【神話小説】愉快な神々プレゼンツ!天岩戸神話の続きのはなし

天岩戸神話の天照大御神(春斎年昌画、明治20年(1887年))
天岩戸神話の天照大御神(春斎年昌画、明治20年(1887年))

――むかしむかし、神代(かみよ)の時代、高天原という神々の世界に、太陽の神天照大御神(アマテラスオオミカミ)や、弟の須佐之男命(スサノオノミコト)が暮らしていました。

スサノオノミコトは大変暴れん坊でした。あまりにひどい悪戯に、怒ったアマテラスオオミカミは天岩戸と呼ばれる洞窟に閉じこもってしまいました。

太陽の神様が隠れてしまうと、世の中は真っ暗になってしまいました。農作物の不作や疫病など、災厄が次々と起こります。

困ってしまった八百万(やおよろず)の神々は、何とかアマテラスオオミカミに出てきてもらおうと、必死で相談をします。そこで鈿女命(ウズメノミコト)を呼び出し、天岩戸の前で見事な舞を披露してもらいました。

騒ぎが気になったアマテラスオオミカミは、岩戸の扉を少し開けてしまいます。するとそこを力持ちの神様が開け放ち、見事出てきて頂くことができました。

――ここまでが古事記にも記された有名な神話です。ですが、物語には続きがありました。

スサノオノミコトの暴れん坊ぶりは全く治らず、そのたびにアマテラスオオミカミは天の岩戸に引きこもってしまうのです。この頃はウズメノミコトの舞も通用せず、八百万の神々は大変頭を悩ませていたのです。

「……アマテラス様はまた引き籠りか……」八百万の神がため息をつきます。

「今回の理由はなんじゃ……」

「はい……なんでも、スサノオ様の<えすえぬえす>が炎上し、住所を特定されてしまったと」

「家に<あんち>が押し寄せているようです」

「なんと……! スサノオ様には<迷惑ゆうちゅうばぁ>は卒業しろとあれほど……!」

八百万の神は一斉に肩を落とします。どうやら、事態はかなり深刻なようです。

皆は口々に案を出します。八百万の神は文字通り八百万人いるので、多様な意見が出てきます。その甲斐あってか、高天原の揉め事は、全て八百万の神々が、話合いで解決してきました。

「ウズメノミコトの舞も通用せんし、どうやったらアマテラス様を引き戻せるのじゃ」

「天岩戸の前で、もっと楽しい催しをしてみてはどうじゃ?」

「楽しい催しとは無茶を言う……ウズメの舞は日本一じゃ。あれ以上に興味を引くものなど、想像もつかん」

「全くじゃ。そもそも、アマテラス様は天岩戸で何をしておるのじゃ」

「あんなに暗くて狭いところ、ワシなら退屈過ぎて一晩も持たん」

「その通りだ。天岩戸に引きこもるより、現世(うつしよ)の方が何倍も楽しいことをお伝えすれば……」

「……いや、ワシは目撃したぞ……アマテラス様が<にんてんどーすいっち>を持って岩戸に籠られたのを、この目で……」

「に、<にんてんどーすいっち>?!」

途端に辺りがざわめきました。皆は口々に「もう無理じゃ」「それは太刀打ちできない」と唸ります。

「まさか三種の神器を超えたアイテムを持ってお隠れになるとは……!」

「しかもソフトは<すまぶら>じゃった」

「<すまぶら>とな?! もうおしまいじゃ!」

「正月休みが吸い取られてしまうヤツじゃ」

「最悪じゃ…‥このままでは、高天原に再び光がさす事はないであろう……!」

八百万の神々は嘆き悲しみました。中には泣く者もいます。誰も<すまぶら>に勝てる娯楽を思いつきません。こうしている間にも、農作物は枯れ、犯罪が横行します。スサノオの<迷惑ゆうちゅうぶちゃんねる>は爆発的に登録者数を増やすでしょう。高天原は闇の世界に落ちてしまうのでしょうか。

