【旧約聖書のストーリーその1】創世記

旧約聖書とは

いわゆる「聖書」には「旧約聖書」と「新約聖書」の二種類があるといわれます。

ここまでは、中学生でも知っているレベルの知識でしょう。

ですが「じゃあ新約と旧約ではどこが違うの?」と聞かれてちゃんと答えられる人がどれだけいるでしょうか。

わかりやすいところからいきましょう。

「新約」と「旧約」はまずこれを聖典としている宗教が違います。

「新約」を聖典としているのは主にキリスト教徒で、「旧約」はユダヤ教徒とキリスト教徒の両方が聖典としているのです。

また、記述されている言語も違います。

「旧約」はヘブライ語ですが、「新約」は古代ギリシア語なのです(他言語の新約聖書の聖典もいくつかありましたが、失われました)。

さらに、編纂された時期も違います。

「新約」は紀元後1世紀から2世紀ぐらいの時期に編纂されたと考えられていますが、「旧約」の最初の部分は紀元前16世紀から13世紀ぐらいの人物とされるモーセによって書かれたと言われています。

「旧約」の最後の部分は「新約」の時代の直前、つまりイエスが生まれたとされる紀元前4年にかなり近い頃に書かれたと言われれています。

つまり千年以上にわたって編纂活動が続けられたというのです。

内容的には、「旧約」は後にユダヤ人と呼ばれる人たちが神と契約をし、神から約束された土地に移動し、そこに国家を作る過程を描写しています。

ところが、そのユダヤ国家は分裂し、人々は他の国家に吸収されそうになりました。

そこで、「新しい神との契約」が求められるようになります。

イエスはその契約の当事者となるのは自分であると主張しました。

『Jesus Christ(イエス・キリスト)』(Jean Lenfant、原典

ですが、「新しい契約」は、ユダヤ民族に新しい土地を与えるというものではなく、人々の心の中に「神の国」を築くものなのだという形に変質していきます。

これにより、ユダヤ民族だけのために形のある国を目指す「ユダヤ教」と、生まれを問わずに形のない神の国を目指す「キリスト教」が分かれていったのです。

旧約聖書の内訳

旧約聖書のメインテーマは、「この書はユダヤ人が神から『約束の地』を賜ったという契約の証だ」ということです。

ですから旧約聖書の最初の部分は、「(われわれの)神とはどういう存在であるか」ということについて説明し、ついで人間側の代表者について触れ、その契約がどういう形でなされたかについて述べています。

この契約が実行に移され、ユダヤ民族が「約束の地」に到達し、それを確保するまでがひとまとまりとなっています。

具体的にこれらは、「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」にまとめられています。

これらは初期のユダヤ人の指導者であるモーセによって書かれたとされ、「モーセ五書」と呼ばれます。

モーセが書いたとされる割に、モーセの死の場面の描写やその死後のことについても書いてあったりするのですが、「旧約聖書」を信じる人々は、「その部分だけは追記」と言っています。

