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【神秘の村】青森の新郷村にあるキリストの墓とその伝説

フレスコ画イコン『主の復活』
フレスコ画イコン『主の復活』(原典

青森県の新郷(しんごう)村には、キリストの墓があると言われています。

昭和初期頃に発見されたようで、村役場のホームページでも紹介されているほど。

今では多くの人が訪れているとのことですが、一体その墓は本物なのでしょうか、偽物なのでしょうか?

ここでは、そんなキリストの墓にまつわる伝説についてお話していきます。

キリストの最期

キリストの埋葬準備の光景(『The night of Golgatha』、Vasily Petrovich Vereshchagin画)
キリストの埋葬準備の光景(『The night of Golgatha』、Vasily Petrovich Vereshchagin画、原典

イエス・キリストは新約聖書の中に登場する偉人です。

聖母マリアから処女懐胎で誕生した救い主であり、数々の奇跡をもたらしたと言われています。

しかしキリストは邪教を広めた罪により、古代ローマ帝国によってゴルゴダの丘で磔にされました。

この時代では、磔は最も厳しい刑であったと言われています。

キリストは十字架の上に両手両足を釘で打ち付けられ、そのまま放置されていました。

数々の絵画で描かれたり、映画やドラマ等でも映像化されたりし、目にしている人も多いかもしれません。

当然キリストの最期の場所はゴルゴダの丘であり、今日のエルサレムにあります。

キリストは日本で最期を遂げた?

このようにキリストはゴルゴダの丘で磔にされたと言われていますが、実は日本で最期を遂げたという伝説があります。

場所は青森県にある新郷村。

「神秘の村」としても知られ、現在でもキリスト祭が行われています。

ではなぜ、新郷村でキリストが最期を遂げたということになっているのでしょうか?

それは昭和初期(1930年代)に竹内文書というものが発見されたからです。

竹内文書とは竹内巨麿(きよまろ)という新興宗教の教祖が所蔵していたものでした。

竹内文書によれば、ゴルゴダの丘で磔になったのは、キリストの弟であるイスキリということです。

誤って磔になったのではなく兄の身代わりとして自ら磔になったようで、刑を免れたキリストは日本へ渡り、新郷村で最期を遂げたようです。

そして死後、十来塚というキリストの墓が建てられたというのです。

竹内は文書に従ってこの墓を探したところ、実際に十来塚を見つけることができました。

この墓は現在でもキリストの里公園内で目にすることができます。

伝説を裏付けるような風習

『キリストの復活』(シモン・チェホヴィッチ画)
『キリストの復活』(シモン・チェホヴィッチ画、原典

イエス・キリストが新郷村で最期を遂げたことの傍証として、新郷村の風習があります。

たとえば、生まれた子供が初めて外出する時、墨を使って額に十字を書きます。

あるいは「ナニヤドヤラー、ナニヤドナサレノ」という日本語とは言えないような祭唄があります。

一説によれば元はヘブライ語であるとのことですが、奇説の一つともされています。

さらに新郷村では父親をアヤもしくはダダ、母親をアパもしくはガガと呼ぶようです。

これもまたヘブライ語との関係が指摘されているようです。

以上のほか、新郷村は合併によって成り立った地方自治体ですが、キリストの墓があるとされる地域は、戸来村の一部でした。

戸来は「トライ」や「コライ」等ではなく「ヘライ」と読まれていました。

これもまたヘブライ語との関係があると解釈されていました。

偽書と認定も観光地になっている

フレスコ画イコン『主の復活』
フレスコ画イコン『主の復活』(原典

キリストの墓が新郷村にある根拠として、竹内文書のことを述べました。

今ではすでに偽書であると認定され、学術的な根拠はないと認識されているようです。

しかし新郷村のキリストの墓はすでに観光地となり、海外からも数多く観光客が訪れています。

新郷村のホームページでも観光地として紹介され、新郷村のミステリーとも述べています。

道案内の看板やキリストの里伝承館等もあり、村を挙げてキリストの墓を支えているとも言えるでしょう。

新郷村では、毎年6月になるとキリスト祭が開催されています。

「ナニヤドヤラー、ナニヤドナサレノ」という祭唄も披露され、いわば全国各地で行われる盆踊りがキリストのお祭りに代わったと見なせるかもしれません。

言ってしまえば、キリストの墓は村の観光資源であり、根拠がどうあれ、村の大事な収入源になっているのです。

現代の奇祭とも言える、新郷村のキリスト祭。伝説以上のことを知りたければ、一度目にする価値はあるかもしれません。

なお、新郷村のキリストの墓が再びクローズアップされたのは、1970年代のオカルトブームと言われています。

同時期にはイザヤ・ペンダサンの「日本人とユダヤ人」という書籍がベストセラーとなっていますし、時代的な雰囲気も後押しをしていたのかもしれません。

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