現役牧師が解説する「Q資料」と「エヴァンゲリヲン新劇場版Q」の関係

2012年に公開された「エヴァンゲリヲン新劇場版Q」(以下「新劇場版Q」と表記)は、元々難解であったストーリーがさらに複雑になっており、ファンの間でも様々な考察が出されています。

通常のSF作品においては、登場人物のセリフやナレーションによって作中で起こる出来事や背景の説明がなされるものですが、「Q」はほとんど状況の説明がなしに物語が進んでいきます。そのためファンの感想も、

「はっきり言って、全部意味不明」

「観客置いてきぼりのストーリー」

「観終わったら鬱になった」

などといった否定的なものも多いようです。

そんな作品だからか、タイトルにつけられた「Q」の意味についても様々な推測が飛び交っており、その中の一つが「Q資料」を指しているのではないか、と指摘する人達もいます。

今回は新劇場版QとQ資料を結びつける接点について探ってみたいと思います。

「新劇場版Q」の世界観について

新劇場版のタイトルは、一作目から「序」「破」「Q」と続きます。これは雅楽における構成概念である「序破急」を現していると考えられています。

補足:雅楽(ががく)とは

日本のもっとも古い古典音楽。中国大陸や朝鮮半島の音楽や舞と、古代日本の音楽や舞が融合して完成したもの。神楽もこれに含まれる。

「序破急」とは雅楽の曲の展開のパターンで、初めは拍子もなくゆっくりと始まる「序」、拍子が加わる「破」、曲が早くなる「急」という三段階で曲が構成される。

「Q」が漢字ではなくアルファベット表記になったのは、「Q」が前作から14年経ったという設定であり、アニメ版ではまったく描かれなかった新しいストーリーであるためではないか、と推測されています。

ストーリーは碇シンジの混乱した心を中心に進んでいきますが、前述のように、登場する人物や組織の目的、動機はほとんど明かされていないため、観客は哲学的なセリフの中から何とかヒントを探し、ストーリーを理解しようと努力する必要があります。

ネルフの目的や、かつてネルフに属していた主要メンバーが結成した新組織「ヴィレ」がネルフに反旗を翻した経緯、彼らが碇シンジにこだわる理由など、多くの要素が謎のままです。

もしかすると新劇場版の最新作ですべてが明らかになるのかもしれませんが、アニメ版でも多くの伏線が回収されないままラストを迎えているため、ファンの間では謎は謎のまま終わってしまうのではないかという声も上がっています。

それもまたエヴァンゲリオンらしさと言えるのかもしれませんが、このような謎だらけの作品だからこそ、タイトルの「Q」が「Q資料」と重ね合わされているのではないか、という推測が浮かび上がってきたのです。

「Q資料」とは?

新約聖書には、イエス・キリストの言葉と生涯を中心に書かれた四つの「福音書」があります。

これらが「マタイによる福音書」、「マルコによる福音書」、「ルカによる福音書」、「ヨハネによる福音書」です。それぞれの福音書が、少しずつ違う視点でキリストを描いているため、四つの視点を重ね合わせてキリストを理解する事ができます。

このうち、マタイ、マルコ、ルカは共通の記述が多いことから「共観福音書」と呼ばれます。さらにマタイとルカに記されているキリストの言葉は、特に共通しているものが多いため、この二つの福音書の下地となった資料が存在するのではないか、という推測がなされ、これがQ資料と名付けられました。

「ドイツ語で「出典」を意味する言葉”Quelle”の頭文字をとって「Q資料」と名付けられました」

(wikipediaより)

