【シュリーマンの生涯①】実像とトロイア戦争神話の魅力

ハインリヒ・シュリーマン

多感な子供時代に読んだ一冊の本が、人生を左右するほどの影響力を持つことがあります。

ですがギリシア神話の本を読んで、頭の中がその空想でいっぱいになるほど熱中した少年が、大人になってから本当に考古学者として大成してしまい、歴史に名を残す大発見までやり遂げたとしたら、どうでしょうか?

神話や伝説やファンタジー世界に感化された子供時代を持つ人、すべてが憧れるサクセスストーリーではないでしょうか?

そんなサクセストーリーを体現してしまったのが、十九世のドイツに現れた人物、ハインリヒ・シュリーマンです。

  • 子供の時に「トロイア戦争」の本を読んで完全に心奪われ、苦労しながらも勉学に励み、
  • 現代ギリシア語、古代ギリシア語、ラテン語を含む合計18の言語を習得するまでに至り、
  • 生涯の前半ではビジネスマンとして一大資産を築き、
  • 生涯の後半で、その私財を投入して考古学の研究に乗り出し、
  • 最終的には、当時まだ発見されていなかった「トロイアの遺跡」を、見事にトルコで発見することに成功しました。

現在、彼の発掘した「トロイアの遺跡」は世界遺産にもなっていて、観光で訪れることも可能になっています。

夢を実現させた偉人として、伝記本やドラマでも描かれることの多い、ハインリヒ・シュリーマン。

神話や伝説好きの人なら少なくとも名前だけは聞いたことのある有名人と言えるのではないでしょうか。

シュリーマンの生涯にまつわる問題:自伝に溢れる自画自賛は嘘?虚構?脚色?

ところがこのシュリーマンという人物の実像を知ろうとすると、たちまち厄介な問題に巻き込まれてしまいます。

後世の学者や研究者にとって、シュリーマンといえば「自伝に書いてあることがとうてい信用できない」という悪評の高い人物なのです。

たとえばLaura Amy Schelitz著の”THE HERO SCHLIEMAN(ヒーローとしてのシュリーマン)”という本では、このようなことが書かれています。

「彼の名前、Scheliemanという綴りの中に、英語でいうLIE(嘘)という単語が入っていることはなんとも象徴的である。シュリーマンは、生涯を通じて、嘘にまみれた男であった」と。

偉人としてのシュリーマン像しか知らない人は、「なんと失礼なことを!」と怒ってしまうような言い方ではないでしょうか?

ですが確かに、最近の研究では、シュリーマンの生涯やその考古学的事跡には、たくさんの「疑惑」が突き付けられている状況なのです。

たとえば、

  • 18カ国語に通じていたという彼の主張は、どうも怪しい(語学に堪能だったのは本当のようだが誇張がある?)
  • 生涯ずっと「トロイアの発掘をする」つもりで、苦学やビジネスでの努力を続けたと自伝に書いているが、これも誇張がある模様。最初は普通にビジネスマンとして成功することを人生のゴールにしていたフシがある
  • となると、「八歳の時に読んだ本に感化されて考古学を志した云々」といういちばん肝心な部分も、素直に信用できなくなってくる

といったところ。

そればかりではありません。

彼の発掘事業の成果についても、その報告方法や、発掘時の遺跡の保存方法について、さまざまな疑惑があげられています。

シュリーマンに好意的な言い方をしても、彼が発掘した重要な遺跡については、考古学については本来シロウトである彼の手が最初に入ってしまったことによって、後世の学者の研究がやりにくくなってしまったことは確か。

せっかくの発見物にいろいろと余計な手を加えて台無しにしてしまった部分があるということです。

そして決定的な問題として、そもそも彼が発見した「トロイア遺跡」も、ギリシア神話に出てくるトロイア戦争の舞台である「あの」トロイアであるという根拠は、結局、今日まで発見されていません。

世界遺産にまで登録されているというのに、あの遺跡が「本当にトロイアなのかどうか」は、せいぜいシュリーマン本人が「これこそ、トロイアの遺跡だ!」と主張していた以外には、決定的な根拠がない。

いったいシュリーマンとは何者だったのでしょうか?

妄想的な情熱にかられて様々な誤りを犯した、躁気質の問題的な人物だったのでしょうか?

それでもシュリーマンの事績は輝かしいと主張する試み

本原稿のライターは少年時代にギリシアに滞在し、それこそシュリーマンの伝記を子供向けの本で読んで感銘を受け、シュリーマンが発見した様々な遺跡を巡って心を躍らせた記憶があります。

そんな思い入れのある私としては、シュリーマンの自伝には問題が多々あることは認めつつも、一般的な「悪評」とは別の観点からシュリーマン見て、彼を擁護したいと思っています。

なるほどシュリーマンの「自伝」は誇張や脚色に溢れているものの、彼を批判する人がよく言う「妄想癖」とか「嘘つき」とかでは割り切れない複雑なところがある。

だいいちシュリーマンが、もし批判者たちの悪口の通り性格的欠陥の多い人だったとしたら、あれほど続々と発掘事業への協力者(その中には、建築家デルプフェルトや、外交官カルヴァートといった、当時のエリート層の人物がたくさん含まれています)が仲間として集まってきたでしょうか?

やはり人を引き付けるリーダーシップと信念を持った人物だったとみなすのが妥当ではないでしょうか?

そこで今回の連作記事では、シュリーマンという人物の紹介を通じてトロイア戦争神話の魅力を語った上で、彼の実像にも迫ってみたいと思います。

結論をあらかじめ要約しておくと、「シュリーマンは嘘つきではなく、彼自身と彼の仲間達を守る必然性から、自分を実像以上の超人に見せかけなければいけなかった、そうしないと身の危険があった」という仮説を採用したいと思います。

まず次回では、そもそもシュリーマンが生きた十九世紀ヨーロッパとはどんな世界だったのか、そしてそもそもシュリーマンが「子供の時に読んで影響を受けた本」というのはどのような内容のものだったのかを紹介していきましょう。

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