みなさんは『オコゼと山の神』という伝承をご存知でしょうか。
自然が豊かで四季のある日本では、自然の中に神々が宿っているという考え方が浸透していますね。
特に、日本各地の美しい泉や深い森、大きな海など壮大な自然を目の前にすると、思わず心を奪われ、目に見えない神々の存在を意識してしまうこともあるのではないでしょうか。
今回は自然に囲まれた島国にある伝承の一つ『オコゼと山の神』をご紹介します。
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『オコゼと山の神』
むかし、むかし、まだ神さまが人間と同じ姿で、一緒に暮らしていたころのことです。
矢ノ浜村でも、山を守ってもらうため、山の神さまをまつっていました。
山の神さまはたいへん美しい方でしたが、気性が激しく、負けることなど絶対に許さない神さまでもありました。
ですから、山に美しい娘が入ったり、自分以外のものに「美しい」、「すてき」、「立派」などといった言葉をかけるのを少しでも聞きつけると、もう大変なことになりました。
大雨や大風で山は荒れ狂い、しばらくは手のつけようがなく、黙ってじっと静まるのを待つだけでした。
そんなことがたびたび起こるので、村人たちは「何とかしなければ」と知恵を出しあいました。
そして村人たちが考えついたことは、お祭りの日に社の前に海や山の幸をどっさり並べ、お参りすることでした。
ところがお祭りの日、ごちそうを並べていると急に雨が降り出し、風が強くなって、山が荒れ始め、供えたごちそうもどこかに吹き飛ばされてしまいました。
「これは一体どしたんじゃろ。せっかくごちそうをいっぱい供えてお参りしようと思とるのに、山の神さまが怒んりょるわい」
村人たちは困ってしまい、すぐに集まってどうしたものかと相談をしました。
「こんな立派なタイや・・・・・・・・」
「こんなに美しい姿のスズキを・・・・・・・・」
口ぐちに話しているのを聞きつけた村の長が、膝をたたいて、
「それやがな。その立派とか美しいというのが悪いんじゃ。山の神さまはそれが気に入らんのやろ」
と大声をあげました。
そして村人たちに指図して、すぐに姿かたちの醜い魚を供えさせました。
それがオコゼだったのです。
村人がオコゼを供えると、今まで降っていた雨や、吹いていた風がぴたりとやみ、山も静まりました。
それからというものの、祭りの日には魚の中でも醜い姿のオコゼを見せ、それを一同の者が笑い飛ばすことで、山の神さまの機嫌を取り結ぶようになったということです。
まとめ
日本に伝わる伝承『オコゼと山の神』、いかがでしたでしょうか。
これが山の神さまはオコゼが好き、と言われる所以なのです。
神さまといっても、プライドが高く負けず嫌いで、やきもちを焼くところは人間味があり、読んでいて親しみがわいたのではないかと思います。
『オコゼと山の神』についての伝承は、紀伊半島や四国山地、九州地方など全国各地に存在し、その伝承のバリエーションにもさまざまあります。
また、『オコゼと山の神』をめぐる民俗の由来は、いまだ謎に包まれている部分もあります。
これらの伝承を通し、日本の自然に宿る神々について、想像をふくらませてみると楽しいのではないでしょうか。
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