【神話小説】ギリシャの神々と行く!ルーヴル美術館探検ツアー♪

ギリシア神話の神々
ギリシア神話の神々

――ここはフランス、パリの中心地にある、ルーヴル美術館。12世紀後半に要塞として建てられた王宮が、1793年に国立美術館として生まれ変わり、開館された。8世紀以上にわたってフランスの歴史の中心に位置づけられてきた、世界で最も来場者数の多い美術館だ。

深夜、ひとけのない大広間に佇む3つの人影があった。ここの警備員だろうか。黒い制服を着ている。中央は女性、端の2人は男性だ。三人は静かに、広場の中央に掲げられた大きな絵画を見上げている。

「——ついに念願の時が来たわね」

中央の女性が、凛とした声を放つ。右の男は頷いた。

「そうだな。ま、一夜限りの贅沢ってことで」

左の少年は呟く。

「はい。ただ、羽目を外しすぎないようにしましょうね」

「——わかってるわよ、さあ、ヴェールを脱ぐわよ!」

三人は一斉に帽子、制服を脱いだ。

そこには、輝かしい神々の姿があった。

「私の名はアフロディーテ。泡から生まれ、様々な神に求婚された、愛と美の女神!」

金髪の豊かな髪を揺らしながら、女性は自己紹介をした。

「俺の名はヘラクレス。ゼウスとアルクメネーの子。半神半人でありながら、最強の存在」

長身で筋肉質の男は、腕組みをしながら答える。

「僕の名はアポロン。芸術・医学・予言を司る神。羊飼いの守護神でもあります」

少年は眼鏡を上げ、スマートに微笑んだ。

「三人揃って――――――なにかしら?」

「なんでもねぇよ」

「ただの寄せ集めのギリシャの神様? って感じですね」

「ちょっとぉ、カッコよく決めたかったのにぃ!」

アフロディーテはプリプリと怒った。どうやら戦隊ヒーローアニメのように、スタイリッシュに登場したかったようだ。登場したところで、この場には3人しかいないので、誰も見ることはない。

なぜ神々がこんなところにいるのだろうか。それは任務という名目の、社会科見学である。

普段は天界で人間の生活を見下ろしている神々だが、ある日突然アフロディーテが「世界有数の美術館とやらを見てみたいのよねー」と言い出し、ゼウスの気まぐれで降臨を許されたのだ。名目では「人間界の美学が正しく機能しているか、守護者として定期的にチェックする必要があるため」となっている。

アフロディーテだけでは不安なので(勝手に人間と恋に落ち、新たな神話を創造してしまう可能性があるため)、お付きの者として体力のヘラクレス、知力のアポロンが選ばれた。3人とも久しぶりの現界のため浮足立っている。特に、ルーヴル美術館は神話がモチーフになった作品がたくさんあると聞く。自分達の歴史がどのように伝わり、芸術的な作品に仕上がっているのか、大変興味があった。

真昼間にルーヴル美術館に降臨すれば、大変な騒ぎになるのは間違いない。そんなわけで3人は、誰もいない深夜のルーヴル美術館に降臨し、ブラブラと歩くことにした。もしも彼らがただの人間だったら、この空間を独占できるなど、とんでもない贅沢だ。だが3人は神様なので、文字通りの特別扱いが許されるのだった。

「さっさとしねぇとすぐ夜明けが来るぞ。早く行こうぜ」

ヘラクレスが振り返り、入口へと歩いていく。

「そ、そうね。ルーヴル美術館って大きいから、下手したら一日じゃ回りきれないもの」

アフロディーテはヒールをコツコツと鳴らしながら、さっそく見学を開始することにした。

***

ルーヴル美術館は大変広く、古代オリエントから、19世紀中頃の美術まで、長い人類の歴史をカバーしている。絵画、彫刻、工芸など様々な分野にわたるが、ルーヴル美術館では、それを古代オリエント美術、古代エジプト美術、古代ギリシャ・エトルリア・ローマ美術、美術工芸、彫刻、絵画そしてグラフィック・アートの7つの部門で管理・保存している。

館内はリシュリュー翼、シュリー翼、ドゥノン翼の3つに分かれており、3人はリシュリュー翼の入り口にいた。エスカレータを左手に「マルリーの中庭」、右手に「ピュジェの中庭」にわかれており、どちらの中庭も、天井まで吹き抜けの大きな空間に、彫刻がたくさん飾られている。