「モーセ五書」に続くのが、ユダヤ民族の歴史について語っている部分です。

「ヨシュア記」「士師記」「ルツ記」「サムエル記」「列王記」「歴代誌」などが相当します。

「約束の地」にたどり着いたユダヤ民族は、その地に元からいた民族や周囲の民族と抗争し、次第に土地の支配権を確立していきます。

彼らの指導者は、最初は「士師」と呼ばれていた非世襲の政治と宗教のリーダーを兼ね備えたような存在でしたが、統一が進むと「王」が登場するようになります。

そしてユダヤ人の王国はダビデ・ソロモン王の時期に最盛期を迎えますが、ソロモンの後南北に分裂し、北王国はアッシリアにより滅亡。

南の王国も後に新バビロニアに滅ぼされ、貴族層がバビロンに連れ去られてしまいます。

つまり、モーセと神の契約が一度破棄された格好になるわけです。

そこで「新しい契約」が求められるようになります。

多くの人々が、「新しい契約」を行う人物はこういう人であろう、との予想を残しました。

厳密に言うと、彼らは一個人として自由に予想を行ったのではなく、「次の契約者はこんな人である」という神からの伝言を聞き、それを人々に話したとされています。

彼らは「預言者」と呼ばれ、彼らの言行を記した書物はひとまとめにされ「預言書」と呼ばれます。

「預言書」類はそれだけで「旧約聖書」内の一グループとなります。

「新約聖書」の中の、イエスの生涯について語っている「福音書」では、数々の預言書の記述が意識され、「◯◯が語ったことはここで成就された」という形で引用されます。

つまり「新約聖書」の作者は、「数々の預言者の言った通りの行動をしたのだから、イエスこそが『救世主=神と新しい契約を結ぶ者』なのである」と主張しているのです。

「旧約聖書」にはこれら以外に、単発的な説話や、神を称える「詩篇」、さらにはこの世の終末について記された「黙示録」などが含まれます。

実は最初に書かれたわけではない?「天地創造」

「旧約聖書」の先頭に配置され、なおかつ最も有名な部分が、この世の始まりについて語った「創世記」です。

先頭に配置され、なおかつ最も古い時代について記しているので、多くの人は新約・旧約をひっくるめたすべての聖書の中で、「創世記」の「天地創造」の部分が最初に書かれたものだろう、と想像してしまいます。

ですが神話の世界においては、「最も古いことがらについて記した書は実は案外新しい」という法則のようなものがあります。

神話は通常、特定の自然物(人間を含みます)の中に超常的な力を認めた人々が、その対象を崇め、そのありさまを後世に伝えようとしたところから始まります。

こうした神々が複数誕生し、それらの人間(?)関係を整理するために、神々の系譜が作られます。

神々を崇める部族が、他部族を征服したり、また他部族に征服されることにより系譜は複雑化し、神々の間に「世代」が生まれます。

複数の部族を束ね、その上に君臨する強い力を持った指導者が現れると、神々の間にも指導者が生まれるようになり、その権威がどうして生まれたのかを説明するために「世界の始まり」が語られるようになるのです。

ギリシア神話では世界は、「原初の混沌から大地の女神であるガイアが誕生して始まった」とされていますが、これは詩人ヘシオドスが語ったことです。

語った人間の名前がきちんと残っているので、神話伝承としてはそれだけで大して古いものではない、ということができます。

語った人間の名前がわかっている例は珍しいのですが、他の地域でもだいたいこんな感じです。

「最初にあったこと」はどこでも比較的後になってから語られたのです。

「創世記」もその例に漏れず、「天地創造」のくだりは比較的後の時代になってから書かれたと思われます。

その証拠のようなものをちょっと解説しましょう。

「創世記」の神は、唯一絶対の神として世界に君臨しています。

他に神がいたなどとは、一言も述べられていません。

ところが「旧約聖書」の「創世記」よりも後の部分、つまり一般には「後に書かれた」と思われる部分には、少なからぬ「他の神」が登場するのです。

代表的なのは、豊穣神バアルやアスタルトです。

「創世記」が「古い文献」であるなら、こうした他の神との抗争が描かれていないのはちょっと不自然です。

聖書の神ヤハウェが、他の神との抗争に勝利し、彼らを地獄に追いやって絶対的な権威を確立した、とした方が、ヤハウェの絶対性を説明する上では有利であり、他の神話では普通にそういうことが行われているからです。

ヤハウェはユダヤ民族のみの神ではありませんでした。

現在のパレスティナ地方からメソポタミアにかけてのあちこちの民族の神話に登場する神です。

地中海岸の都市国家ウガリットで出土した粘土板に書かれた神話には、「イル」の名で登場します。

この「イル」は他の地域では「エル」となります。

旧約・新約聖書には「~エル」となる名前の天使が大量に(ミカエル・ガブリエル・ラファエルなど)登場しますが、これは彼らの主人である神の名にちなんでいます。

イルはウガリット神話においては神々の王とされていましたが、その権力は形骸化しており、そのことにぶつぶつ文句を言うちょっと暗めの老人として描かれていました。

神としての人気は、若々しい豊穣の神であるバアルや、その妹でありまた妻でもあるアナトやアスタルトの方がずっと上でした。

この気難しい老人を、ユダヤ民族は自分たちの神として迎え入れ、唯一絶対の神として敬うようになったのです。

この過程で、ユダヤ民族はバアル信仰を代表とする「ノイズ」を取り除き、ヤハウェの唯一絶対性を磨き上げていきます。

「創世記」の神の姿はこの磨き上げが完了した状態で、それより後の時代について述べた文献に、「ノイズ」がまだ残っている状態が描かれているため、「創世記」冒頭が書かれたのは案外新しい時代だ、という結論が導けます。

