名画にみる神話と宗教の世界:孤高の画家ウィリアム・ブレイク

『巨大な赤い龍と太陽を着た女』、レッドドラゴン
『巨大な赤い龍と太陽を着た女』(ウィリアム・ブレイク、原典

ウィリアム・ブレイク(1757-1827)というイギリスの芸術家をご存知でしょうか?

18世紀から19世紀にかけて画家、銅版画職人として活動したほか、詩人としても知られています。

神話や宗教を題材とした幻想的な作品を多く残し、後世にも大きな影響を与えました。

ブレイクの描いた「巨大な赤い龍と太陽を着た女」という水彩画は、トマス・ハリスの小説を映画化したハンニバルシリーズの「レッド・ドラゴン」にも登場することから、作品を目にしたことがあるという方もいるかもしれません。

今回の記事では画家としてのブレイクに焦点を当て、神話や宗教をテーマとした彼の画業について取り上げていきたいと思います。

ウィリアム・ブレイクとはどんな芸術家?

William-Blake
『William Blake』(Thomas Phillips、1807年、原典、© National Portrait Gallery, London)

ウィリアム・ブレイクは2002年、BBC「最も偉大な英国人100人」というランキングで38位に選出された芸術家です。

今でこそ英国ロマン主義の天才的人物として知られていますが、実はブレイクが生きていた時代において、彼の名はほとんど知られることがありませんでした。

それどころか作品は難解であるとされ理解されず、狂人だと批判されていたほどです。

しかし後世になって作品が評価されるようになり、現在はたくさんの人々の注目を集め、ブレイクの熱心な研究者も世界中に存在します。

残された作品と同じように、不思議な魅力があるのがブレイクという人物自身です。ブレイクとはどのような芸術家だったのか、まずはブレイクの生涯をたどってみたいと思います。

存命中は複製版画家と思われていたブレイク

ブレイクは18世紀半ばにロンドンのソーホーに生まれ、その人生のほとんどをロンドンで過ごしました。

幼少期より芸術の才能を発揮し、10歳のときにドローイングを学ぶ教室へ通いはじめ、12歳の頃には詩作を行うようになっていたと言われます。

1772年、14歳のときにジェームス・バーシアという銅版画家のもとで見習いとして働きはじめ、1779年には開校したばかりのロイヤル・アカデミー・スクールで学びました。

1784年、ブレイクは仲間とともに印刷所を立ち上げますが失敗に終わり、1808年から翌年にかけて展覧会を開催するも作品は酷評されます。

作品は世に認められずブレイクは貧しい生活を送り、晩年の1821年には自身の版画のコレクションをすべて手放さなければならなかったほどでした。

ブレイクはその人生の長い間、生計を立てるために複製の版画を制作していたため、同時代の人々からみたブレイク像は単なる複製版画家であり、今日のイメージとは大きくかけ離れていました。

しかし実はブレイクは、後述する独創的な作品を次々と作り出していたのです。

霊感を持っていたブレイク

ブレイクは「預言者」や「幻視者」とも呼ばれていました。

ブレイクの手がけた作品は神秘的な世界観が魅力の一つですが、実はブレイク自身、幼少の頃より神や天使の姿を見るなどの幻視体験をしていたと言われます。

弟が病死した際も、魂が体から抜けて天井に上っていくのを見たそうです。このようなエピソードは、彼の作品をより謎めいたものに感じさせているのではないでしょうか。

ブレイクの生きた時代とロマン主義

ブレイクの生きた18世紀から19世紀は革命の時代でした。

イギリスでは社会が根底から覆るようなたくさんの変化が起きました。

まず産業革命、そして蒸気機関がもたらした交通革命。そして1770年代からはアメリカの独立戦争やフランス革命が起こり、これらの動きはブレイクの思想や作品に影響をもたらしました。

急速に変化する社会のなかで、ブレイクは古典主義に対し、理性や知性よりも想像力を重んじるロマン主義の立場をとりました。

ウィリアム・ブレイクの代表作とは?

