幼い頃にトロイア戦争の神話に憧れ、大人になってから本当にトロイアの遺跡を発掘してしまった、十九世紀のヒーロー、ハインリヒ・シュリーマン。
その生涯と事跡を追ってきたこの連載ですが、最終回であるこの第六回では、いよいよそのシュリーマンを巡る最大の問題、「彼の自伝や報告に見られる数々の嘘」という問題に触れましょう。
同時に彼の少年時代を振り返り、この人物が虚栄まで張って守ろうとしたアイデンティティとはいったい何だったのかを考えてみたいと思います。
シュリーマンの伝記の持つ、否定しようのない面白さ
人はなぜシュリーマンに惹かれるのでしょうか?
単純な言い方にはなってしまいますが、けっきょく彼の「自伝」が物語としてとても面白くできているからでしょう。
子どもの時に読んだ本から得た印象を手掛かりに破格の成功者となったというエピソードは、いかにも「十九世紀的な偉人伝」にふさわしい展開です。
それのみならず、「ビジネスマンとして大成してから自分の夢に乗り出したという人生設計」は最近のオオモノ経営者がしばしば「引退後は宇宙事業に乗り出す」とか「引退後は火星に行く」とか発言していることにも似ていて、現代人にもじゅうぶんに通じる理想なのではないでしょうか。
そもそもシュリーマンの発掘事業を支えたのは、ホメロスの『イリアス』に書いてある細部、「トロイアは海に近い」とか「城壁に囲まれた難攻不落の地形にある」とかいった情報を、すべて真実だと仮定した強固な「信念」でした。
その一途さについては、率直に感動的です。
しかし前回も触れた通り、この無自覚な「信念」が、いっぽうでシュリーマンの限界をも生んでしまいました。
ヒサルルックは確かに超重要な遺跡ですが、第一発見者のシュリーマンがあまりにも「これこそがトロイアの遺跡だ!」と信じ切ってしまったがために、発見時の記録がすべて「その前提」で報告され、後代の考古学者がヒサルルックの遺跡をさらに調査しようとした際の足かせとなってしまっているという事情があります。
そのうえ、後代になってますます問題になってきているのは、シュリーマンの自伝的背景それ自体の「できすぎ」な点でした。
確かにシュリーマンの語る自伝は、いろいろな意味で「美しすぎ」です。
疑いだすとキリがないのです。
いちばん重要で核心の部分であるはずの、「八歳の時に読んだトロイア戦争の本の挿絵に憧れ続けて云々」というところすら、後代の研究では次第に否定的な見解になってきています。
シュリーマンのキャリアはどう見ても、「あくまでもビジネスマンとして大成功する」ことをゴールに設計されており、「考古学をやってみよう」という気持ちが生まれたのはむしろかなり晩年になってからのことではないのか、というわけです。
いっぽうでシュリーマンの立場になってみると見えてくること
しかしいっぽうで、シュリーマンの「嘘」にあまり拘泥しすぎるのもよろしくないのかもしれません。
というのも、前回も見た通り、シュリーマンという人物は迂闊に考古学の世界で大成功を収めてしまったために、その晩年をさまざまな批判誹謗との戦いに費やすことになってしまった人物でもあります。
まして、彼が生きていたのは、十九世紀のヨーロッパです。
学者や経営者にも一種「浪漫主義」的なヒーロー性を求めるような風潮がありました。
そのような中でヒサルルックの遺跡を掘り当ててしまったシュリーマンには、むしろ以下のような一面があったのではないでしょうか。
つまり、度重なる批判や誹謗から身を守るため、「あえて自分を、子供の時の夢を追いかけてヒサルルックにたどり着いた、いかにも十九世紀のヨーロッパエリート層が好みそうな人物」として強調することで、論争にケリをつけたかったのではないでしょうか。
ヒサルルックの遺跡を掘った時の手際の悪さや、見つかった財宝の管理のズサンさも、「子供の時からの夢を追いかけていた純粋な人間ゆえの過ちだったのだ、悪気はなにもないのだ」という印象を人々に与えれば、ある程度の軽減ができると思ったのではないでしょうか?
まして晩年の彼は、数少ない友人や、妻とのひっそりとした交流を通じて生きていたいと思っていたような気配があります。
彼の嘘や虚飾は、こうした「自分の周りにいる数少ない理解者」たちをも、世間から守るための、ヤマアラシのハリだったのではないでしょうか。
そう仮定すると、また違った見え方になってくるのではないでしょうか?
たとえ嘘だらけだとしても感動的な『古代への情熱』の冒頭部分
ハインリヒ・シュリーマンの幼少期といえば、父に買ってもらった本の中のトロイア落城の挿絵ばかりが有名ですが、彼の自伝『古代への情熱』を読むと、その他にも彼は子供時代にたくさんの「神話」「伝説」「物語」に包まれて生きていたことがわかります。
自伝の中でわざわざ自身の故郷のアンケルスハーゲンのことに言及しているところを見ると、シュリーマン自身も、自分のバイタリティのルーツは子供時代にきいた「故郷の物語」からの影響にあり、と自覚していたのではないでしょうか。
「このアンケルスハーゲンの村にはいろいろな奇怪な話が伝わっており、これらが私の、神秘的なものや不可思議なものへの感受性を高めてくれたものだった」という意味のことを、同書の中で述べているからです。
彼自身があげている例によると、
- シュリーマンが住んでいた家の離れには、牧師の幽霊が出る、という噂があった
- シュリーマンの家の裏手にある池には、真夜中になると銀の皿を抱えた女の幽霊が出るという噂があった
- 地主の庭にある古い廃墟の塔については、莫大な財宝が隠されているという噂があった
- 古い中世の城が遺されていたが、そこからは秘密の地下道が長く延びており、かつその地下道を世にも恐ろしい幽霊がさまよっているという噂があった
こういう噂は世界のどんな田舎町にも溢れているようなものですし、十九世紀のドイツの田舎ではなおさら深いリアリティをもって伝えられていたことでしょう。
こうした神話や伝説や伝承を感受性豊かに受け止めて、影響を受ける子供はたくさんいます。
しかしそれが(いくぶん最終的には屈折した精神になってしまったとはいえ)、一人の十九世紀人の生涯を照らす道しるべとなったのではないかと考えると、これは素直に、感動的な話に思えてくるのです。
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