
何よりも、こういう物語を見ていくと、シベリアにおいては「クマ」を媒介にして、人間と動物と神様とがとても近いところに生きているのだな、ということが実感できるのではないでしょうか。
次回は、もう一人のシベリア民話の定番キャラクター、ワタリガラスに登場していただきましょう!
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