なお、「創世記」全体はヤハウェが絶対神としての権威を確立した後の補正を受けているとはいえ、かなり古い伝承を元にしているのではないかと思われる記述を多数含んでいます。

「天地創造」とアダムの最初の妻

「天地創造」のくだり(創世記第一章・二章)は、端的に言ってしまえば「一週間と安息日」の起源を説明する神話です。

神が6日かけて何もないところから地球と宇宙を作り、水を分け、水棲生物と陸棲生物を想像し、6日目にそれらの支配者として人間を作り、7日目に休んだ。

だからヤハウェを神と崇める人たちも、7日を一単位として働き、7日目には休めよ、ということを主張しています。

安息日を掟にするための話ですから、創造の内容はあまり神話的ではありません。

極端に言えば、この世に存在するものを6種類に分け、順番に神に想像させたとしただけの話です。

こうしたお話でああるため、類似の神話は世界中に存在せず、結果的にユニークな存在となっています。

なお、後の記述を見ると、6日目に創造された「人」はいわゆるアダムのみで、女性(イヴ)はそれよりも後に創造されたものと考えられます。

創造者であるヤハウェは性別を超越した存在ですが、元々は男神です。

ウガリット時代にはしっかり妻も娶っていました。

なので、自分の姿かたちを模して作ったという最初の人間が男性になるのは当然と言えます。

オカルトの世界では、アダムの最初の妻はイヴではなく、リリスであったとされています。

これはアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の設定にも取り込まれ、日本において有名になりました。

リリスがどうこう、という言及は「創世記」の中にはありません。

「旧約聖書」全体を見渡しても、預言書の一つである「イザヤ書」に出てくる「夜の魔女」がリリスのことではないかと想像されている程度です。

アダムの最初の妻がリリスであった、という伝承は、ヨーロッパ中世のオカルト的な文献から始まるのですが、リリスと呼ばれるようになった魔女または女神の起源はかなり古いものです。

少なくとも、リリスとの関連性があるのではないかと言われている女神が、シュメール神話に登場しています。

シュメール神話で主人公的な立ち位置を占めるエンリルは、美しい女神を見るとすぐ押し倒してしまうというとんでもない男神でした。

エンリルはその正妻となるニンリルさえ、まず強姦してからお付き合いを始める、という有様だったのです。

このニンリルのお付きの女神がアルダト・リリーとイドル・リリーで、二人まとめてリリートゥと呼ばれ、これが「リリス」の語源になったのではと言われます。

ある説話によると、強引に処女を奪われたニンリルは激しくエンリルを恨み、性交とその結果である出産を否定するようになったといいます。

このため、主人の意をくんだリリートゥは、生まれた子供を速やかに殺す、という役割を担うようになったのだ、と。

中世の文献に登場するリリスは、アダム同様神によって土から作られたと語られています。

リリスはアダムと最初に同衾する時に「あなたが上、つまり主導権を取るというのが不満だ」と言い出します。

同じ土から作られた対等な存在なのだから、上になるんじゃない、というのです。

あまり品のいい言い方ではありませんが「正常位拒否宣言」です。

それでも上になろうとするアダムを拒絶したリリスは、神の名を叫びながら紅海沿岸まで逃げていったそうです。

アダムは神によって創造された後、エデンの園に住まわされたと言います。

エデンが現在のどこにあるのか不明ですが、「創世記」にはエデンの泉を水源とする川の一つがユーフラテスだと書かれています。

これを根拠にするとアナトリア半島の根本あたりではないかと推測され、ここから紅海の沿岸まで逃げたとすると、リリスはかなりの健脚だっただろうと思われます。

「旧約聖書」の他の部分も読むと、当時のユダヤ人はどうやら生まれた子の死亡率の高さを気にしていたのではないか、と思われます。

ユダヤ教徒は、聖書に書かれている掟だとして男子に割礼を施します。

割礼の風習は性感染症を予防しようとしたが故に生まれたのではないかと言われており、だとするとユダヤ人たちは性病の遺伝や感染症によって妊婦が死亡することを深刻視し、それらの元凶として「リリス」のイメージを作っていったのではないかと思われます。

