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まさに「中世キリスト教世界の王様」の印象そのもの!?エルサレム王ボードゥアン4世の伝説に迫る!

リドリー・スコット監督が中世の十字軍時代の戦争をリアルに再現し話題になった映画、『キングダム・オブ・ヘブン』。

あまりにリアリティに凝っている作品の為、主演のオーランド・ブルームの名前に惹かれて「さぞかしヒロイックな騎士物語」かと期待した人にはピンとこない内容だったかもしれません。

いっぽう、世界史好きや、リアルな中世史劇好きには、まさにその細部へのこだわりがたまらない作品に仕上がっていました。

あの映画に出てくる「仮面をつけた若き王様」はいったい何者?

この作品で主役を押しのける存在感を放っていたのが、エルサレム王ボードゥアン4世。

「病気のため」という理由で謎めいた銀のマスクをつけた、仮面の戦士として登場します

キリスト教世界からの尖兵としてエルサレムを守る立場から、やむなくイスラム教徒との戦争を繰り広げますが、できるだけイスラム側との平和共存の道を探る外交交渉を模索したり、アラビア語を習得してイスラムの文化も学ぼうとしたりと、見識のある人物としても描かれています。

仮面をつけた若くて勇敢で度量も見識もある王様?
まるでファンタジーの世界のキャラクターではないでしょうか?
こんな人物、本当にいたのでしょうか?

はい、これは実在の人物です!

リドリー・スコットの映画ではかなり脚色されてしまっていることは事実ですが、その脚色部分をそぎ落としても、そうとうに英雄的な人物であったと思います。

今回はそのエルサレム王ボードゥアン4世の実像に迫ってみましょう。

そもそも「エルサレム王」とはどのような立場?

まずは時代背景の確認から。

そもそもこのボードゥアン4世の肩書、「エルサレム王」というのは何でしょうか?

学校の世界史では「十字軍というのは、聖地エルサレムをイスラム教徒から奪還する為に派遣された多国籍軍」という説明をされていたかと思います。

数え方にもよりますが、十字軍は合計で第八回まで組織されました。

その間200年ほどの年月があります。

200年ほどの間に8回の派兵ということですが、それ以外の時期は穏やかだったかといえばそういうことではありません。

特に初期の頃は、一度十字軍がエルサレムの奪還に成功した後、そのエルサレムを守るために設置された騎士たちの王国と、エルサレム再奪還を目指すイスラム教軍との間で、戦闘はたびたび繰り返されました。

『十字軍のコンスタンティノープルへの入城』ウジェーヌ・ドラクロワ(1840)作
『十字軍のコンスタンティノープルへの入城』(ウジェーヌ・ドラクロワ(1840)作 原典

 

『第4回十字軍参加を説くエンリコ・ダンドロ』、ポール・ギュスターヴ・ドレ作
『第4回十字軍参加を説くエンリコ・ダンドロ』(ポール・ギュスターヴ・ドレ作 原典

エルサレム王国というのは、この「十字軍が一度占領したエルサレムを防衛するために置かれた、占領軍たちの王国」というようなもの。

中近東の、イスラム勢力にぐるりと取り囲まれた一角に飛び地のようにできた小さな王国です。

ただし当然ながらキリスト教会の全面的なバックアップは受けておりましたし、聖ヨハネ騎士団やテンプル騎士団などの、当時のキリスト教世界の精鋭の戦士たちが駐屯していたため、戦力としては相当なものだったと推測されます。

エルサレム王というのは、このエルサレム王国の君主を任された家系のこと。

異教徒に取り囲まれた土地を、あらくれの騎士を統率しながら守り切らなければならない、という責任は相当なものだったと思われます。

実際のボードゥアン4世は日本でもぜひ人気になってほしい名君主!

まさにそのエルサレム王国が存亡の危機に追いつめられていた12世紀後半に、ボードゥアン4世はわずか13歳(!)で王位につきます。

幼いころから特にラテン文学への造形に才能をもった聡明な子として期待されていた人物でしたが、不幸なことに重い病気を抱えていたため皮膚が崩れていた、とされています。

おそらくこれはハンセン病だったのだと思われます。

当初は「美少年だった」とも伝えられているので、伝説の通りだとしたら若いうちからその美貌を病に腐らされていく日々はそうとうな精神的苦痛だったことでしょう。

ギヨーム・ド・ティール(右の白衣の人物)が少年ボードゥアン4世の皮膚の病に気付いた場面
ギヨーム・ド・ティール(右の白衣の人物)が少年ボードゥアン4世の皮膚の病に気付いた場面(原典

そのボードゥアン4世が若くして統治していたエルサレム王国に危機が迫ります。

エジプト・アイユーブ朝の君主として、イスラム史上最大の英雄サラディンが現れ、そのカリスマ性とリーダーシップで強固な軍隊を指揮し、エルサレム再奪還を目標に襲い掛かってきたのです。

戦闘に出陣したエルサレム王国軍は、サラディンの巧みな陽動作戦にかかり、もともと少ない兵力をさらに細かく分断されてしまいます。

ボードゥアン4世はわずか300人の騎士だけに守られた状態で2万6千人のイスラム軍の中に取り残されるという圧倒的不利な状態でした。

ところがそこで、病身の若い王が十字架を前に大地にひざまずき、涙を流しながら神に祈りをささげる姿を見て、300人の騎士たちは戦意にふるいたち、「この王を中心に全員一丸となって戦おう」と、イスラム軍に決死の突撃を行いました。

結果としては包囲を突破して見事にエルサレムへの帰還に成功するという奇跡を成し遂げたのでした。

この後もボードゥアン4世はイスラム側の英雄サラディンを相手に一歩も引かぬ防衛戦を展開し続け、のみならずイスラム側と講和条約も(一時的には)結ぶことを成功させるなど、外交面でも結果を残しました。

映画と違う唯一の点が、「仮面」というのが残念!

このボードゥアン4世、映画での描かれ方もだいたい史実どおりなのですが、たったひとつ、映画との違いがあります。

たった一つながら、映画を通じてこの人物を知った人には決定的に残念なところかもしれません。

「仮面をつけていた」というところが、完全に映画上の創作だそうです。

異教徒に囲まれた絶望的な王都をけなげに守り続ける(しかし本当は戦いを嫌っている)、信仰深い病身の若い王!

これが仮面をつけていたらそれこそ中世を代表するロマンだったと思うのですが!

ただし、実際のボードゥアン4世は、皮膚病のために輿に乗りながら戦っていたと伝えられている人物。

それほどの病状だったとしたら、記録に残っていないだけで、頭巾や頬当てや、ひょっとしたら仮面を装備していたとしても、おかしくはありません。

何といっても、どちらかといえば殺伐としたエピソードの多い「十字軍」の歴史の中で、唯一、日本の武士道にも通じるような「男と男の名勝負」が感じられるという意味で、ボードゥアン4世とサラディンのライバル対決は中世西欧史の中の清涼剤のように感じられてしまいます。

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