「このあたりの彫刻はマルリー城の庭園のために製作されたみたいです。なんでも、大半はルイ14世が注文したものだとか」

博識なアポロンが眼鏡を上げながら解説する。ヘラクレスは「ほー」と呟いた。

「天界にも彫刻はたくさんあるが、下界の彫刻も負けず劣らず美しいな。ルイ14世ってやつは相当な審美眼の持ち主だったようだ」

「そうねえ。一回会いにいったことはあるけど、ファッションセンスはイマイチだったわ。あの頃の貴族ってみんな白タイツ履いていたのよねー」

「アフロディーテ……会いに行っていたんですか……」

「おいおい、下界の人間と不用意に近づくのはご法度だぞ……人と神の境界が近かった紀元前の頃とは訳が違うんだからな……」

「やあねぇ。会ったって言っても夢の中にお邪魔しただけよ。時の権力者って興味あるでしょ?」

「アフロディーテらしい、好色な意見ですね」

「なんですって?」

「いや……」

アフロディーテの無謀な行いに、思わず突っ込むヘラクレスとアポロン。

そんな雑談をしながら、一行は「ピュジェの中庭」を抜け、メソポタミア文明の部屋へと向かった。

「お、あれはなんだ?」

ヘラクレスが、部屋の中心に設置された黒い棒状の石像に気が付いた。

近づけは、石の上部に2人の人物が彫られ、下には記号のような、文字のようなものがビッシリと彫られている。

ルーブル博物館蔵のハンムラビ法典(原典

「ああ、あれはハンムラビ法典ですね。紀元前1792年〜1750年にバビロニアを統治したハンムラビ王が発布した、現存する世界に2番目に古い法典です」

「ほー」

アポロンが解説したハンムラビ法典は「目には目を、歯には歯を」という教訓で広く知れ渡っている。残酷なように聞こえるが、本来の意味は「やられたらやり返せ」ということではなく、過剰な報復を禁じ、同等の懲罰にとどめ、報復合戦の拡大を防ぐことを目的としたとされている。奴隷の権利や女性の権利についても書かれている点も興味深い。

「人間っていうのは統治が好きだよな。そのために法典やら憲法が必要なんだから、少し窮屈だよな」

「人間は弱いんだから当たり前でしょ。その点、神は気楽でいいわ~。気にしなきゃいけない法律なんてないし」

「しいて言えば、絶対神であるゼウス様が法律みたいなもんだけどな」

「あの方も気まぐれですからね~。何が怒りに触れるかわかりませんし」

「そうそう。色んなところに愛人作っちゃうし、そういうのよくないわよね」

アフロディーテの台詞に、二人は内心「お前が言うな……」と悪態をついた。

3人は古代オリエント美術、古代イラン美術、ファラオ時代のエジプト美術のフロアを通りながら、ペラペラと話し続けた。

「そういえば、ゼウス様になぜ好色の逸話が多いか知っていますか?」

アポロンは、エジプトのピラミッドに安置されていた数々の棺や出土品を眺めながら言った。

「なになに?」

「答えは人々の妄想力によるものです。ご存知の通り、我々ギリシャ神話には様々な神様が登場します。その中には土地神や、地域信仰から生まれた神など、その土地特有の神様がたくさん存在していたのです」

「なるほど。だが、それがなぜゼウス様の件と結びつくんだ?」

ヘラクレスが出土品のネックレスが入ったガラスケースをさわると、その怪力のあまりピシッ、と音を立ててヒビが入った。慌てて神通力を使い修復するが、アポロンは構わず話し続ける。

「ゼウス様は絶対神のため、その存在は広く知られています。よって地域信仰にはよくゼウス様が出現します。ゼウス様に気にいられるほど、うちの土地神は魅力的なんだぞ、ということをアピールするための手段だった、という説があるんですよ」

「なるほどね~。私が恋多き設定になっているのも、そういう理由があるかもしれないわね」

「はい。アフロディーテ様に気に入られるほど、うちの地域には凄い神、または人がいたんだ、というアピール説はあり得ると思います」

「ヤダ、なんだか悪い気はしないわね」

アフロディーテが「美しさは罪ね……」と呟いていると、ついに今回の目玉の一つである石像にたどり着いた。古代ギリシア美術のフロアにある代表作、ミロのヴィーナスである。