なお、主として生まれたばかりの子供を襲う疫病の女神、というのは他の地域でも一般的に見られます。

意外に思われるかも知れませんが、ギリシア神話のアルテミスがそうです。

アルテミスは狩猟の女神として弓矢を持った姿で描かれますが、あの弓矢は生まれたばかりの子供たちの命を次々と奪う恐ろしい武器でもあるのです。

アルテミスが疫病神としての性格を持っているため、双子の兄弟であるアポローンには医療神としての性格が持たされるようになりました。

エデン追放

「創世記」第二章にはちょっと奇妙な記述があります。

神によって創造されたばかりの大地には雨が降らず、水資源は泉だよりだったというのです。

誰も聞いてないのにわざわざそう書いたというところが不審です。

先に書いたように、ヤハウェが創造した土地の中心はエデンであった(他に場所に関する記述がないので)と思われます。

ここがどこかはわからないが、エデンの泉から流れ出る水の流れの一つがユーフラテス川になっているということはきちんと記述されています。

また、後に解説するノアの洪水の後、方舟が流れ着いたところがアナトリア半島にあるアララト山だと言われているので、どうやら創世記の説話全体のルーツはこの辺にあったのだろう、と推測することができます。

ただ、創世記の説話のルーツであることが、そのままユダヤ民族の発祥の地とはならないことは注意しておく必要があります。

他の民族の伝承を、別の民族が引き継いで自分の神話に仕立て上げてしまうということは、よくあることですから。

ちなみにアナトリア半島東部は、高山性の気候で降水量はあまり多くありません。

しかし冬になれば雪が降り、積雪もみられるとのことです。

「雨が降らなかった」という記述が、アナトリア半島東部の気候を単に反映しただけのものなのか、それ以上の意味があったのかはよくわかりません。

ただ、創世記の比較的最初の部分には、ヤハウェを信じる人々の集団が、農業を捨てて遊牧民に近い生活に移行したらしいと思われる記述が散見されます。

これとも関係するのかも知れません。

不思議な雨に関する記述に続いて展開されるのが「エデン追放」の神話です。

これは神話学で言う「バナナ型」と呼ばれる類型に属するエピソードです。

「バナナ型」というのは、人類の祖先が、「見た目がよいけれど儚いもの」と「見た目が悪いけれど堅固なもの」の二者択一を迫られ、前者を選んでしまったために死の運命が不可避になった、とするものです。

「バナナ型神話」というカテゴリ分けを提唱したのは、『金枝篇』を著したフレイザーです。

彼はセレベス島の住民の神話を調査して、こうした類型があると主張するようになりました。

その内容は、神から人類の始祖が「バナナと石のどちらを選ぶか?」と尋ねられ、食べられるバナナを選んだため、やがて死ぬべき運命を課せられるようになった、というものです。

日本神話にもこの類型に属する話があります。

「天孫降臨」の主役ニニギノミコトは、やがてオオヤマツミノミコトの娘イワナガヒメとコノハナサクヤヒメの姉妹を同時に妻として娶ります。

しかしイワナガヒメは不美人だったので、美人のコノハナサクヤヒメだけを残して姉を実家に帰してしまったのです。

娘が戻ってきたと聞き、オオヤマツミノミコトはため息交じりにニニギノミコトに言いました。

「わたしがコノハナサクヤをあなたの妻にしたのは、あなたの子孫が花のように咲き誇るようにと願ってのことで、イワナガヒメを妻にしたのは、あなたの子孫が巌のように頑丈になるようにと願ってのことです。コノハナサクヤだけを手元に残し、イワナガヒメを戻してしまったので、あなたの子孫は繁栄はするけれど皆短命になってしまうことでしょう」と。

「バナナ型神話」がどういうものであったかを説明したので、どうして「エデン追放」の話が「バナナ型神話」になるのかということを説明しましょう。

「エデン追放」の神話は、まず神が自分の創造した人間が一人では寂しかろう、ということで、その肋骨を使ってパートナーとなる別の人間、つまり女を創造したことから始まります。

