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【神話事典】エンリル

エンリルの基本情報

  • 名:シュメール語名「エンリル」、アッカド語名「エッリル」
  • 出典:シュメール神話(メソポタミア神話)
  • 所有:角の生えた王冠、神々の運命を記した天命の粘土板(タブレット)「トゥプシマティ」、金銀でできたマトック(ツルハシの一種)「肉を造り出すもの」、随獣は怪鳥アンズー
  • 特徴:長い髭、象徴する数は50、畏怖の光輝“メラム”を纏い、直接姿を見ることはできないとされた
  • 関連:天神アン(父)、大地母神キ(母)、穀物の女神ニンリル(配偶神)、豊穣と出産の女神ニントゥ(配偶神)、穀物と発芽の女神アシュナン(配偶神)、月神ナンナ(息子)、冥界神ネルガル(息子)、治癒神メスラムタエア(息子)、医術神ニンアズ(息子)、冥界神エンビルル(息子)、冥界の宰相ナムタル(息子)、降雨を司る神イシュクル(息子)、イナンナ(娘、イナンナには多数の父を持つ説がある)

エンリルの概要

エンリルは、シュメール・アッカド系神話における事実上の最高権力者。

“尊敬される人”を意味するヌナムニルとも呼ばれる。

出生時、天と地を分かち現在の世界の形を生み出した。

天神アンからキ(大地母神)を奪い取り、大地を奪い去ることで地上の支配者となる。

本来は大気と嵐の神。

秩序、創造、王権などを司る至高神として、神々の指導者、代表者と呼ばれた。

苛烈で激しやすく、神々にとっても破壊的な暴君で、己の欲求のままに破壊行為を行なった。

性格や姿そのものだけでなく、身体から畏怖の光輝(メラム)を発しており、神々ですらも彼の姿を直視することができるものは稀であった。

エンリルの説話

チグリス・ユーフラテス川に挟まれたメソポタミアは、ナイル川流域のエジプトが安全を保証されていたのとは異なり、不吉な可能性を孕んだ生活を人々に強いた。

都市国家群は常に強大な軍事力を持つ外敵に蹂躙され、廃墟となる運命にさらされた。

自然の気紛れな破壊、疫病の蔓延、戦争の恐怖をもたらすものとして、エンリルは畏れられていた。

嵐は破壊だけでなく、肥沃な大地と豊穣をメソポタミアにもたらした故に、シヴァ的な神格と言える。

自然の猛威と度重なる侵入者による戦災は、メソポタミアの民にとって破壊者であると同時に保護者であるエンリルの狂暴さの表れとして受け止められていた。

前2000年代のシュメール地方の古都ウルの廃墟を嘆く滅亡哀歌では、その破壊はエンリルによってもたらされたとされている。[1]

大洪水伝説

シュメール時代の『大洪水伝説』、アッカド版の『アトラ・ハシース』、『ギルガメシュ叙事詩』と3つの物語で同工異曲のストーリーが語られる。

神々の労役を肩代わりするために生み出された人間だが、時を経てその数は増え過ぎ、彼らが立てる活動の音は天界の神々すら悩ませるようになる。

とりわけ短気なエンリルはその権限で神々に人間を滅ぼすことを誓わせ実行しようとする。

その度にエンキ(アッカド版ではエア)が密かに善良で敬虔な賢者に急を知らせ、人間は生き延びる。

最後にエンリルは人間を地上から一掃する大洪水を送ることを決定。

あらかじめエンキ(エア)から知らされた賢人(ジウスドラ、アトラム・ハシース、ウトゥナピシュティム)は助言に従い巨大な方舟を建造。

家族や動物たちを乗船させ、7日7晩続く未曾有の大洪水を生き延びる。

激怒したエンリルだが、エンキのとりなしを受けて彼らを神々の序列に加え、永遠の命を与えるのだった。

計り知れない破滅の脅威と、裏腹の恩寵をもたらすのがエンリルらしい。

洪水は常にエンリルがもたらすものであった。[2]

