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「暗殺教団」と「ハサン・サッバーハ」――”アサシン”の語源となった教団

英語で「暗殺者」を意味する言葉は「アサシン」ですが、この言葉がある教団を由来としている事はご存知でしょうか。

今回はゲーム「アサシンクリード」の題材にもなっている「暗殺教団」と呼ばれたある教団と、その創設者ハサン・サッバーハという人物についてご紹介したいと思います。

暗殺教団

その教団は11世紀~13世紀頃の期間に存在した、「ニザール派」という宗派のイスラム教団でした。

イスラム教の宗派は細かな分類がありますが、この教派は「シーア派」内の「イスマイール派」という一派から派生したものです。

創設者の「ハサン・サッバーハ」という人物は、11世紀の中頃にイスマイール派の分派としてニザール派を設立。

この教団は他勢力への対抗のため、城・砦といった要地の襲撃や要人の暗殺などの強硬手段を積極的に行いました。

何故そのような過激な宗派が生まれたのか。それは彼らの宗派の立場が関係しています。

当時のイスラム教は大別して「シーア派」ともう一つ「スンニ派」という2つの宗派があり、スンニ派の方が圧倒的多数派の勢力で、シーア派は迫害されている存在でした。

そんな立場の弱いシーア派が抵抗する方法は多くはありません。

そのなかで、彼らはこうした非常手段を取ることを選んだのでしょう。

教団の最大目的は「シーア派の勢力を強める事」でした。

そのため暗殺の際の手段も一風変わっており、ただ闇に紛れて暗殺を行うのみではなく、あえて公衆の場で暗殺を行うなど人目に付くような方法も多用しています。

要人を排除して敵対勢力の力を削ぎつつ、「正体は分からないが、シーア派に敵対する者を殺す者達が存在する」という事実を世間に見せつけ恐れさせる事で、シーア派の立場を高めることを計ったのです。

彼らの目論見は的中し、スンニ派の要人に暗殺に備えてボディガードを雇う者が急増するなど暗殺教団の恐怖は広まりました。

それと同時にスンニ派の勢力が支配していた城や砦などを奪う事で土地を拡大し、シーア派は力を増していきます。

創設者のハサンは12世紀初頭に亡くなりましたが、その後も後継者が遺志を継ぎ、教団は150年あまりの間、他宗派・更には異教をも標的とした暗殺を続けました。

特に彼らの名を知らしめたのは十字軍遠征の時代。

イスラム教徒から聖地エルサレムを奪還するため派遣されたこのキリスト教徒達も暗殺教団に狙われ、そこから彼らの存在はヨーロッパにも広まる事となりました。

「山の翁」伝説と「アサシン」の語源

『山の長老』「刺客。 十字軍中の伝説の殺人者」
『山の長老』(「刺客。 十字軍中の伝説の殺人者」 原典

暗殺教団は他の勢力にとって恐ろしくも謎めいた存在でした。

その為、人々の間では多くの憶測や噂が飛び交っていたり、不思議な伝承と結びつけて語られたりしていました。

最も有名なもので「山の翁(おきな)」伝説があります。内容を簡単に説明すると以下のようなものです。

ある山の奥には秘密の楽園があり、一人の翁(老人)が住んでいる。

翁は若者をこの園に連れて来ては手厚くもてなし、秘薬(大麻)を与えて楽しませた。

若者は一度は故郷に返されるが、既に薬の虜となってしまっており楽園が恋しくてたまらなくなってしまう。

そんな若者のもとに翁が再び現れてこう言う。

「私に忠誠を誓うなら、またあの楽園に返してやろう」と。

その誘惑に負けてしまったが最後、若者は翁に逆らえない手下にされてしまうのだ。

この伝承そのものはアラビアに古くから伝わるものだったようです。

しかし、暗殺教団の名が知られるにつれて「この”山の翁”とは暗殺教団の頭目ハサン・サッバーハの事であり、大麻を使って暗殺者となる手下を作っているのではないか」という憶測が生まれました。

そこから真偽はともあれ「大麻」=「暗殺教団」という認識が人々の間で広まり、アラビア語で大麻を意味する「ハシーシュ」や大麻使用者を意味する「ハシャシーン」という言葉が暗殺教団の代名詞となっていきます。

この呼び名が十字軍の記録を介してヨーロッパに伝えられ、形を変えて「アサシン」という言葉の語源となったと言われています。

「ハサン・サッバーハ」という人物

このように暗殺教団は一種過激派の極地のような活動を行っていました。

しかしそうした活動をしてきた彼らが「恐ろしい殺人集団」であったかというと、一概にそうとも言えません。

少なくとも、創設者のハサン・サッバーハという人物は、とても敬虔で厳格な人物であったと伝えられています。

彼は宗派の戒律を忠実に守って禁欲的な生活を行い、またニザール派の教義に関する著書を記したり、政治活動をしたりと自身の教派の為に尽力していました。

戒律に対する厳しさについては、破った者は自分の息子でさえ処刑したという逸話が残されています。

これには暗殺教団らしい過激さも伺えますが、同時にその殺害行為は敵を排除するためだけでなく、身内に対しても公平に行われる神の教えに従った行為であるとも取れます。

現代の私たちの感覚では、彼ら教団の行いは理解し難く恐ろしいもののように見えます。

実際彼らもそれを意図して行っていた面もありますから当然でしょう。

しかしその影には、どのような手段を使ってでも自分たちの信奉する教えを守り抜こうとした、彼らの強い信念が横たわっているようにも思えます。

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