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「ストーリーがない!」スラヴ神話の困った特徴
世間一般でメジャーになっている神話は、神々の設定とその神々が演じるストーリーを両方含んでいるものが多いです。
ただ、この両者は世界中どの神話においてもセットになっているわけではありません。
むしろ、ストーリーを持っている神話の方が少数派で、神の設定だけが存在し、ストーリー部分を欠いているものの方が多数派なのです。
文字を持たない文明の場合、その傾向はより加速します。書き記す手段が存在しないので、ストーリーがあったとしてもそれが記録されずに終わってしまったのです。
日本においてはアイヌ神話が、こうした危機的な状況にありました。
アイヌの神話は「ユーカラ」と呼ばれる神謡(しんよう)によって伝承されており、大正時代に金田一京助博士などの手によって採録されました。
この採録活動がなければその内容は失われてしまっていたのです。
ストーリーが失われても、神像や神殿などの遺物・遺跡などが残っていれば、それを元に「こういう神がいた」という印、つまり設定だけは復元することができます。
その神を信仰していた文化圏に隣接するところに、豊富な文字記録があれば、その神の名前もある程度まではわかるのです。
今回のお話の本題になる「スラヴ神話」ですが、設定だけが残ってストーリーがない神話の典型ということになります。
「あれ?スラヴ人はどこかの多民族に滅ぼされたわけじゃないよね。スラヴ人の国は現在のロシアに繋がってるんじゃないの?」と思ってしまう人も少なくはないでしょう。
ですが、それは間違いです。スラヴ人の文明、特にスラヴ人独自の信仰と密着した文明は、一度滅亡しているのです。
その経過は複雑なのですが、以下で詳しく解説していきましょう。
「スラヴの地」に国家を建設したのはスラヴ人ではなかった
漠然と現在のロシアのウラル山脈よりも西の土地に、スラヴ人と呼ばれる人たちが住んでいました。
彼らの存在は、すでに古代ギリシアにも知られています。ヘロドトスの「歴史」にはスキタイ人の一派として「農耕スキタイ」と呼ばれる人たちが紹介されていますが、これがスラヴ人の先祖であろう、と考えられています。
ヘロドトスは「農耕スキタイ」以外にも「遊牧スキタイ」「王族スキタイ」が存在すると書いています。
最近のDNAを活用した研究によれば、「遊牧スキタイ」も「王族スキタイ」もやがて「農耕スキタイ」に吸収・同化されたということになりました。
現在のロシア人は、スキタイ人の血を濃く引いている、といえます。
スラヴ人はインド・ヨーロッパ語族に属しています。
英語などのヨーロッパ西方の言語と比べると、インドやイランの諸言語との関係性が深く、明らかに同語源だとわかる単語が多く残っています。
例えば、サンスクリット語(インド= ヨーロッパ語族のインド=イラン語派に属する語)で「火」は「アグニ」と言いますが、現代のロシア語では「アゴーニィ」です。
サンスクリットの「アグニ」は単に火を意味するだけではなく、そこから派生した神の名前をも意味します。
サンスクリット語を使っていた古代のインドの住民たちは、他にも自然現象を神格化し、元の単語をそのまま神の名前にしています。
スラヴ人たちが信仰していた神のうち最も古いグループは、このような神々になります。
このため、同じルーツを持つ近い立場の神を、「リグ・ヴェーダ」などの古代インドの神話の中に見出すことができるのです。
さて、このようにインドの神とよく似た神を信仰していたスラヴ人ですが、自分たちで国家を作ることはありませんでした。
「農耕スキタイ」と呼ばれる時代には作っていたのかも知れませんが、その国家の系列は途中で消滅してしまっています。
文字を持っていませんでしたから、詳しいことがさっぱりわからないのです。
こうした混沌とした状況のスラヴの地に、国家を建設したのは「ヴァリャーギ」と呼ばれる一団でした。
現在では中国の軍艦になった空母「遼寧(りょうねい)」は、元はソ連の艦で、その時の名前を「ヴァリャーグ」と言います。
「ヴァリャーギ」はその複数形で、英語の「ヴァイキング」に相当します。
