【神話事典|イナンナ】シュメール神話に登場する「天の女主人」

両手に鎚矛を持ち、背中に翼の生えたイナンナ
両手に鎚矛を持ち、背中に翼の生えたイナンナ

イナンナの基本情報

  • 名:シュメール語名「イナンナ」、アッカド語名「イシュタル」
  • 出典:シュメール神話(メソポタミア神話)
  • 所有:シタ(cita、鎚矛[つちほこ:mace]のこと)、ミトゥム(mitum、シタと同様、鎚矛のこと)、魔法の装身具(メ[mes]) 、荒野を象徴する冠シュルグッラ、ラピスラズリの測量尺、胸を飾る一対のヌヌズ石飾り、胸を覆う飾りトゥディダ、衣装パラ
  • 特徴:シンボルは藁束、聖花はギンバイカ、聖獣はライオン
  • 関連:ウトゥ(双子の兄)、ナンナ(父、別説ではアン、エンリルなど多数)、ニンガル(母)、エレシュキガル(姉)、ドゥムジ(配偶神)、シャラ(息子)、ダム(息子)

イナンナの概要

イナンナはシュメール神話の中でも最も古くから崇拝された母神。

紀元前4000年にはウルク文明の守護神であった。

その名はnin-anna“天の女主人”を意味し、金星を司るとされた。

若く美しい姿で、愛と豊穣、出産の女神として太古の地母神的性格の他、エンリルと並ぶ王権授与の神であり、生まれながらに武器を両手に携えてきた戦女神でもある。

戦闘的神格はセム系の女神イシュタルと習合してからさらに強化、不和と戦争の女神とも呼ばれた。

恋多き奔放な性格で、恋人の数は120人以上にも及び、“天の娼婦”という称号も得ていた。

野心家で抜け目がなく、愛情深くありながら冷酷で、苛烈な性格だが、信者に対しては慈悲深く、望みを叶え命を与える慈愛に満ちた愛の女神の側面も見られる。

その身体はエンリルほどではないが、恐ろしいほどの輝きを発するとされた。

イナンナの説話

イナンナ女神の歌

『イナンナ女神の歌』とは、シュメール時代の粘土板である。

この歌では、イナンナはニンガルとエンリルの娘とされている。

シュメール版の冥界下りに際し、イナンナは予め従者に3人の神に助けを求めるように言うのだが、そのいずれをも父と呼んだ。

最初に指名したのがエンリル、次が月神ナンナ、最後が水神エンキであった。

イナンナ女神の歌の中でも30行目には月神の娘と呼ぶ下りがあり、複数父説が普通に信じられていたようだ。

冒頭では母ニンガルによって愛の喜びと輝く魅力的な美貌が与えられたと始まるのだが、その先は父から与えられた力と愛する夫アマウシュムガルアンナ(ドゥムジの別名)の勇ましさを称え続ける内容である。

夫神アマウシュムガルアンナ(「(その)母は天の龍」の意)と並び立ち、二人がいかに並ぶものなき強い戦士であり、誰一人歯向かえぬ無敵の破壊者であると讃える。

父エンリル(あるいはナンナ/シン)がイナンナに無敵の力を与え、さらにその力を彼女が夫に与えたと繰り返す。

王権授与の力を持つイナンナは、王に権力だけではなく神々の力をも与えると見なされていたのだろう。

新年祭、あるいは即位式の聖婚儀礼で、王は豊穣をもたらす者としてドゥムジに扮し「私は天と地の女王イナンナが、彼女の愛する夫として選んだ者である」と述べる。

そして母神の代役を務める女祭司との聖婚を演じた。

ウル王朝時代、最高女祭司には王女が任命されることを常とした故に実際の交わりはなかったと類推される。[1]

イナンナの冥界下り

ある時イナンナ女神は、理由は語られないまま、天も地も天界での地位も7つの神殿も全てを投げ捨てて冥界下りを決行する。

冥界行きのためのありったけの神力を込めた装備をつけて、並々ならぬ覚悟で。

だが、その明確な意図は一切明かされない。

忠実な使い番で侍女たる女神ニンシュブルに入念に帰らぬ時の備えを話す。

この話は、季節による植物の死と再生(身代わりになる夫ドゥムジは植物と牧畜の神)を説明し、かつ、冥界へ向かう死者のための儀礼を教えるのが目的で作られたのであろう。

イナンナが死して再び蘇ることが肝心なので、冥界下りの目的は不要だったのである。

七つの門で奪われていく装身具や衣装は死者が道行きに支払うべき副葬品である。

死者が無事冥界に受け入れられるための賂であり、その社会的地位に応じた副葬品を携行できねば、冥界での安らかな暮らしは約束されないのである。

メソポタミア文明には生前の行為を倫理的に審判するという地獄の観念がなかった。

また、蘇りには身代わりが必要とされるという主題は、他の神話でも繰り返し語られている。[2]

自画自賛の歌

イナンナの属性と性格をうかがい知る短い讃歌がある。下記に引用する。

私の父は私に天をくれました、大地をくれました。

私は、私は天の貴婦人です。

神々は束になってこそ私と並び立つ。

(略)

戦を私に彼はくれました、戦いを私に〔くれました〕。

洪水をくれました、旋風を私に〔くれました〕。

天を履物として私の足に履かせてくれました。

浄らかなマントを私の身体にまといつけて、

聖笏を私の手においてくれました。

神々は(単なる)鳥だ。けれど、この私は隼。

アヌンナキたちは(雄牛のように)突進していくけれど、私は気高い野牛です。

(略)

天は私のもの、大地もまた私のもの。私は戦士。[3]

脚注

出典

  • [1][2][3]杉 勇、尾崎亨 原典訳『シュメール神話集成』ちくま学芸文庫
  • 月本明男 『古代メソポタミアの神話と儀礼』岩波書店

 参考文献、URL

  • ジョン・グレイ『オリエント神話』青土社
  • 池上正太『オリエントの神々』新紀元社
  • ウィキペディア

※ライター:紫堂 銀紗

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