「……我々の力ではどうにもならない」

その時、ひとりの大男が呟きました。

「大国主神(オオクニヌシノカミ)まで……そのような弱気を…‥」

八百万の神々の中心で指揮をとっていた人物、オオクニヌシノカミ。現代日本では出雲大社に祭られ、縁結びの神としても有名です。因幡(いなば)の白兎の伝説で、兎に親切にしてあげた話が多く知られています。

「弱気ではない。我々以外の力が必要だということだ」

オオクニヌシが立派な髭を揺らし、腕を組みます。八百万の神々は意味が理解できません。皆は口々に意見しました。

「オオクニ殿、我々以外の力とは?」

「八百万の神々以外に頼れる者などおりませぬ」

「そうじゃそうじゃ。文字通り、八百万もの神がお手上げだと言っておるのじゃ。その他の力など……」

「確かに自国の神ではもはや手立てはない。だが……他国の神なら、どうだ?」

オオクニヌシの一言に、全員息をのみました。

他国の、神?

確かに他国の神ならば、八百万の神々が考えもつかないような名案を思い付くかもしれません。ですが問題は手段です。八百万の神々は、高天原から一歩も外に出たことがありません。誰も他国の神々のことを知らないのです。

「気が触れたかオオクニ殿。他国の神が協力するわけがない」

「その通りじゃ。第一連絡の手段もない」

「ましてや高天原に来てもらうなど、できるはずか……」

「案ずるな」

オオクニヌシは袖から<すまほ>を取り出します。

「こんなこともあろうかと、日ごろから各世界の神々と繋がっておいた。この<ふぇいすぶっく>でな」

「<ふぇいすぶっく>?!」

辺りは再び騒然とします。オオクニヌシがそんな案を思いつくなんて思いも寄りませんでした。

八百万の神々は他国との交流に興味が無い、いわゆる<陰きゃら>だったため、<ふぇいすぶっく>の登録をしている人はいませんでした。<いいね>のつけ方もわかりません。

「さすがオオクニ殿じゃ……<ふぇいすぶっく>を利用していたとは……」

「更に他国の神々と友達になっていたとは……」

「なんというコミュニケーション能力……!」

「静粛に。これから<ふぇいすぶっく>で他国の神々を続々と招待する。異論はないな?」

オオクニヌシは両手をあげ、大声で周りを制しました。右手には<すまほ>が握られています。

八百万の神々は「応!」「異論無し!」と次々に叫びました。高天原の未来に大きな希望が見えたからです。

オオクニヌシは満足そうに頷き、<すまほ>で文字入力しました。

★急募! 他国の神々サマへ★

お久しぶりです。オオクニです。

久しぶりにの書き込みちょっと緊張しちゃいます(笑)まあ、それはおいといて(笑笑)

実はオレの地元がちょっとピンチです。ちょっと、つーか、かなり(汗)このままじゃマジやばいんで、ぜひ来て助けて欲しいです。

高天原、めっちゃ良いとこなんで。飯もうまいし、ぶっちゃけ観光目的でもOK。もちろんお礼はさせてもらいます。お返しはオレの愛情で(笑)(嘘です、ちゃんと用意しときます)

あ、こないだアフロディーテさんと海行ったときの写真上げときます。いいねよろしく。

★END★

「――これで問題解決だ! 八百万の皆の者、このオオクニヌシノカミに全て任せておくがよい!」

「応とも! さすがオオクニ殿! これでこの国は安泰じゃ!」

皆が一斉に勝ち鬨(どき)を上げました。内心は不安の嵐が吹き荒れていました。

 

***中国神話×ロミオとジュリエット***

 

「やっほー オオクニちゃん、きたアルよ」

「女媧(じょか)殿!」

オオクニヌシが<ぱりび>のようなテキストをアップした数時間後、早速中国からお客様が来てくれました。彼女の名前は女媧(じょか)。古代中国神話に登場する、人類を創造したといわれる、大変偉い女神様です。