つまりスカンディナヴィア半島に住んでいたヴァイキングたちが、はるばるロシアの地までやってきて、国家を建設したのです。
ヴァイキングは野蛮な略奪者ではなく、通商民という性格を持っていました。
現在のウクライナ地方は、ドニエプル川の水路を通じて北欧から当時の世界的大都市・コンスタンティノープルに繋がる通商路上にあったのです。
ヴァイキングたちが周囲のスラヴ人を征服して、あちこちに都市国家を築いたのは、この通商活動をスムーズに進めるためでした。
ヴァイキングを支配者として国家を成立させたことにより、スラヴ人の神の信仰は途絶えてしまいます。
ヴァイキングは、当然のように北欧で自分たちが信じていたオーディンやトールの信仰を持ち込んできたのです。
しかし、このヴァイキングたちはすぐにスラヴ化してしまいます。
ヴァイキングの植民都市だったノヴゴロドやキエフの首長、つまり大公は、初代から二代目ぐらいまではヴァイキング風の名前だったのですが、三代目ぐらいになるとスラヴ風になってしまうのです。
その区別はロシア語に詳しくない人でもすぐにつきます。スラヴ風の大公の名前は、「~スラフ」となるからです。
ロシア語(正確に言うと、ロシア語の元になった「教会スラヴ語」のさらに前の言語ですが)では単語末の濁音はしばしば清音化します。
そのため「~スラフ」は「~スラヴ」と意味的に一緒なのです。日本の漫画で肥満体のキャラクターが、語尾を「~デブー」とするぐらいわかりやすいと思います。
このように支配者層がスラヴ化すると、信仰の方もスラヴ化するかと思われましたが、そうはいきませんでした。
ヴァイキングたちがスラヴの地に植民市を建設したのは、ビザンツ帝国の首都コンスタンティノープル相手に商売をするためです。
11世紀のヴァイキングの活動を背景にしている漫画「ヴィンランド・サガ」で、主人公トルフィンの一行はコンスタンティノープルに行って商売をし、ヴィンランド(北アメリカ)行きの旅費を稼ぐことになっています。
これは実際に、ヴァイキングたちがドニエプル川の水路を使って黒海から地中海にまで進出していた、という史実を下敷きにしています。
なおこの当時、スラヴ人たちはコンスタンティノープルのことを「ツァリグラード」と呼んでいました。
ツァリは後のロシア語のツァーリ、つまり皇帝のことです。グラードは街なので、皇帝の住まう街、という意味になります。
さてツァリグラードの支配者であるところのビザンツ皇帝はキリスト教徒です。
これを相手にするためには、自分たちも何か世界的にメジャーな宗教を奉じていなければなりません。
メジャーじゃない宗教だと、野蛮人だとみなされて商業的にも不利だからです。
そんなわけでキエフの大公であったヴラジーミル聖公は、自分と自分の国が奉じる世界宗教の選定を始めます。
候補に上がったのは、当方のハザール人が信じていたユダヤ教、ビザンツが信じていたギリシア正教、そしてローマ・カトリックです。
いろいろ理屈を述べた挙げ句ヴラジーミル公はギリシア正教を選ぶのですが、元々ビザンツとの交易を円滑化するのが目的ですから、他のふたつは当て馬で最初から出来レースだったことは明白です。
この結果、一旦北欧化し、それからすぐにまたスラヴに回帰しようとしていたロシア人の宗教は、「上からの改宗」によってギリシア正教を取り入れ、以後キリスト教国家となってしまうのです。
ギリシア正教受容の前後にビザンツから修道士がやってきて、ギリシア文字をベースにスラヴ語を記録するための文字を作りました。キリル文字とグラゴル文字です。
このうちキリル文字が現代まで残り、ロシア語のあの特殊なアルファベットへと繋がります。
イングランドやスコットランド、アイルランドの場合、信仰とともに文字を持ってきた修道士が「異教の神の記録」ということで民衆に伝えられていた神話を記録します。
しかしロシアにやってきた人たちはそういうことは一切しませんでした。
このためスラヴの神話は記録されず、神話のストーリー部分が失われてしまったのです。
しかし、庶民の間に口伝えで「異教の神の設定」だけはわずかに残るようになります。
それらが後世にほそぼそと文字で記録されたものが、現在言われる「スラヴ神話」になります。
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