ではブレイクが残した代表的な作品について見ていきましょう。版画のほか、ペンや水彩、テンペラの技法を用いてブレイクは多様な作品を手がけました。

四人のゾアたち

ユリゼン
『ユリゼン』(ウィリアム・ブレイク、1794年、原典

大きな岩の下で身をかがめている髭を生やした老人は、「ユリゼン」というブレイクが作り上げた架空の創造神。

ユリゼンは「預言詩」と呼ばれる神話世界を描いた作品のシリーズのうちの「四人のゾアたち」の一人で、法と理性を象徴する存在です。

日の老いたる者
『日の老いたる者』(ウィリアム・ブレイク、1794年、原典

ブレイクの作品の中でも人気のある『日の老いたる者』という作品も、ユリゼンを描いた作品だと言われています。

太陽を背景にし、暗闇の中でコンパスを手に持ち、今まさに世界を作り出そうとする神の姿がドラマティックに描かれています。

ニュートン

ニュートン
『ニュートン』(ウィリアム・ブレイク、1795年、© Tate、原典

ブレイクはイギリスの物理学者・ニュートンを題材にした作品も残しています。

多くの人が想像するニュートンの姿とは異なり、若く、筋肉質の肉体があらわになっています。

場面はおそらく海底で、ニュートンは藻類に覆われた岩に腰掛けていますが、視線は手に持ったコンパスに注がれています。

背後にある色とりどりの自然には目もくれず、科学に没頭するニュートン像にはブレイクの彼に対する批判が込められています。

実在する人物を描いた作品ですが、絵の中のニュートンはまるで神話の中の登場人物のようです。

聖書の物語

『イヴに勝ち誇るサタン』(ウィリアム・ブレイク、1795年)
『イヴに勝ち誇るサタン』(ウィリアム・ブレイク、1795年、原典

サタンはブレイクの作品にしばしば登場します。

大きく羽を広げたサタンのもとで、リンゴを手にしたまま倒れているのはイヴ。体には蛇が巻きついており、イヴをそそのかした蛇の正体は実はサタンであったという説にもとづいて描かれた作品です。

黙示録の天使(ヨハネの黙示録第10章より)
『黙示録の天使(ヨハネの黙示録第10章より)』(ウィリアム・ブレイク、1803-05年頃、原典

パトモス島でペンを片手に黙示録を記すヨハネは、一人の天使が太陽の中に立っているのを見ました。巨大な天使は雲を身にまとい、足は炎の柱のように描写されています。

天使を見上げるヨハネの姿は小さく描かれ、これらの大きさの対比によって、天使が現れた瞬間がよりドラマティックに表現されています。

『十人の処女たちのたとえ』(ウィリアム・ブレイク)
『十人の処女たちのたとえ』(ウィリアム・ブレイク、1799-1800年頃、原典

ブレイクの作品といえば、筋肉質の男性が描かれた作品をイメージされるかもしれませんが、ブレイクは幻想的な女性像も手がけています。

本作ではマタイによる福音書に収められた例え話が題材となっています。

右側にいる愚かな五人の処女たちは、壺に油を入れておかなかったために灯火が消えてしまい、迎え入れるはずだった花婿に会うことができませんでした。

暗い色調で描かれた彼女たちとは対照的に、左側に描かれた賢い五人の処女たちからは光が溢れています。

『巨大な赤い龍と太陽を着た女』
『巨大な赤い龍と太陽を着た女』(ウィリアム・ブレイク、1805年、原典

ブレイクにとっての重要なパトロンであるトーマス・バッツからの依頼を受け、「ヨハネの黙示録」の挿絵として描かれた作品です。

7つの頭と10本の角を持つとされる赤い龍はサタン、画面下部に描かれた女性は聖母マリアを表しています。

本作で描かれているのは、生まれて来ようとするキリストを龍がマリアから強奪しようとしている場面。

非現実的な光景ですが、巧みな陰影表現によって描き出された龍の姿には迫力と説得力があり、ブレイクの名作と言える作品です。

『最後の審判』
『最後の審判のヴィジョン』(ウィリアム・ブレイク、1808 年、原典

遠目で見ると細かい模様が描かれているように思えますが、画面は隅々まで人間の姿で覆い尽くされていることに驚くことでしょう。

中央には裁きを行うキリストが着座しており、左側は天国、右側は地獄行きの運命が決まったものたちの姿が描写されています。

世界の終末、善と悪、救いと罰について、恐ろしいまでに画面に凝縮されている作品です。

ウィリアム・ブレイクの作品についてのまとめ

ウィリアム・ブレイクという芸術家は、神話と美術の結びつきを語る上では、欠かすことのできない人物と言えるでしょう。

幻視体験をもとに自身の視点で解釈され、視覚的に表わされた神話やキリスト教の世界観は、豊かな想像力にあふれ他に類を見ないものです。

ブレイクによって息を吹き込まれた神話や宗教の登場人物たちは画面のなかで生き生きと動き、私たちがその物語に触れるとき、理解を助けてくれる存在でもあります。

没後約200年が経過した今もなお、孤高の画家・ブレイクの作品は多くの人に新鮮な驚きを与えており、後年ブレイクの作品が改めて見直され、高く評価されるようになったのも頷けるのではないでしょうか。

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