「俺は来たくなかったんだが……女媧がどうしても行きたいと聞かなくてな」

彼の名は伏義(ふっき)。媧と同様、古代中国神話に登場する神様です。帝王として活躍していました。女媧とは夫婦の関係です。

「女媧殿に伏義殿、大変心強いです」

「隣国のよしみだし、気にしちゃダメアル。で、何があったアル?」

「実は……」

オオクニヌシが一部始終を話しました。女媧と伏義は顔をしかめて聞いています。

「それは難しい問題だな……我々が役に立てるだろうか」

「簡単ネ! ウズメちゃんがやったみたいに、ウチらで劇をやればいーんだヨ!」

女媧はひょいと岩に上り逆立ちしながら器用に脚を曲げてみせました。さながら中国雑技団のようです。その柔らかな身のこなしに一同息をのみます。

「確かに。アマテラス様は高天原の舞踊は見飽きておりますが、異国の踊りには興味を持つかもしれませんな」

「それじゃ早速やってみるネ! アマテラスちゃ~ん、楽しい楽しい中華舞踊アルよ~」

女媧の周りにはいつのまにか仙女が取り巻き、二胡(にこ)や琴が鳴り響きました。中国の深い歴史を連想させるメロディーが、八百万の神々の胸を打ちます。

女媧の舞も素晴らしく、幻想的で、夢を見ているようでした。

ですが天の岩戸はぴくりとも動きません。

「駄目か……」

「ムムム……難しいアルね……」

女媧は息を切らして舞を終えました。伏義は先ほどから何か考え事をしています。

「アマテラス殿には、正攻法は通用しないのかもしれない」

「と、いいますと?」

「女媧の舞は確かに美しいが、それだけだ。最近は<ゆうちゅうぶ>で検索すればいくらでも検索することができる。だから、誰も見たことのない、誰もやったことのない体験をすれば、岩戸から出てくるのでは?」

「誰もやっとことがない、と言いますと?」

「例えばだが……女媧が異国の劇をするとか」

「ワオ! それすっごく面白そうネ! さすが私のダーリンよ!」

「うぐっ、嬉しいが、人前でひっつかないでくれ」

伏義のアイデアに大賛成の女媧。オオクニヌシも深く頷きました。

「新しいもの好きのアマテラス様のことだ。伏義殿の案は確かに通用するかもしれない。苦労をかけるが、やってもらえぬか?」

「お安いご用ネ! やりたかった劇があるんだヨ!」

「おお、では是非そちらを頼もう」

「イエッサー★ では、女媧と伏義の愛の劇場、はじまりはじまり~」

「え、僕も?」

***

――舞台は14世紀のイタリアの都市ヴェローナ。名家であるキャピュレット家とモンタギュー家はライバル同士。ところがモンタギュー家一人息子ロミオとキャピュレット家の一人娘ジュリエットは互いに一目惚れをしてしまった。

――叶わない恋に身を焼く想いをする二人。これはそんな二人がバルコニーで愛をささやくシーンである――(ナレーション:八百万の神々)

「おおロミオ、あなたはなぜロミオなの?」

「おおジュリエット、あなたこそなぜジュリエットなんだ」

「っきゃー! いい感じアル。一回悲劇のヒロインを演じたかったアルよ」

「無理やり出演させられたけど……僕たち夫婦には、悲恋物はミスマッチじゃないか? 下半身が蛇になって絡み合ってる絵が後世に残るくらい、永遠もの時間を一緒にいる仲だから……」

「だから憧れてたアル。一度くらい喧嘩して離れてみたいアルよ」

「喧嘩って……僕は君にひとつも不満なんてないし」

「一個くらいあるはずアル! 探して悲恋ごっこするアル!」

「え、えぇ……」

(お二人とも! 音声拾っちゃってますんで!)

「舞台続行して!」と書かれたカンペをもった八百万の神(スタッフ)が、女媧と伏義のマイクイヤホンに指令を送ります。二人はやっと我に返りました。

(女媧への不満……えぇっと……)

伏義はバルコニーにいる女媧を見上げると、こう言い放ちました。

「……俺はあなたを愛しています……手作りの麻婆豆腐が激辛なことを除いては!」

「…………え?」

女媧の目は点になりました。状況が理解できていないようです。

「僕は麻婆豆腐は甘口が好きだといつも言ってるのに、『辛くないと麻婆豆腐じゃないヨ』と激辛を出してくる……正直毎回吐きそうだ。だけど、それ以外は完璧なんだ。そんなジュリエットに、僕は永遠の愛を……」