エンリルとニンリル

この神話の中でエンリルは最高権力者でありながらまだ分別のない若者で、処女神ニンリルを強姦した罪で神々の法廷で裁かれ、冥界下りの刑を受ける。

そのエンリルを懐妊したニンリルが追う。

先を行くエンリルは、冥界の門番、人食い河の人、渡し舟の人に化けてニンリルを抱く。

冥界から出るためには身代わりが必要なので、自分とニンリル、胎内の月神ナンナ(シン)の身代わりとして、新たに子を成したのである。

産み落とされたネルガル、メスラムタエア、ニンアズ、エンビルルは3人の対価として、冥界神として留め置かれた。

若かりしとはいえ、見事なくらい非道の所業であろう。

これほどまでに理不尽ではないが、イザナギの黄泉下りやオルフェウスとエヴリディケの話には明らかにこの物語が底流を流れている。

ことにイザナギの産む三貴紳の一人が月神ツクヨミであることを見れば、テーマは真逆であるが類似点が多い。[3]

エンリルとツルハシ“gisal”ー創世の『鶴嘴讃歌』

天地隔離の後エンリルが作ったツルハシ(シュメール語でギサル)は、掘ること、掘削すること、切断することができる斧と鋤が一体になった鶴橋(ツルハシ)の一種「マトック」だったと言われている。

純金で作られ、ラピスラズリから掘られた頭を持つ美しいものだった。(純銀とラピスラズリ製もあり)

若きエンリルは一体だった天地を引き離し、大地のために裂け目を結び、ギサルを生じさせ、手に取った。

この道具をエンリルは「肉を造り出すもの(usu-e)」とした。

これでエンリルが最初に造った穴から、最初の人間が生じる。

補足

これは人類創成神話の最も古い型の一つである。

エンリルが掘った『穴』は実際は日干し煉瓦で型どられたものである。

人間は自生したのではなく神々の仕事を肩代わりさせるための労働力として作られた存在だということはどの創世神話でも共通事項。

それにしても、宝物と言える神の道具を惜しげもなく渡したエンリルはなかなか太っ腹である。

大地を割いてエンリルの前に出てきた人間たちをエンリルは「黒頭」と呼んだ。

アヌンナキ(神々)の祈りを入れて人間を神々ごとに割り当て、都市を築き家を建て土地を耕す道具として、エンリルのツルハシが与えられたのである。[4]

秩序と王権

何かと暴虐極まりなく、理不尽な神格のエンリルだから、身内の神々から反逆を受けることも多い。

異母兄弟で位の近い(性格真逆の)エンキとは度々衝突したり、諌められたりしている。

神々は度々エンリルの神殿エクル内にある聖所ウブシュウキンナに集まって会議を開いた。

会議は名目上のトップ、アン主催で開かれ、“運命を決する七柱の神”によって進行する。

採決はアンとエンリルの命令という形で議決される。

決定事項は天命のタブレットに書き込まれ、「エンリル権」なる権限をもってエンリル自ら執行した。

神々の秩序、即ちそれは「神の掟」(太古から神々によって定められた規範)である『メ(mes)』を意味する。

アンやエンリルの管轄であったが、司るのはエンキであり、彼の神殿名をとって「エリドゥの掟」とも呼ばれた。

『メ』は神々が掌握する秩序として世界を根底から支え、その絶大なる効力を持って人々の生活の全てを律していたのである。

このことにより、エンリルの権勢は保たれていた。

王権はエンリル、もしくはイナンナ女神から授与される。

“能力のある人”としての王の力は、しばしば“エンリリトゥ(エンリルの能力)”と記された。

しばしば敵対者たちは、「神々の承認を受けることに必死」なメソポタミアの支配者たちを揶揄した。

大多数のメソポタミアの人々は、常日頃から天災人災ひっくるめた気まぐれこの上ない脅威にさらされ続けてきたせいで、現実主義者とならざるを得なかった。

神々の僕である行政官の王と神々の会議の決定事項によって、恩恵と災害が同時にもたらされるものだと達観していたのだろう。

破壊の嵐の中心、敵の軍隊に蹂躙された都市の廃墟にさえ、エンリルはいたのである。 [4]

脚注

 出典

  • [1] [2]杉 勇、尾崎亨 原典訳 『シュメール神話集成』ちくま学芸文庫より「ウルの滅亡哀歌」「洪水伝説」
  • [3]池上正太『オリエントの神々』新紀元社
  • [4]ジョン・グレイ『オリエント神話』青土社

 参考文献、URL

※ライター:紫堂 銀紗

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