先に説明したように、ヤハウェは老人の姿とはなっていますが男性神です。

「創世記」の記述に従うのなら、ヤハウェが「光あれ」という前には何ものも存在しませんでした。

なのでどうやって両性生殖についての知識を得、すでに創造した人に適応する形で生殖のパートナーを設計していったのか不明です。

日本神話のイザナギ・イザナミのように「成成りて成り余れる所」と「成成りて成り足らざる所」がそれぞれの身体に見つかったから、一つこれを合わせてみよう、という試行錯誤もありません。

まあ人間以前に魚や動物を創造しており、それらは雌雄ペアであったと思われるので、全くなんの参考資料もなかったと断じることはできないでしょう。

そんじゃそれは何をベースに創造したんだ、という新たな疑問は残りますが。

「聖書」を信じている人たちに言えば、「神は全能なんだからそんなこと知ってて当たり前なんだ、不遜な質問をするな」で終わってしまうので、無粋なツッコミはこのぐらいにしておきましょう。

「エデン追放」はアダムの後に創造された女を軸にして展開していきます。

神はアダムと「女」に、エデンに生えているどの木の実を食べてもよい、と言いますが、「知恵の実」だけは食べてはいけないと言います。

しかし「女」はヘビにそそのかされてアダムとともに知恵の実を食べてしまったのです。

これに怒った神は、アダムと女を「エデンの東」に追放し、女には産みの苦しみを、アダムには労働の苦しみを与えたのです。

ここまでずっと「女」と表記していましたが、これは実際に「創世記」がそのように書いているからです。

神が女に「イヴ」という名を与えたのは、二人をエデンから追放した時のことでした。

「アダム」はヘブライ語で「男」と「土」の意味を持ちます。

恐らく「土」の方がより古い意味だったのでしょう。

一方「イヴ」は「生命」の意味を持ちます。

うがった解釈をすれば、単なる土塊からこねだされた人間のような形をしたものが、女によって知恵を得、苦しみと引き換えに自分自身の力で行きていけるようになって始めて「生命」あるものとなった、ということでしょう。

さてヤハウェは、アダムとイヴの二人を追放した後、「生命の木」にケルビムと回る炎の剣を派遣し、誰もが手を出せないようにします。

この「生命の木」の存在が、「エデン追放」の話を「バナナ型神話」の一例としているのです。

ヤハウェは言っています。

「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」と。

要するに永遠の生命を得て神と同等になるだろう、と恐れたのです。

ここで初めて、「知恵の実」がバナナやコノハナサクヤと同じ意味を持ち、「生命の実」が石やイワナガヒメと同じ意味と持つのだ、ということが分かります。

ただここで、新たな疑問が浮上してきます。

「バナナ型神話」は基本的に農耕系もしくは採集経済を営んでいる民族の神話に現れるものです。

ユダヤ人は遊牧民です。

しかし彼らがかつて農耕民であったか、もしくは農耕民を内部に取り込み、その神話をわがものとしたらしいことは、「創世記」のあちこちから見て取れます。

実際にどうであったのかは、現在ではわからないのですが。

カインとアベル

『Eve with Cain and Abel(カインとアベルとともにいるイヴ)』(Bachiacca(バッキアッカ画)、原典

エデンから追放された後、アダムはイヴを「知った」と書かれています。

「知る」という動詞はこの後も旧約聖書のあちこちに出てきますが、男がその妻を「知った」という場合は、「性行為をした」という意味になります。

「旧約聖書」の場合、「知った」ら即子供が生まれるということになっています。

遊びで「知る」ことは許されざることだとされていたようです。

それはともかく、アダムがイヴを「知った」ことによりカインとアベルという二人の男の子が生まれます。

アベルは羊飼いになり、カインは農夫になりました。

彼らはそれぞれが働いて得たものを、ヤハウェに献じたのですが、ヤハウェはアベルの捧げたものだけを受け取り、カインの捧げものを受け入れませんでした。

これによりカインは思い悩むようになり、アベルを妬み、ついにはアベルを殺してしまいます。

『Cain Killing Abel(アベルを殺害するカイン)』(Albrecht Dürer (アルブレヒト・デューラー画)、原典

神はカインを追放しますが、カインが「外に出たら即殺されてしまいます」と訴えると、「カインを殺したものには七倍の報復がなされる」と言い、カインに「印」を与えたと言います。