「……いま、何て、言ったアル―――!!!」

女媧の体がバルコニーごと燃え上がりました。怒りの炎は爆風となり、セットは一気に吹き飛びます。八百万の神も2、3体が霧の彼方に消えました。

「麻婆豆腐は一番の得意料理アル! それをずっと我慢して食べてたネ?!」

「い、いや、そこまででは」

「じゃあさっきの台詞は何アルか? 私に嘘ついたのか?」

「そういう意味じゃなくて」

「もーー怒ったアル! 人類創造した時と同じように、何もかも一から創り直してやるーー!」

女媧の両手から元気玉のような超巨大エネルギー体が発動し、あたりは騒然となりました。伏義、オオクニヌシ、八百万の神はてんやわんやの大騒ぎ。狂騒は丸一日続きました。

 

***北欧神話×北風と太陽***

 

次に現れたのは北欧の神様、ヴァルキリーです。

万物の父にして北欧神話の主神であるオーディンに仕え、兜と槍で武装した戦乙女です。神々の最終戦争ラグナロクに向けて、オーディンの命により戦場に赴き、優れた人間の魂を選んで神々の元へ送るという伝説があります。

「――高天原は荒野なのだな。随分と貧しい地のようだ」

「色々ありまして……」

女媧と伏義にやっと帰ってもらいましたが、辺りは焼け野が原になっていました。オオクニヌシの装束は炎に焼かれてボロボロです。いまだに治療を受けている八百万の神もます。ヴァルキリーが心配するのも、無理のない状況でした。

「――何があったのか、聞かせてくれないか」

「説明しても意味不明かと思いますが」

「かまわん。話せ」

「中国神である女媧殿と伏羲殿が寸劇『ロミオとジュリエット』を披露しまして、最後は夫婦喧嘩となり、辺り一面が火の海になりました」

「なるほど。全然わからん」

「説明している私も意味が不明です」

オオクニヌシが気を取り直して一部始終を説明します。ヴァルキリーは険しい顔で頷きました。

「他国の神々が寸劇を……? 効果はあったのか?」

「実は少しあったのです」

女媧と伏羲の舞台が佳境に入った際、天の岩戸が少し開き、中からアマテラスオオミカミが顔をのぞかせたところを八百万の神が目撃していました。さすがのアマテラスオオミカミもこの舞台が気になったようです。天の岩戸をこじ開けようと、応援を頼もうとしたところ、女媧の大暴れが始まり、岩戸は再び頑丈に閉じられてしまいました。

「……なので方向性は悪くないようです」

「ふむ。それなら我々も協力しよう。どのような寸劇でも構わぬか?」

「もちろんです。ご協力感謝いたします」

「とはいえ私はあまり寸劇になりそうな物語や童話に詳しくないが……そうだな……昔オーディン様から聞いた『北風と太陽』ならできるかもしれぬ」

北風と太陽。イソップ物語に登場する逸話です。

人に何かさせるためには、北風のように強引な方法を取るよりも、太陽のように相手をその気にさせるほうが、効き目があるという教訓を伝えています。

「有名な童話ですね。アマテラス様もご存じの筈ですので、問題ございません」

オオクニヌシは答えました。

「では始めるとしよう!」

ヴァルキリーが指を鳴らすと、たちまちセットが完成しました。

劇の始まりです。

***

――むかしむかし、どこかの世界で、北風と太陽が、どちらが強いか競争していました。言い争ってばかりいても決まらないので、「道を歩いている旅人の上着を脱がせた方が勝ち」という、勝負をすることになりました。

まずは北風の番です。北風は思い切り強く「ピュー!」と吹き付けました。

「その程度か! 戦場の上空を馬で駆け抜ける私が、その程度の風圧で臆するとでも思ったか!」

旅人(ヴァルキリー)は北風を威嚇しました。煽られた北風は、旅人に豪風を吹き付けます。しかし旅人はびくともしません。

最後は旅人が槍で北風を突き刺しました。北風は霧散し、そよ風だけが残りました。

(趣旨変わってませんか??)