ミロのヴィーナス(原典

「これよ、これ! 私が1番見たかった彫刻!」

ミロのヴィーナス。ヘレニズム期の代表的ギリシア彫刻。ミロは発見された島の名前で、ヴィーナスとはアフロディーテのラテン名である。以前はルイ18世が所有していたが、現在はルーヴル美術館に所蔵され、この美術館の目玉となっている。

ミロのヴィーナスが美しいとされる理由は、その黄金比にあるとされる。足元からへそまでと頭頂部までの長さ、へそから首までと頭頂部、それぞれの比率は、1対1.618という黄金比で構成されている。縦横比が黄金比の長方形から短辺を一辺とする正方形を取り除くと、残る長方形もこの長方形となるのだ。

「さすが私、美しいわ……」

アフロディーテが恍惚とした表情で彫刻を撫でる。

「おい、展示物に触るなよ」

「いいじゃないの。本物の女神が触った方が値打ちがあがるわよ。それにしても…ちょっと肉付きがいいのは気のせい? 私のお腹はもっとくびれてるわよ?」

ホラ、と自らの服をまくるアフロディーテ。人間界ならセクハラだが、アポロンもヘラクレスも、これくらいは日常茶飯事なので動じない。

「黄金比のように揺らがない美もありますが、時代によって左右される美意識もあるようですね。この彫像が出来た当時は、包容感のある女性が最も美しいとされていたのでしょう」

ヘラクレスが言う。

「確かに。現代のモデルのようなスタイルより、こっちの方が良い飯をいっぱい食ってる感じがするもんな」

「はい。肉付きがいいと言うことは、豊富な富を持っているということですし、そっちの方が人気があったんですね」

アポロンは続けた。

「そうそう、ミロのヴィーナスは、もう一つ大きな魅力があるんですよ。それは欠けた両腕にあります」

「両腕?」

ヘラクレスとアフロディーテの発言がハモる。アポロンは頷いた。

「はい。ミロのヴィーナス像には両腕がありません。本当はどんな腕だったのか、多くの美術家や専門家が想像をめぐらせました。手には林檎を持っていた、弓を構えていたなど、その論争は今も続いています。あるはずの物が無いと言う事は、人の想像を刺激し、やがてそれが神秘性へと進化していくのですね」

「ふーん、そういうモンか?」

「もちろん全ての彫像が欠けていれば美しいという訳ではありません。ミロのヴィーナス像は不完全ながら完璧な美があるため、想像力とロマンスを掻き立てるんです」

「わかったような、わからんような……」

「ヘラクレスはアウトドア派なので、そういう感性は少なそうですもんね」

「うるせぇな」

ヘラクレスがアポロンを片腕で小突くと、アフロディーテが何かを思い出したような顔をした。

「ミロのヴィーナス……そういえば、紀元前130年前くらいに、ミロ島で彫刻を作ってた青年に会ったような……」

「なんだって?」

ヘラクレスは驚いたような、呆れも混じったような声を出した。アフロディーテが続ける。

「あれは天気の良いうららかな春の日だったわ……私はいつも通り、海辺でうたた寝をしていたの。そこを偶然通りかかった青年が、私を熱心にスケッチしていたのを覚えているわ。『あなたの美しさに感動しました。あなたの美を永遠に閉じ込めるため、彫刻を掘らせてください』って」

「おお。まさにこの彫刻の事を言っているようですね」

アポロンは感動したように呟いた。ヘラクレスは続ける。

「じゃあなんだ、失われた腕がどんなボーズかわかるって事だな。当の本人がこの場にいるんだから、思い出せばこの問題は解決ってわけだ」

「それがねぇ……」

アフロディーテは額に指をあてて考える。なんせ二千年以上前の事なので、記憶がおぼろげのようだ。

「……ちょうど、当時付き合ってた神が降臨して、口論になったのを覚えているわ。最期は取っ組み合いの喧嘩になっちゃって、大乱闘だった気がする。だけどほら、私って結構強いでしょ? 結局私が勝って、地べたでダウンする相手の髪をつかんで持ちあげてたの。そうしたら一部始終を見ていた青年が『なんて強さだ……この姿を彫刻にさせてください!』って言ってたから、多分……」

