ゲーム「Fate/Grand Order」の登場人物紹介を行っているこのシリーズ。
今回は「エルキドゥ」です。
彼は以前「ギルガメッシュ」の記事でお話した古代王の物語「ギルガメッシュ叙事詩」の登場人物の一人。
そして主人公ギルガメッシュ王にとっての唯一無二の親友です。
Fateシリーズにおいても二人の信頼関係は描かれていますが、そんな彼らは出会った当初は敵同士のような関係であり、エルキドゥの姿も最初は大きく違っていたという事はご存知でしょうか。
今回は「叙事詩」について、エルキドゥという人物と、彼とギルガメッシュ王との関係についてに的を絞って、お話していきたいと思います。
エルキドゥの生まれについて
若い頃は暴君として民を悩ませていたギルガメッシュ王。
救いを求めて祈る民の声に応え、神が王を戒めるために遣わせたのがエルキドゥです。
彼もギルガメッシュと同様生まれに神が関わっています。
しかし人の子に神の力を注がれたギルガメッシュと違い、彼は創造の女神アルルが粘土から生み出した、ゼロから神に造られた存在でした。
その名前は知恵の神エンキに由来しています。(そのため、正式な表記は「エンキドゥ」となります)
造られた命であり、初めは空っぽで人間らしさを持たなかった――というと、Fateシリーズにおけるエルキドゥを知る人は、彼の計算的な言動、自分を兵器や道具のように扱う「機械的」な面を連想されるかもしれません。
しかしあの姿はFateシリーズにおいても後年のこと。
生まれたばかりのエルキドゥは、それ以前の人間らしい感情や知性を持たない「野獣的」な性質でした。
姿かたちも全身に毛の生えた動物のようなものだったそうです。
そのような状態でメソポタミアの地上へと送り込まれたエルキドゥ。
始めのころは荒野や森で動物たちと共に寝起きする、文字通り獣のような生活を送っていました。
動物たちを狩人から守ったりもしていたため、彼の噂はやがてギルガメッシュ王にまで届き、王は彼の存在に興味を持ちます。
そこでまず王がエルキドゥのもとに向かわせたのが「神聖娼婦」のシャムハトという女性でした。
古代においては、人間の理性を妨げる動物的な欲求を解消する娼婦の役割は重要視され、神職としての娼婦という職もありました。彼女もその一人です。
シャムハトはエルキドゥと共に過ごし、彼を慰めるのと同時に人間として必要な知識や振舞い方を教えました。
そしてふたりが7日7晩を共に過ごした頃には、エルキドゥは見違えるほどに人間らしさを備えるようになりました。
Fateにおける彼の外見は緑髪で中性的な容姿ですが、これは恩人であるシャムハトの姿。
粘土から生み出されたという性質から持つスキル「変容」の力で、彼女に似せた姿を取っているとされています。
ギルガメシュとの出会いと友情

シャムハトはエルキドゥと過ごす中でギルガメッシュ王の事を彼に教え、エルキドゥも王に興味を惹かれていきました。
双方、相手を強く勇敢な戦士と聞き及んでいた二人は、出会う前から互いに良き仲間になれるだろうという予感を抱き、出会いを心待ちにします。
そしてエルキドゥの教育が終わるころ、ギルガメッシュは彼を迎える為の宴を開く事にしました。
シャムハトに導かれて彼は初めてギルガメッシュの治める都市国家ウルクの地を踏み、王との出会いを果たします。
しかし実際対面した王の第一印象は最悪のものでした。
その暴君ぶりまでは聞かされていなかったエルキドゥは、自由気ままに権力をふるうギルガメッシュの姿に憤慨するあまり、その場で戦いとなってしまいます。
神の祝福を受けた王ギルガメッシュと、神の力を注がれて造られたエルキドゥ。
人外の力を持つ二人による凄まじい戦いが繰り広げられましたが、両者の力は拮抗しており、結局決着はつきませんでした。
誰も自分にかなうものはいないと思っていたギルガメッシュは、初めて自分と対等にわたりあったエルキドゥを立派な戦士と讃え、エルキドゥもまた王の強さを認めました。
全力をかけた戦いの末、二人の間には互いを認め合う深い友情が生まれたのです。
エルキドゥと親友になって以来、ギルガメッシュ王は普段の生活から魔獣退治などの様々な旅まで、常にエルキドゥと行動を共にし頼りにしていました。
長い時を過ごすうちに彼らは互いに影響を及ぼしあい、変化していきました。
ギルガメッシュが横暴さを改めて英雄的な王になったのと同様、エルキドゥも彼によってより人間らしい感情や、自分らしさに目覚めていきます。
エルキドゥは本来、ギルガメッシュ王の暴虐ぶりを正すために神に造られた存在でした。
少しばかり神々の意図とは違う道程になったものの、彼はギルガメッシュと友情を結び、その目的を果たしました。
しかしギルガメッシュという人物に惹かれすぎてしまった事で、少しずつ神々と道を違えていく事になります。
エルキドゥの死
「ギルガメッシュを正す」という神々の目的は果たしたものの、次第にエルキドゥは神よりギルガメッシュを優先するようなそぶりを見せはじめます。
大きな節目のひとつは「レバノン杉の森」の神獣「フワワ」退治。