「話のオチ大丈夫ですか?」と書かれたカンペをもった八百万の神(スタッフ)を気にも留めず、旅人は歩き続けます。

次は太陽の番です。太陽は旅人が歩いている道を、ぽかぽかと照らしました。

「くっ……暑いな……」

旅人は北の地方の出身のため、暑さに弱いようです。しばらく我慢していましたが、暑さに耐えかね、上着のボタンを開けました。

「よかった。話の軌道修正が出来そうだ」と、スタッフも一安心です。

その時でした。上空から何やら大きな音が轟き、巨大な黒い影が出現したのです。

巨大すぎる影は空を覆い、世界は暗黒に包まれました。

「この影は……もしや!」

旅人は叫びます。その声と同時に、大きな雷が轟きました。

「――これしきの暑さで音を上げるとは情けない。それでも最強の戦士、ヴァルキリーか?」

「オーディン様!」

なんとその姿は、万物の父にして北欧神話の主神、オーディンでした。

千里眼で一部始終を見ていたオーディンが、この芝居をヴァルキリーのピンチだと思ったようです。空気の読めないオーディンは、娘のピンチにかけつける父親のように、いきなり乱入してしまいました。

「申し訳ございません。オーディン様……寸劇といえども、ぬるま湯のような気温に辟易するとは。戦神の風上にもおけません」

「わかれば良い。さあ、お主が次にすべきことはなんだ?」

「私を惑わす太陽を破壊するのみ……と、いうことですね」

「うむ」

(うむ、じゃないです!)と八百万の神がカンペを出しますが、二人の世界を引き剥がせるはずがありません。

「特別に儂の武器を授けよう。世界樹ユグドラシルの枝から創った伝説の槍――その名も《グングニル》!」

「おぉ……オーディン様の名を世界に知らしめた、伝説の……! おそろしいほどの魔力を秘めた槍ゆえ、最終戦争ラグナロクまで使用を禁じていた秘宝が、今この手に……!」

(そんな最強兵器、いま出しちゃ駄目です!)と八百万の神がカンペを出しますが、当然のように聞き入れられません。七色に光るグングニルを目の前にしたヴァルキリーの顔は、完全に戦闘モードです。

「ありがとうございます、オーディン様。貴方の名に恥じぬよう、立派に果たしてまいります」

「それでこそ我が最強の戦士。期待しておるぞ」

「はい!」

ヴァルキリーは上着を着直し、太陽に対峙しました。

「――卑劣な手でよくぞ私を惑わせたな。危うく上着を脱ぐところであった……汝の犯した罪は重い」

太陽は(もうやだこの人)という視線をスタッフに向けます。八百万の神は十字を切り、行く末を見守ることしかできません。思わず改宗する程理不尽な仕打ちです。

「――よそ見をしたのが貴様の運の尽きよ! 聖槍グングニルの矢を味わえ! タァーー!!」

「ギャァアアーーーー!!」

太陽は断末魔を上げながら、槍の餌食にされました。大地を揺るがす爆風が轟きます。砕け散った太陽が地面に降り注ぎ、火山の噴火のような騒ぎになりました。

その様子を満足げに見守るオーディン。

オーディンの表情を見て、自分のしたことに間違いはなかったと悟るヴァルキリー。

二人の絆は一層強固になりましたが、高天原は地獄のような混乱に陥りました。

 

***ギリシャ神話×かぐや姫***

 

「初めて高天原に来たけれど、随分殺風景なのね~。天地創造したばかりなのかしら?」

「色々ありまして……」

ヴァルキリーとオーディンにやっと帰ってもらいましたが、辺りは荒れ地になっていました。オオクニヌシの装束は狂乱に揉まれてほぼ全裸です。心労により自殺したり、改宗する八百万の神も出てきました。

三番目に訪問してくれたのは、ギリシャ神話のアフロディーテ。女神の中でもっとも美しいとされる神様です。「愛と美の女神」の由来のとおり、彼女をめぐる恋の伝説が多く残されています。

