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どうして伝説が成立したか?
氷河時代には、グレート・ブリテン島は氷雪に覆われており、人間の住めるところではなかった。
この島に人間が渡来するようになったのは比較的新しく、紀元前500年くらいからだと考えられている。
最初にこの島に住み着いたのはケルト人で、紀元前1世紀のカエサルのガリア遠征の直後から、ローマ人が居住するようになる。
ローマ人たちは自分たちが支配するようになったその土地について、ローマ風の建国伝説を作り上げるようになった。
ローマ建国の伝説上の始祖は、トロヤの勇将アイネイアスである。
ブリテンのローマ人たちは、そのアイネイアスの血を引く人物がこの島に到来し、古代王朝を築いたのだ、と語るようになる。
それは、異民族であるローマ人の支配を、現地の人々に納得させるために作り出されたものかも知れない。
いずれにしろその伝説は、中世にまで語り継がれる。
シェイクスピアは、その「歴史」を土台にいくつかの戯曲を創作している。
「リア王」「シンベリン」などがそれである。
アーサー王伝説などにおいても、その「歴史」を自明の前提としている場合が多いので、以下にその概略を紹介しておこう。
なお、系譜は18世紀にアメリカの神話研究者であるブルフィンチがまとめたものをベースとしている。
ブルフィンチは、ジェフリ・オブ・モンマスの「ブリテン列王史」などの書物を参考にしているようだ。
アルビオン
ネプチューンの息子・アルビオンが支配した島(現在のイングランド)は当初、その名をとって「アルビオン」と呼ばれていた。
アルビオンはヘラクレスによって殺害された。
ブルータス
トロヤの英雄アイネイアスの曾孫、イタリア生まれ。
アイネイアスはトロヤ第2の勇将であり、木馬の計によって陥落し、燃えるトロヤから父とともに脱出する。
その後地中海をさまよい、最終的にイタリアの地に上陸する。
ローマ人はこのアイネイアスの子孫であるとされている。
このため、アイネイアスの曾孫・ブルータスを始祖とするブリトン人は、ローマの同族だということになる。
ブルータスは女神ダイアナ(アルテミス)の予言に従い、イタリアの王アッサラコスに反乱を起こす。
彼は戦いに勝利して名誉ある和平を結び、王女イモージェンと結婚する。
その後トロヤ人を率いてイタリアを離れ、アルビオン(白く輝くもの=ドーバーの崖)と呼ばれていた竜と巨人の国・のちのブリタニアに上陸、移住した。
巨人ゴグマゴグなどと戦ってアルビオンを征服、トロヤノヴァ(トリノヴァントス、後のロンドン)を築き、実質上の初代王となる。(トリノヴァンティス王朝)
協力者の勇士コリネウスはコーンウォールの地名の元となる。
息子のアルベナイクトはアルバニア、カンバはカンブリアの地名の元となった。
ブルータスのつれてきた一団は、その名前を取って「ブリトン人」と呼ばれた。
この頃アリマタヤのヨセフがブリトンを訪れ、杖から花が咲く奇跡を起こして彼らをキリスト教に改宗させる。
これが紀元前12世紀頃であるとされる。
恐らくトロヤ戦争(紀元前1200年頃)から逆算してのものだろうが、イエスの弟子であるアリマタヤのヨセフの生
没年との間に深刻な矛盾を生じさせてしまっている。
ヨセフは聖杯と聖槍を持ってブリトン人のもとにやってきたとされる重要人物なので、建国草創期の人であるとせざるを得なかったのだろう。
その後の王たち
ロクライン
ブルータスの子。恋愛がらみで内乱を発生させてしまい戦死。
ブラダッド
ロクラインとの関係は未確認。
バスの町を建て、温泉をミネルヴァ(アテナ)に献じた。
魔術使いでもあったが、空を飛ぼうとして失敗し死亡。
リア
ブラダッドの後継者。
シェィクスピアの戯曲「リア王」の元ネタ。
シェイクスピアの戯曲では、末娘コーデリアとともに悲惨な最期を遂げるが、こちらの伝説においては、コーデ
リアの率いた軍とともに長女・次女の軍を撃破し、王として再度君臨したという。
フェレクスとポレクス
リアの後を継いだが、兄弟で争う。
フェレクスは戦場で殺され、ボレクスはそれを恨んだ母親に惨殺される。
英語で書かれた最初の悲劇文学の題材となった。
ダンワロ・モルマティアス
モルマティアス法令を制定、寺院・都市・街道に庇護権を与え、耕地での労働に祝福の手をのべて、鋤にも保護を与えた。
ブレナスとベリナス
モルマティアスの息子たち。
兄弟で争って、ブレナスは大陸へ逃れ、ゴール人の王の娘と結婚。
敬虔王 エリディア
数代後の王。
兄王アースガロが貴族たちの反感をかって追放され、王位に就く。
5年後、王位回復に失敗して貧窮に陥っていた兄と、狩猟中に森の中で再会。
兄を匿い、後に貴族たちを承服させて兄を復位させる。
兄アースガロは1 0年間統治したが善政を敷く。
後を継いだ息子たちが早死にしたためふたたびエリディアが王位に就いた。
ラッド
数代後の王。
トリノヴァントスを拡張し、「ラッドの町=ラッディウム」と呼ばれるようになる。
後にロンディウム>ロンドンとなる。
カシベローナス
ラッドの息子が幼少だったために後を継いだ叔父。
カエサルの「ガリア戦記」にブリトン人の首領として登場する。
キンベリナス(シンベリン)
カエサルの「ガリア戦記」にも登場。
カシベローナスの甥で、人質としてローマへ行き教育を受ける。
王位についてからはローマと親交を保った。
戯曲「シンベリン」は、この王の娘とその恋人の青年が主人公となった物語で、「白雪姫」の元ネタはこの話という説が有力。
この作品には「作者がシェイクスピアでさえなければ、歴史に残る名作といわれたであろう」という有名な評価もある。
アルモリカ
ウェールズのミニアドク国の王コナンが、ローマの将軍マクシムスとともにアルモリカを征服。
国名をブリタニーまたは小ブリテンとし、ブリトン人とローマ人が次第に混血する。(ペンドラゴン王朝)
何年後かにローマ軍が引き上げると、ブリタニーはピクト人、スコット人、ノルウェイ人などの攻撃にさらされた。
ペンドラゴン
ヴォーティガンは王モインズを殺し、王弟ユーサーとペンドラゴンを追放した。
子供時代のマーリンの予言どおり、ユーサーとペンドラゴンはヴォーティガンを焚死させ、ペンドラゴンがマーリンを相談役として王位に就く。
古い伝説においては、ユーサーとペンドラゴンは別の人物として扱われていた。
しかし、ユーサーは即位後、兄の名を自分の名に加えて「ユーサー・ペンドラゴン」と名乗ったという。
ペンドラゴンの後はユーサーが継ぎ、その息子がアーサー王であるとされる。
ローマ人が引き上げてからかなりの時間が経過しているので、この頃になると、王の名称や事績・伝承もかなりケルト的要素が濃くなってきている。
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