しかし、これはあくまでも推測の域を出ない学説で、実際にはQ資料は発見されていませんし、そのようなQ資料の存在を示唆する文献や伝承もありません。

また「Q資料」について研究する学者は高等批評の立場である事が多いため、聖書研究の観点からも、余り重要視されていないのが現実です。

補足:高等批評

従来のキリスト教の立場によれば、聖書は誤りなき神の言葉であり、そのまま信じるべきものです。聖書が上にあり、人の知恵はその下にあります。

しかし、高等批評は人が聖書の上に立ち、聖書を批評し、人間の科学的思考や考古学的考察に基づいて聖書を研究しようとします。リベラル(自由主義)派とも呼ばれます。そのため、聖書の権威を重んじる立場からは問題視される傾向があります。

聖書をそのまま信じる立場からすると、マタイによる福音書とルカによる福音書の多くの共通点は、聖書が真実な神の言葉である事の証拠であると理解できてしまいます。

ですから、このような研究には意味がないと考えられることが多く、聖書学校や神学校においても、Q資料について教えられる事は少ないようです。(牧師である筆者自身も、エヴァンゲリオンに関する考察を読む中で初めて知ったほどです。)

「新劇場版Q」と「Q資料」は無関係?

さて、エヴァンゲリオンとはラテン語で「福音」を意味します。「エヴァンゲリオンQ」とはつまり、「福音Q」という意味になるわけです。その事からQ資料と新劇場版Qがリンクしているという考察が誕生したのかもしれません。

タイトルの言葉遊びとして、新劇場版Qにはエヴァンゲリオンシリーズの根底にある謎が隠されている可能性があり、エヴァンゲリオン全体の根底になる資料という意味で、共観福音書の元資料とされているQ資料と重ね合わせたという可能性も考える事はできます。

しかし、聖書を研究する立場から考察してみますと、新劇場版QとQ資料には何の結びつきもないと考えるのが自然です。(夢を壊すようで申し訳ないのですが……)

冷静に分析してみればみるほど、福音書やQ資料と新劇場版Qの関連性を発見するのは困難です。その理由をいくつか挙げてみます。

1、新劇場版Qは福音書とリンクする内容ではない

福音書の中心はイエス・キリストです。神の御子であるキリストが人間となって地上に産まれたところから始まり、キリストの行った奇跡、キリストの語った言葉、そしてキリストが十字架にかかって死に、復活した過程が描かれています。

しかし、新劇場版Qにはキリストやキリストの言葉を示唆するような描写は発見できません。

2、Q資料の存在そのものが仮説に過ぎない

前述したように、Q資料は学者達の推測から生まれた仮説に過ぎず、そのような資料の存在を裏付ける証拠が発見されているわけではありません。

ですから、Q資料の内容とエヴァンゲリオンの内容をリンクさせることはできない状態です。

3、そもそも、エヴァンゲリオンは聖書を土台にした作品ではない

作中においていくつか聖書をモチーフにした名称やエピソードが挿入されてはいますが、エヴァンゲリオン自体は聖書の世界観からはかけ離れた作品です。

あまりに謎が多いため、熱心なファンが元のモチーフが探っていく中で聖書に行きつき、そこから様々な考察が生まれたというわけで、作者自身が聖書の世界とエヴァンゲリオンの世界を重ね合わせている可能性は低いと言わざるを得ません。

まとめ:聖書が多くの作品のモチーフとなるわけ

世界で最も印刷され、売られている書籍の一位は聖書です。累計すると何十億冊という数になり、誰も正確な数字は把握できないと言われています。各国の憲法にも聖書の精神は色濃く反映されており、日本憲法も例外ではありません。

それほど多くの人、多くのコミュニティに影響を与えてきた聖書だからこそ、多くの芸術のモチーフとなり、謎解きのヒントとして研究されているのかもしれません。

エヴァンゲリオンと聖書のメッセージには深いつながりはありませんが、アニメファンの皆様が謎解きのために聖書を調べたのは確かです。

聖書そのものには興味が持てなくても、まるで宝探しのように、様々な芸術や思想の中に隠されている聖書のメッセージを発見するために聖書を調べる、というのも、新しい知識の扉を開く上で有益かもしれません。

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