「何があったのか、聞かせてくれないかしら?」

「説明しても意味不明かと思いますが」

「問題ないですわ」

「中国の神である女媧殿と伏羲殿が寸劇『ロミオとジュリエット』を披露しまして、最後は夫婦喧嘩となり、辺り一面が火の海になりました。次に来訪した北欧神のヴァルキリー殿が『北風と太陽を』演じ、途中オーディン殿が乱入して北風と太陽と共に高天原を壊滅に追いやりました」

「なるほど。全然わかりませんわ」

「説明している私も意味が不明です」

ほぼ全裸のオオクニヌシが気を取り直して一部始終を説明します。アフロディーテは目を輝かせて頷きました。

「他国の神が寸劇をすれば、アマテラスちゃんは出てくるのね?」

「はい。ヴァルキリー殿の寸劇の際も天の岩戸から顔は出したので、もう一歩かと」

「ならもちろん協力しますわ。私、一度やってみたい劇があったの。偶然にもアマテラスちゃんにふさわしい劇だと思いましてよ」

「と、言いますと?」

「ずばり、『かぐや姫』ですわ! あなた方の世界のおとぎ話でしょ? アマテラスちゃんもより一層興味を持つんじゃないかしら」

「おお!」

確かにこの地にゆかりのある劇ならば、出不精のアマテラス様も興味を持つこと請け合いでしょう。しかも、アフロディーテといえば世界中の誰もが知る美の女神です。彼女が演じる「かぐや姫」を見たくないと思う者がいるはずありません。オオクニヌシと八百万の神々は、今度こそアマテラス様が天の岩戸から出てくると確信しました。

「大変良い案です。アフロディーテ殿」

「でしょう? では早速始めますわ! そーれっ★」

アフロディーテが星型のステッキを振ると、空はたちまち夜になり、月が昇りました。

オオクニヌシと八百万の神々は、今度こそ、と願いながら、裏方へと向かいました。

***

むかしむかし。都の近くに「竹取の翁」と呼ばれるおじいさんが住んでいました。

ある日、おじいさんがいつものように竹を切っていると、その中から小さく可愛い女の子が入っていました。

おじいさんとおばあさんはその子を「かぐや姫」と名付け、大事に育てました。

かぐや姫はみるみるうちに美しい娘に成長しました。あまりの美しさに評判になり、たくさんの男がかぐや姫と結婚するためにおじいさんの屋敷へ向かいます。

しかし、誰とも結婚する気のなかったかぐや姫は、男たちに無理難題を突き付けます。

「お釈迦様の石の鉢」「蓬莱山の玉の枝」「火ネズミの皮衣」「五色に光る玉」「燕の巣の中にあるこやす貝」このどれかを持ってきた者と結婚すると宣言しました。

――舞台はそんなワンシーンから始まります。

「さあ、かぐや姫。望みの通り、お釈迦様の石の鉢を持ち帰ったぞ」

かぐや姫に求婚した男は、布に包まれた鉢を恭しく掲げました。

「ご苦労様でした。ですが、本当のお釈迦様の石の鉢なら、光り輝くはずです」

かぐや姫(アフロディーテ)は言いました。男は何とか鉢を光らせようとしましたが、何をやっても無駄でした。求婚に失敗した男は、すごすごと屋敷を後にします。

「……待ちなさい」

かぐや姫は男を呼び止めました。男は驚き、振り返ります。

「よく見たら意外とハンサムな顔立ちですわ。ギリシャの彫刻みたいな男達を見飽きたせいで、オリエンタルな雰囲気の男とも付き合ってみたかったんですの」

「……え?」

「と、いうことでキープですわ。あなたは結婚相手第一号。これから第五号くらいまで選別しますので、お庭で待っていてくださいな。第二号は……そうねえ、アイドル顔の男がいいですわ。その次は渋めのサムライ系ね」

(話が全然違います!)と八百万の神がカンペを出しますが、アフロディーテは聞いていません。

「全知全能の神ゼウス様も『不倫は文化』というスタンスですし、相手はいくらいても問題ありませんわ。まあ、浮気がバレるたびに奥様のヘラは激怒していますけど。それに、私程の美しい女神が一人の男性に独占されるなんて、宝の持ち腐れでしてよ。美術館の絵画は皆に見られてこそ価値があがるもの。かぐや姫もそうであるべきですわ!」

