シベリアの神話・民話を紹介していくこちらの連載記事。
前回までは、「クマ」や「ワタリガラス」といった重要動物に着目し、彼らがシベリアの神話・民話の中で果たしている役割を追ってきました。
最終回にあたる今回はまた趣向を変えて、ファンタジーが好きな方には特に興味が沸くであろう領域を取り扱います。
シベリア神話・民話に登場する「モンスター」たちです。
日本は妖怪変化あり、西欧にはゴブリンやトロルあり、というところですが、シベリアの大地にはどのようなモンスターたちが住み着いているのでしょうか?
Contents
齋藤君子さんの研究本に収録された、多種多様な「シベリアの魔物たち」!
ここからは、この連載記事でも何度も引用させていただいた、齋藤君子さんの著書
- 『シベリア民話集(岩波文庫)』
- 『シベリア民話への旅(平凡社)』
- 『悪魔には2本蝋燭を立てよ(三弥井書店)』
の三冊の書籍より、シベリアの魔物たちをいくつか、ご紹介していきます。
バルシ
これは、ツンドラの大地に住む、一本足、一本腕、一つ目の魔物です。
ディア
日本でいう「アマノジャク」にどこか似ている、ひねくれもので、嘘つきの魔物とされています。

たとえばディアに「スプーンを貸してくれ」とお願いすると、「こういうスプーンもある」「ああいうスプーンもある」などと言ってはぐらかし、結局は何もしてくれないとか。
ヌグオ
天然痘を運んでくるという魔物。
「ロシア人の女性の姿をしている」と伝えられているのが、ちょっと面白いところです。
実際にロシア人がシベリアに入ってきた時に彼らと一緒に新種の疫病がもたらされた経験が、シベリアにこのような魔物を生み出したのかもしれません。
火の女
暖炉の中から出てくる女で、触れられたものの体は燃え上がってしまいます。
これは炉を粗末に扱うものへの懲罰のように現れるので、魔物というよりは「火の神」といったほうがよいかもしれません。
ケレ
チュクチャ族の民話に登場する人食いの魔物。
地下に住んでおり、ときどき地上に出てきては人間に危害を加えるとされます。
日本昔話のタヌキやムジナのように、基本的には「やられ役」です。
そもそも大自然に入る時は精霊に語り掛ける!シベリア民話の自然観
いかがでしたでしょうか?
近現代のファンタジーのように洗練された概念になっていない魔物ばかりのため、名称のエキゾチックさを含めて、どこか底知れない不気味さを感じるのではないでしょうか?
もしそう感じたとしたら、それはシベリアの神話や民話が伝えている「大自然への恐れ」に近い感情だと仮定してよいかもしれません。
実際にシベリアの人々は、狩りで大自然の中に分け入った時は、「民話」によって自然そのものに語り掛ける習慣を持っていたようです。
前掲の齋藤君子さんの本によると、
- ヤクートの猟師たちはオオヤマネコを捕る際に、三部から成る長い歌をオオヤマネコの守護霊のためにうたわなければならないとされていた
- 森に出た時は、たとえ一人で猟に出ている場合であっても、夜には焚火のそばにすわって一晩中、森の主のために昔話を語り続けなければならない、とされていた
- ショルの猟師たちにとって、山の主は笑い話や卑猥な話を好むと伝えられている。それゆえ、彼らは猟師小屋に泊まる時はそういう話を語り合った
- 猟師小屋でよい昔話を語った時は、翌日の狩りが成功した。これは昔話に対する山の主からの贈り物とされた
- 狩りの成功祈願や安全祈願の他に、民話には悪天候をおさめる力もあると信じられていた。ベーリング海で海獣猟をするエスキモーやチュクチャ族は、強風のために何日も海に出られないような時は、大きな家にみんなで集まって、いつ果てるともしれない物語を語り合い、天候の回復を待った。そういう場合には、魔物退治の民話が有効であるとされていた
などなど!
アイヌの文化とも深い共通点?シベリアの民話の扱い方
このように見ていくと、シベリアの神話や民話にはどこか宗教的な効用までが期待されていた、ということがわかってきます。
場合によっては、一種のトランス状態になった人が語る民話こそが「よい語り」とされることもあったそうです。
こうなってくるといわゆる巫術と「民話の語り」の区別も曖昧になってきます。
民話と宗教的な儀式が密接な関係になるというポイントについては、前景の齋藤君子さんの書籍、『シベリア民話への旅』において、以下のような重要な指摘があります。
この傾向は北海道のアイヌの伝統とどこか共通している、というのです。
北海道の中東北部から樺太にかけてのアイヌは、神謡のことを「オイナ」と呼ぶ。
おもしろいことに、このオイナという単語の古い用例は「巫術において神がかり状態になる」という意味があると言われる。
シベリアのツングース系の人々の中にも民話の一ジャンルと巫術を同一に意味するような単語が伝わっているが、それと同じような傾向がアイヌの言語の中にもあるということは、民話とはなにかを知るうえでのひとつの重要な手がかりを与えてくれているのだといえそうだ
漫画『ゴールデンカムイ』のヒットなどで、現代日本でもアイヌの伝統が見直されている傾向があります。
それをシベリアの神話・民話の背景の中においてみると、ますます面白いことが見えてくるかもしれませんね。
全4回にわたってご紹介してきた、シベリアの神話・民話に関する連載記事も、今回が最終回となります。
背後に古代の人類の知恵を感じさせる神話・民話のスケールに、さまざまな気づきや共感があったのではないでしょうか?
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