この話から伺えるのは、ヤハウェはなんとなく「農業嫌い」であるようだ、ということです。

カインは弟を殺すという罪を犯しますが、神から「殺したら七倍返しだぞ」ということで保護を与えられます。

農夫で会った時にはまったく顧みられなかったにも関わらず、です。

農夫をやめたからご褒美をくれた、と考えられなくもありません。

また「創世記」はカインの子孫についても語っています。

そのうちの一人レメクは周囲の異民族と激しく戦い、勢力を拡げたようで、「カインのための復讐が七倍なら、レメクのための復讐は七十七倍」と豪語するようになりました。

ヤハウェはこれを罰していないので、相変わらず保護を与えていたようです。

アベルが死に、カインが追放された後、アダムはまたもイヴを「知り」、セツという息子を得ます。

しかし「創世記」はセツについてほとんど何も語らず、セツの子、孫とその子孫の名前を紹介していきます。

一応、セツの子孫がアダムの子孫の本流ということなのですが、非常にその影は薄くなっています。

アダムの息子たちの中では、長男であったカインが主役であったとしか言いようがないのです。

なお、カインからレメクに至る系譜に登場する人名と、セツからノアに至る系譜の人名は、七組も被っています。

つまりカインの末裔はその後も神に祝福されて繁栄したのですが、始祖が弟殺しの大罪人では都合が悪くなったので、セツという別の人物を作り出してそちらを名義上の正統とした可能性が微妙に浮上してきます。

「創世記」と巨人

「創世記」第五章は、アダムからノアに至るまでの系譜を、その寿命とともに記しています。

アダムは930歳まで生きたそうです。

その後の子孫たちも、長いものは900歳前後、短いものでも300歳以上の長寿となっています。

微妙に、後の世代になるほど寿命が短くなるという傾向が見えなくもありません。

このあたり、「古事記」「日本書紀」に登場する初期の天皇たちの寿命とほぼ同じです。

ただアダムとその子孫たちの方が圧倒的に長命ですが。

さて子供の名前と寿命だけの記述が続いた後に、ノアが生まれ、500歳でセム・ハム・ヤペテを生んだと書かれています。

というわけで「創世記」は、ノアの方舟の話に行きます。

ただ、ここでも話の最初に、ちょっと気になるエピソードが紹介されているのです。

「創世記」第六章の冒頭には、「人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった」と書かれています。

さらに、神の子と人の娘たちの子はネフィリムと呼ばれた、ともあるのです。

「神の子」というと、われわれはイエス・キリストを連想してしまいますが、「創世記」のこの部分における神の子というのは、天使を意味します。

また、ネフィリムというのは「巨人」を意味するそうです。

さてこのフレーズは、「主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた」という一節の前に置かれています。

つまり、素直に読めば、神の子(天使)が人の娘を娶って子(多分巨人)を生み育てたことが悪だと解釈できるのです。

でもこれ、「人の悪」でしょうか?

ここでまずちょっと疑問が湧きます。

そして次の節を読むと、さらに「おいおい」となってしまうのです。

「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる」。

人だけでなく動物や鳥も滅ぼすと宣言しています。

どうやら魚類は除外されているようですが、それ以外はすべての生きとし生けるものが人間の巻き添えを食って滅ぼされるいうのです。

その人類さえも、「娘たちが天使の嫁にされた」ということなので、とばっちりと言えばそれまでなのですが。

「巨人が増えた」ことが「悪」で、「巨人を滅ぼす」ために洪水を起こし、「巨人以外のすべては巻き添え」なので、人類の代表者ノアにすべての生き物をひとつがいずつ収容した方舟を作らせた、という方が、すんなりと解釈できるのは気のせいでしょうか。

