国生みや黄泉の世界、顔を洗った水から神が生まれるなど、超常的な出来事が連続していく日本神話の世界。
ほとんどが創作の話だと思われますが、一部は史実だとする説が存在することをご存じでしょうか。
もちろん、イザナギが顔を洗った水から神が産まれたエピソードが客観的事実だと言いたいわけではありません。もっと正確に言えば、史実を反映しているということです。
これを「史実反映説」と呼びます。
今回はそんな史実反映説に基づき、日本神話に登場する実在の土地3つとそれぞれに対する考察を紹介していきたいと思います。
天孫降臨の地:高千穂
1つ目は天孫降臨の地、高千穂です。神武東征の出発地点でもあります。古事記では以下のように言及されています。
「邇邇藝命(ニニギノミコト)は高天原を離れ、天の浮橋から浮島に立ち、筑紫の日向の高千穂の久士布流多気(クジフルタケ)に天降った。」
神武天皇の曽祖父にあたるニニギノミコトは天上界を離れ、九州の宮崎県にある高千穂の峰に降り立ちました。
これを史実反映説で考えるとどのような考察が可能でしょうか。
まず天から降り立ったというのはフィクションでしょう。神様が高いところからやってくるイメージは世界共通です。
しかしただの創作ならば、富士山でも、当時の都に近い紀伊山地でもどこでも良いわけです。なぜ宮崎なのでしょうか?
それは今の宮崎県が、日本の皇室の祖となる集団にとって特別な場所だったためと考えられます。単純に考えれば、その集団は今の宮崎県あたりを元々治めていたのでしょう。
もっと言えば、日本人の渡来ルートは大きく分けて3つと言われます。
対馬ルート、沖縄ルート、樺太ルートです。
古代、九州南部を支配していたのは東南アジアや台湾を経由して沖縄ルートで九州に渡ってきた集団である可能性が高いでしょう。
沖縄ルートでやってきたのはアニミズム思想を色濃く持つ人類最古の移動集団です。太陽信仰や山岳信仰をもつ渡来人だったと思われます。
東側に朝日を遮るものがない日向という神聖な土地、そしてその集団が神と崇めたのが南西にそびえる高千穂の峰だったのではないでしょうか。
沖縄ルートでやってきた一つの集団が今の宮崎県周辺地域を統一支配し、安定支配の後にさらなる領土拡大を目指したとも考えられます。
それが天孫降臨と神武東征の意味するところなのかもしれません。
伊勢神宮の地:伊勢
2つ目は神道の最高神、天照大神を祀る伊勢神宮が鎮座する地、伊勢です。
日本書紀では以下のように言及されています。
「天照大御神は「この神風の伊勢の国は、遠く常世から波が幾重にもよせては帰る国である。都から離れた傍国ではあるが、美しい国である。この国にいようと思う」と言われ、倭姫命(ヤマトヒメノミコト)は言われたとおりに五十鈴川の川上に宮を建てしました。」
天照大御神が「美しい土地なのでここに住みたい」と言ったのはおそらくフィクションですよね。では史実はどこに隠れているでしょうか。
大事なのは天皇家の祖先である天照大御神が伊勢を良い土地だと言っている事です。
では「良い」というのは軍事面のことでしょうか、それとも宗教的な意味でしょうか?答えは両方だと思います。
伊勢神宮の創建時期は、紀元前や、西暦300年ごろなどと諸説ありますが、坂上田村麻呂の東北征討が8世紀後半であることを考えれば、当時の都がある近畿地方あたりから先はまだまだフロンティアであったことが想像されます。
そして南に目を向ければ紀伊半島に広がる山深い土地は、神秘と畏怖の対象だったことでしょう。高野、吉野、熊野と、神道・仏教問わず今でも聖地とみなされていることは偶然ではないでしょう。
また、伊勢は東側に朝日を遮るものがなく、南西には聖地紀伊山地を望み、そして東方にまだ見ぬ異民族の土地が広がっているのです。
これって神武東征の日向の地とすごく似ていると思いませんか?
伊勢は軍事的にも宗教的にも、未知との境目となる要衝だったのではないでしょうか。
八百万の神々が集まる地:出雲
3つ目は出雲です。出雲神話は古事記の中でもかなり重要な位置を占め、ヤマタノオロチや因幡の白兎、大国主の国譲りなどのエピソードが有名です。
中でも今回フォーカスしてみるのは国譲りのエピソードです。
スサノオノミコトの子孫であるオオクニヌシが、祖先にあたるアマテラスに出雲の国を譲り渡します。
これを史実と考えれば、出雲を治めていた地方の国が大和勢力に平和的に吸収されたという解釈ができるでしょう。
しかし、これには疑問符が付くのです。
出雲市に荒神谷遺跡という有名な遺跡があります。聞き覚えのある方もいるでしょう。
数々の遺物が発見され考古学会に衝撃を与えたこの遺跡ですが、注目すべきはその内容です。
一つの遺跡から銅剣が358本も発見されたのです。これはその当時、国内で発見されていた銅剣の総数を上回るという衝撃の数字です。
このことから、出雲にはかなりの自衛意識を持った強国があったと推測できます。つまり強大な出雲王権がかつて存在したのではないかという説があるのです。
そんな強大な出雲王権と大和勢力がぶつかればどうなるでしょう。国譲りどころか泥沼の大戦争に発展した可能性があります。
皆さんは「空白の4世紀」という言葉をご存じでしょうか。国内外を問わず日本に関する情報が異常に乏しい年代があり、それが4世紀ごろなのです。
大和政権が近畿地方に成立したと言われているのが4世紀末~5世紀ごろであるため、大和政権の成立の経緯には多くの謎が残されたままです。
この空白の4世紀に、日本国内で覇権をめぐる大きな戦争があったのではないかとも言われています。
もしそれが出雲王権と大和勢力の戦争なのであれば、互いに多大な損失をもたらし多くの人命が失われたことでしょう。
その恐怖とトラウマが、泥沼の戦争を「国譲り」という平和的な物語に変容させ今に伝えているのではないでしょうか。
なぜ今の神話が伝わっているのかを考えてみるのも面白い
史実反映説に基づいた考察を3つ紹介させていただきました。
神話に登場する実在の場所というだけで神秘的ですが、神話のエピソードに史実が潜んでいるとしたらすごくロマンがあると思いませんか?
「歴史や神話は結局、権力者が都合のいいように書かせたものだから意味がない」とよく言われます。
しかしだからこそ、なぜそのように書いたのかを一つ一つ追っていくと、本来見えてこなかった人間の姿が見えてくることも歴史学習の面白さだと思います。
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