「で、ですが、かぐや姫様は月に帰ってしまうので、結婚しても永遠に会えないのでは……!」

結婚相手第一号(キャスト:八百万の神)が思わず結末を口走ります。アフロディーテはきょとんとしながら言いました。

「あら、月に帰るのが永遠の別れなの? 私も月の女神ですが、地球なんて秒で行き来できましてよ」

「なんて風情のない……」

「何か言いまして?」

「い、いや」

「さあ、気を取り直して結婚相手を探しましょう! 結婚相手が百人できたら、月にも別荘を立ててハーレム御殿にしますわよ! 次の方、どうぞ~!」

アフロディーテの号令に合わせて、どんちゃん騒ぎが始まります。舞台はいよいよ崩壊し始めました。

これはまずい、と感じたのはオオクニヌシです。このままでは以前の舞台と同様、高天原が地獄絵図になって終わる予感しかしません。

(天の岩戸の調子はどうだ)

冷や汗を浮かべながら岩戸の方を見つめます。するとどうでしょう、今まで硬く閉ざされていた洞窟の蓋が、少しですが開いているではないですか。アマテラスがやっとこの騒ぎに気付いたようです。

「オオクニヌシ様!」

「うむ。皆で岩戸に集合じゃ」

八百万の神々も気づいたようです。今度こそ蓋をこじ開けようと、一気に近づきます。

物音に気付かれぬよう、アフロディーテの演劇が最高潮に盛り上がった時、皆で一気に岩戸を引き起こしました。

「せーのっ どりゃあぁああ!」

あまりの勢いに土埃が舞い散りましたが、岩戸の蓋は見事全開しました。

茶色の霧の中から、人影がゆらめきます。

もうもうと立ち込める土煙から出てきたのは、神々が待ち望んだ太陽の化身、天照大御神(アマテラスオオミカミ)その人でした。

「おお……!」

「やっとお目見え出来ました!」

「やった! これで高天原は平和の地に戻るぞ!」

八百万の神々は口々に歓喜の声を上げます。オオクニヌシも安堵しました。

「ささ、アマテラス殿。お疲れでしょう。他国の神の劇を見て、リフレッシュはいかがでしょう」

「多少地面が抉れて荒野が広がっておりますが、今は何も考えずゆっくりお過ごしください!」

「あら、あなたが噂のアマテラスちゃん? お会いできて嬉しいわ! 友好記念に百人ほど、高天原のメンズは頂いていくわね~」

天の岩戸から出てきたばかりのアマテラスオオミカミを取り囲み、皆々は絶えず話かけます。ですがアマテラスオオミカミは一言も発さず、身を震わせています。

おかしい、と思ったオオクニヌシは、皆を遮りました。

「どうしました、アマテラス殿。なにかおかしいところでも……」

「…………おかしいところ、だと?」

アマテラスオオミカミは、やっと口を開きました。

「……妾がほんの少し引き籠っていただけで、高天原は壊滅寸前、おまけに目の前では異国の女神がハーレム計画を立てておる。これで気が狂わない者がおるか?」

ごもっともな意見に、オオクニヌシと八百万の神が息を止めます。

「で、ですが、すべてはアマテラス様のため……! スサノオノミコト様の悪事がこれ以上続くよりは、他国の皆様に協力して頂いた方が良いと判断し……!」

「スサノオの悪事の方が百倍マシじゃーーー! 二度とこのような企てをするでない! そなた方には罰を与える!!」

「ははーーーー!!!」

アマテラスオオミカミの神鳴りに打たれた八百万の神々は、騒動を引き起こした罰として、一カ月間出雲に軟禁されることになりました。

この罰は現在も続いており、八百万の神々は十月になると出雲大社へ幽閉されます。高天原の他の地域に神々がいなくなるため、十月が神無月(かんなづき)と言われているのです。

皆さんも、引きこもりの人物を引っ張りだす際は、どんな策が最適か、しっかり考えてから行動しましょう。

おしまい

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