「……この失われた腕の先には、ボコボコになった神がくっついていたんですね……」

「ええ、おそらく……」

「オェ……」

三人は知らなくてよかった真実を解き放ち、しばし茫然としていた。

数分ほどたった後、気を取り直して進むことにした。

***

突き当りの階段を上がりると、グランドフロアから一階へ入る。中央の踊り場に見えてくるのが、かの有名な「サモトラケのニケ」だ。頭と腕を無くしていながらも、大地に翼を伸ばすその彫刻の優雅さは失われていない。失われていないどころか、より一層の美しさを感じさせる。

サモトラケのニケ(原典

「この彫刻も中々素敵じゃない。ニケって書いてあるけど、ギリシャ神仲間の勝利の神様、ニケちゃんのこと?」

アフロディーテの発言に、アポロンは眼鏡を上げながら答える。

「その通りです。サモトラケのニケとは、1863年にサモトラケ島で見つかった、ヘレニズム期の大理石彫刻です。勝利の女神ニケが空から船のへさきへと降り立った様子を表現しています。」

ヘラクレスが言う。

「なんか聞いたことあるぜ。紀元前2世紀くらいに、海戦の勝利を記念するため、ロードス島民が奉納品として献上したものらしい」

「さすがヘラクレス。戦いの歴史については詳しいですね」

「まあな。あのお堅いニケ様が『下界で彫刻になれて嬉しい』って照れていたのが印象に残っている……だが、こんなに大きいサイズだとは思ってなかったぜ」

アポロンも見上げながら答えた。

「サモトラケのニケは、元々船首につけられていた彫像と言われています。だから損傷も激しいのかもしれませんね。古来より、船の神様は女だと信じられてきました。船に女性を乗せてはいけない時代が長かったのに、不思議ですよね。そうそう、海といえばセイレーンという女性の……」

「はいはい、アポロンが博識なのはわかったから、次に行きましょ」

アフロディーテに話を遮られたアポロンは、少し残念そうだった。

「さて、彫刻もいいけど、絵画にも目を向けてみない? 事前に調べていた素敵な絵があるの。ヘラクレスは特にチェックしておいた方がいいわ」

「なんだって?」

ヘラクレスはなんとなく嫌な気配がした。アフロディーテはにっこりと微笑む。

「説明するより、実際に見たほうが早いわ。さ、シュリー翼の3階に行きましょ」

ヘラクレスはろくでもない予感を抱えながら、アフロディーテの後に続くことにした。

***

シュリー翼はルーヴル美術館の中心にある宮殿だ。

17〜19世紀のフランス絵画、ギリシャ・エトルリア・ローマ美術、ファラオ治世下のエジプト美術などが飾ってある。フェルメールの「レースを編む女」の展示もこのスペースにある。

3人は様々な美術品を眺めながら回廊を渡り、階段を上った。

そしてシュリー翼の3階。時の皇帝、ルイ15世が愛した画家たちの作品が飾られている間に到達した。そこに一際輝く絵画があり、彼らは思わず近寄った。

「うわー、マジかよ……」

題名を見るやいなや、ヘラクレスが唸った。アポロンは思わず微笑んだ。

「ヘラクレスとオンファレ…という作品ですね。なるほど。この全裸の男性がヘラクレスで、この半裸の女性がリュディアの女王、オンファレ……後のヘラクレスの奥さん、ということですね」

『ヘラクレスとオンファレ』(フランソワ・ルモワーヌ、1724年、原典

ヘラクレスとオンファレ。この作品はオンファレに魅了されたヘラクレスが、熱い視線を交わし合う、恋の要素が強い絵画だ。

作者はヴェネツィア派の絵画の影響を受けており、強い官能性と震えるような筆遣いが特徴だ。
アフロディーテがニヤニヤしながら答える。

「そうそう。この絵が見たかったの。戦争馬鹿だと思ってたヘラクレスだけど、こんな絵画も残ってるって聞いて、ビックリしたのよね〜」

「実際、ヘラクレスをモチーフとした美術品は荒々しいものが多いですしね。この絵画の説明は、僕からではなくヘラクレスにしてもらいましょうか」

ヘラクレスは苦虫を嚙み潰したよう顔で答えた。

「ぐっ……、お前ら、楽しんでるだろ……!」

なんのこと? とばかりに首を傾けるアフロディーテとアポロン。ヘラクレスは観念し、話し始めた。

「この、やけに明るくて華やかな絵画のモチーフになった逸話はよ……アポロンにも関係してるんだぜ」

「そうなの?」

アフロディーテは顔を向ける。アポロンは「ま、黙って聞きましょうよ」と腕を組んだ。

「ああ。当時、俺は友人を殺してしまってさ、その償いをしようと、アポロンに相談したんだ。アポロンはリュディアの女王オンファレのもとに仕えるよう命じた。そのオンファレって女王が……まぁ、俺の女房なんだけど、マジでスパルタでさ。俺がゼウスの息子で、無敵の力を持つ英雄だと知って、さまざまな試練を与えたんだ」