「巨人」は、当時ヤハウェを信仰していた人々と敵対していた民族の比喩であるとすれば、より自然になります。

比較的知られている話ですが、「ノアの洪水」のエピソードには元ネタがあります。

「ギルガメッシュ叙事詩」に、類似のエピソードがあります。

こちらでは洪水は直接的に大雨によってもたらされたものではなく、雨が降った結果チグリス・ユーフラテスの両大河が氾濫して起こったものです。

大河氾濫の方が、より可能性としてはあり得そうなので、ギルガメシュ叙事詩のエピソードの方がオリジナルにより近いものと考えられます。

なお、「創世記」できちんと「雨が降った」と書かれているのは、ノアの洪水の部分が最初です。

雨などという日常的な気象現象は、わざわざ書くほどのことはなかったからかも知れませんが、エデンの園では雨が降らなかった、ときっちり書いてあるので、何か事情があるのではないかと考えてしまいます。

洪水が終わり、ノアたちが再び大地を踏みしめると、神は「生めよ、ふえよ、地に満ちよ」とノアたちを祝福します。

これは創世記の第一章で、ヤハウェがアダムを創造した時に、アダムに対して言った言葉と同一です。

つまりノアの洪水のエピソードは、神にとって第二の人類創造であったということです。

神話学的に研究する場合、この「第一の創造」と「第二の創造」における要素の対比を行い、「裏と表」になる2つの出来事を通して、神話の作者が何を語ろうとしていたのかを見つけ出すことになるのですが、そうした研究は現時点では活発には行われていないようです。

謎の「エノク書」

『Enoch(エノク)』(William Blake (ウィリアム・ブレイク画)、原典

「創世記」に「エノク」という名前を持つ人物は二人登場します。

ひとりはカインの息子であるエノクです。

カインはヤハウェによって追放された後、「俺を殺したら七倍返しだぞオラァ!」というノリで勢力を拡大し、ついには街まで建設し始めました。

カインはその街に、おそらくは生まれたばかりであった息子にちなんで「エノク」と名付けたようです。

こちらのエノクについては、それだけのエピソードしか残っていないのですが、街の名前になるような人物とか、聞くだにただものではありません。

人名が街の名前ともされる場合、「有力者の親族」の名前が使われることは稀です。

普通は「有力者そのもの」の名前が付けられます。

ということは、このエノクはカイン組二代目として父親以上にブイブイ言わせ、「カインタウン」を建設した可能性があるということです。

彼らはその後も勢力範囲を拡げ、最終的には「七倍だぞオラァ!」が「七十七倍だぞオラァ!」になったということは、先に述べた通りです。

二人目のエノクは、セツの家系の人物で、ノアの曽祖父に当たります。

こちらが登場するのは、セツからノアに至るまでの子孫たちの名前、子の名前、何歳で死んだかが淡々と積み重ねられている「創世記」第五章なのですが、エノクだけ、他のセツの子孫たちとは表記が微妙に違っているのです。

他の人々の場合、こんな感じです。エノクの父ヤレドのケースを引用します。

「ヤレドは百六十二歳になって、エノクを生んだ。ヤレドはエノクを生んだ後、八百年生きて、男子と女子を生んだ。ヤレドの年は合わせて九百六十二歳であった。そして彼は死んだ」。

世代が違っても、名前と子が生まれた年、さらに没年齢が違っているだけであとは全部同じです。

しかし、エノクの場合だけは違うのです。あまり長くないので引用します。

「エノクは六十五歳になって、メトセラを生んだ。エノクはメトセラを生んだ後、三百年、神とともに歩み、男子と女子を生んだ。エノクの年は合わせて三百六十五歳であった。エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった」。

「◯◯年生きて」が「三百年、神とともに歩み」になっています。また、「そして彼は死んだ」ではなく、「神が彼を取られたので、いなくなった」になっています。

これは意味的には「死んだ」とほぼ同じであると取ることもできます。

ただ、他の人物が全部「死んだ」になっているのに、エノクだけこのような記述になっているのは、いかにも不審です。

実はこのエノク、「創世記」においては脇役中の脇役ですが、彼を主役にした「旧約聖書」の文献が存在するのです。

その文書は、エノクの名前を取り「エノク書」と呼ばれます。

「エノク書」はユダヤ教・キリスト教・イスラームの多くの宗派で偽典とされますが、エチオピア正教会などでは正典として「旧約聖書」の中に取り込んでいます。

これによれば、エノクは死んだのではなく、天上に昇ったというのです。

他の伝承によれば、天に昇っただけでなく天使メタトロンになったともいいます。

メタトロンの名前を出したところでそろそろ感づき始めた読者の方もいるでしょう。

「エノク」を英語読みにすると「イーノック」になります。

2011年に「そんな装備で大丈夫か?」「大丈夫だ、問題ない」などといった印象的なセリフで有名になったゲームに「エルシャダイ」というのがありましたが、この主人公こそが「エノク=イーノック」なのです。