ギルガメッシュが治めるウルク、つまりメソポタミアの地域は河水と粘土には事欠きませんが他の資源は貴重品です。
その重要な資源の一つ、杉の森は何としても手に入れたい場所でしたが、神獣フワワが守る場所でもありました。
二人は杉のためにフワワと戦いました。
言わば神からこの土地を奪おうとしたわけです。
戦いの末二人はフワワに勝利します。
ギルガメッシュはフワワの命乞いを聞き入れて救おうとしましたが、エルキドゥは倒してしまう事を勧めました。
フワワの主人である最高神のエンリルにこの事を伝えられ、自分が神に背いたと知られるのを恐れた事もあったようです。
もうひとつは女神「イシュタル」の怒りを買った事。
恋多き女神である彼女はギルガメッシュの英雄的な活躍に惚れこみ、彼に結婚を申し込みます。
しかしイシュタル神は身勝手さと移り気さでも知られる女神。
それを聞き知っていたギルガメッシュはばっさりと女神の求婚を断ります。
腹を立てたイシュタルは天空神アヌに頼って「グガランナ」という牛の神獣を授かり、ギルガメッシュの治めるウルクの町中で暴れさせるという暴挙に出ました。
結婚を断った事は正解だった、と王が思ったかはわかりませんが、ともかく市民を守るために二人はグガランナと戦い、何とか倒してウルクの平穏を守りました。

このように、神にたてつく事も辞さなくなった二人の行動は、神々から怒りを買うと同時に、神獣も倒してしまうその強さを脅威とみなされるようにもなっていきます。
そんな神々の言葉を、エルキドゥは夢で聞きました。
「このまま二人を一緒にしておいては危険だ」「どちらかを死なせてしまおう」と。
神々が死なせる事を決めたのはエルキドゥの方でした。
先の夢をみてから早晩に、彼は神罰を受けて高熱を出して倒れてしまいます。
いかに魔獣や神獣を倒してきた英雄といっても、神のもたらした病に勝つことはできまん。
苦しむ彼を見てギルガメッシュは神に助けを乞いましたが、神の決定は覆りませんでした。
12日間、高熱に浮かされて苦しんだのち、エルキドゥは親友ギルガメッシュの腕の中で最期に「自分の事を忘れないでほしい」と伝え、命を落としました。
その後、エルキドゥの死は彼を唯一無二の友と思っていたギルガメッシュの心に大きく影を差し、同時に「死」の恐怖を植え付けてしまった、というお話は、「ギルガメッシュ」の記事でお話した通りです。
余談になりますが、Fate作中におけるエルキドゥとギルガメッシュの宝具(必殺技)名に共通する「エヌマ・エリシュ」という読みは、メソポタミア神話における創世記の題から取られたものであり、世界と神々の始まりを意味します。
演出と合わせて、神の力を与えられて生まれながら、人として国のために生き、自分たちの道を進んだ彼らの物語を端的に表しているとも言えます。
かつてはギルガメシュとは友ではなかった?
このように、エルキドゥとギルガメッシュ王は最後に悲しい別れを遂げるものの、深い絆で結ばれ支え合う無二の親友でした。
しかしそのような解釈が定着したのは、現代で叙事詩が発見され、解読され始めていくらか経ってからの事です。
「ギルガメッシュ」の記事でもお話しましたが、彼らの登場する「ギルガメッシュ叙事詩」という作品はその発見と解読に長い時間をかけられています。
始めに物語の一部と思われる粘土板の欠片が解読され、話のピースを探すように粘土板の発掘と解読が順次行われていきました。
そのため、物語の全容や登場人物の印象などは、解読が進むにつれて徐々に変わっていきました。
一部の物語しか見つかっていなかった頃は二人の関係性ははっきりせず、わかっている描写からエルキドゥは単に王の下僕であったり、手助けをする存在だったというような解釈がされていた時期もありました。
その後にふたりが友情を結ぶエピソードが見つかった事で、彼らの関係性が立場を変えた親友という解釈が定着していったようです。
こうしてパズルを埋めるように解読されていった叙事詩の物語ですが、いずれにしてもエルキドゥが多くの場面で王に寄り添うような存在として描かれていた事は早期に解っていました。
現在の解釈が固まる以前にも、エルキドゥが王にとって大切な存在であった事は確かだったようです。
古代の物語が伝える普遍的な友情物語
前回の記事、叙事詩の主人公「ギルガメッシュ」に続け、その親友「エルキドゥ」についてお話してきましたがいかがでしたでしょうか。
ギルガメッシュの記事では叙事詩全体のお話をしたため深くは切り込まなかった、二人の間に結ばれた友情について知って頂けたかと思います。
「ギルガメッシュ叙事詩」の中で、エルキドゥが登場する期間は物語の大部分を占めます。
若きギルガメッシュ王を諫めるために彼は王と出会い、共にすごし、その死後もギルガメッシュに思われ続けました。
ギルガメッシュにとって彼はなくてはならない無二の親友であり、もう一人の主人公ともいえる存在です。
二人の熱い友情譚が、この叙事詩の大きな魅力の一つと言えるでしょう。
コメントを残す