ヘラクレスは続ける。

「無敵の英雄である俺は、そんな試練を次々と克服した。どんな難関も突破する俺をみて魅了されたオンファレが、俺を夫として迎えたってわけだ。めでたしめでたし」

アフロディーテは驚きの声をあげる。

「そうだったのね。ヘラクレスはてっきり、私みたいに儚くて繊細な美少女タイプをお嫁さんにしたと思ったのだけど……真実は真逆だったのね」

アポロンはアフロディーテのボケにツッコまず答えた。

「はい。オンファレは文字通りの女王タイプです。ヘラクレスに彼女を紹介した時は、まさか夫婦になると思ってませんでしたが……結果オーライってやつですね」

「簡単に言うなよ。俺はアイツの与えた試練のせいで何度死にそうになったか……」

「まあまあ。気の強い者同士、うまくやってると思いますよ」

元々はアポロンが招いた悲劇(?)なのだが、全く悪びれた様子がない。彼は絵画をまじまじと見ながら続けた。

「この神話の主題には数々のバリエーションが知られており、イタリアやフランスのマニエリスム絵画や、ヴェネツィア派の画家たちにも多大なインスピレーションを与えています。ヘラクレスの恋物語という稀有なモチーフは、様々な国や時代に影響を与えていますね」

「……まぁな」

照れ臭いと思いながらも、満更もない様子のヘラクレス。2人はそんな彼の横顔を見て、優しく微笑むのだった。

***

「——やだわ、夜が明けちゃう」

シュリー翼の3階を後にし、ヴィクトリア朝時代の宝石を眺めていたアフロディーテは、向こう側のガラス窓からうっすらと白む空の色を感じた。

それぞれに別の展示を見ていたアポロン、ヘラクレスも夜明けを感じる。

「本当ですね」

「名残惜しいが、そろそろ天界へ戻るか」

「はい。次は500年後には戻って来られるといいですね」

「そうね……とても楽しかったわ。今は遠い存在になってしまった人間の営みを、間近に感じることができてよかった。またゼウス様に頼んで、降臨を許してもらいましょ」

珍しくしおらしいアフロディーテの姿を見て、ヘラクレスとアポロンは少し意外に思いながらも、同意した。

ルーヴル美術館の散策は、3人の神にとって忘れられない経験となった。歴史という価値のある時間の流れの中で、様々な美を育む人間の行いを、神々は今後も見守り続けるだろう。

アフロディーテは金色になびく髪を揺らしながら、右手で槍を掴み、ゴキ、と折った。

「——これはゼウス様へのお土産。大きくて繊細な彫刻が施された槍よ。なんて立派なのかしら。まさに至高の芸術品ね。きっとお喜びになるわ」

なんと、展示物である彫刻の槍の部分を、もぎ取ってしまったのだ。

これには思わずアポロン・ヘラクレスが絶句した。

「あ――――!」

「ななな、なんてことを! あれほど人間界に迷惑をかけないようにと誓ったのに!」

「だって……ゼウス様に手ぶらで報告にいくのも悪いじゃない? 折角なら良い物を送りたいし」

「土産屋に行けばいいじゃねぇか!」

「バカね、こんな時間にギフトショップが開いてるワケないじゃない」

結局喧嘩になったが、最後はアフロディーテが非を認め、槍は神通力で修復されることになった。

だからシュリー翼の1階の大広間にある彫像は、少し曲がったままになっている。

50年後、不思議に思った美術家が彫像を調べた。槍と手の接合部分に、人間界では未だ発見されていない材質が発見され、世界中が大騒ぎになったのだが、それはまた別のおはなし。

END

この記事をシェア

ロマンあふれる神話・伝承を電子書籍で

ゲームや漫画、映画などエンタメ好きにも読んで欲しい編集部厳選の神話・伝承をAmazon kindleで販売中

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です