「エノク書」は形としては「預言書・黙示文学」に分類できます。

義人エノクが世界の終わり(彼の視点からすればノアの洪水)を予見し、自分の子孫たちを災厄から逃すために書き記した書、とされます。

ヤハウェはこの世を創造し、人を生み出して増やさせた時から「見張りの天使」を派遣し、人々の行状を観察させていました。

その「見張りの天使」のうちの一体であるアザゼルが、人間の娘たちの美しさに心を奪われ、他の200の仲間とともに、彼女らを妻にしようとします。

この部分は「創世記」第六章にもほんのさわり程度ですが一致する記述があります。

アザゼルたちは人間の女を妻とした代償に、女たちに医療技術・まじないなどを教えます。

また、男たちには武器の作り方や金属加工の技術を教えました。

しかし女たちが産んだ天使の子は巨人であり、人間たちを喰らい、互いに抗争するようになりました。

「進撃の巨人」そのもののような光景が繰り広げられたことになります。

ガブリエル・ミカエル・ラファエル・ウリエルの4天使は、地上のこの状況を見聞し、ヤハウェに報告します。

ヤハウェはウリエルをノアの元に遣わして裁き(大洪水)に備えるように伝え、ラファエルにアザゼルを、ミカエルに堕天使たちのもうひとりの指導者であるシェムハザを捕縛するように命じます。

天使たちはエノクに、「こういう事情でこういうことになるんだよ」ということを告げていきます。

エノクは引き続き、天使たちと堕天使たちの戦いの模様を幻視します。

最終的に、エノクは見たすべてのものを子メトセラに伝えることを書き残し、自身は神のもとへと召された、というのです。

なお、エノクの後身である天使メタトロンは、ともすればヤハウェよりも強大な力を持つ天使だとされます。

その本体は巨大な火の柱で、ルーツを辿るとゾロアスター教の神ミスラだったのではないかとも言われています。

ミスラは善の絶対神アフラ・マズダーと表裏一体の存在であるとされています。

また、その起源をたどればインド神話のミトラにたどり着きます。

ただヤハウェを主神とする宗教においては、ヤハウェは唯一絶対神ですから、天使という名前でもヤハウェを脅かすような強力な存在が登場する話は、偽典として排斥される運命にあったと言えるでしょう。

バベルの塔にまつわる小エピソード

『The Tower of Babel(バベルの塔)』(Anton Joseph von Prenner(アントン・ジョセフ・フォン・プレンナー画)、原典

ノアの洪水の後、「旧約聖書」はまたもノアの子孫たちとその寿命を羅列する記述に戻ります。

その後「バベルの塔」のエピソードを挟んで、またも系図です。

「バベルの塔」のエピソードは、傲慢になった人々が、自分たちの力を誇示するために塔を作り、神がそれに怒って、それまで同一の言語を話していたのを乱し、各地に離散させた、という感じに一般には伝えられています。

しかし「創世記」の原文によると、必ずしも人々が傲慢だったとは思えないのです。

塔を建てる際の人々の様子は「彼らはまた言った、『さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう』」というものです。

「神」という言葉は一言も使われておらず、当然「神を超える力を持とう」などとも言っていません。

にも関わらず、ヤハウェはこれを憎んだというのです。

なお、「バベルの塔」はヤハウェによって破壊されたとも考えられていますが、「創世記」には破壊されたとは書かれていません。

ヤハウェが人々の言葉を乱したので、意思疎通ができなくなり工事が途中で放棄された、となっています。

妙にリアルです。

アブラムとパロ

バベルの塔のエピソードの後は、また系図になります。

この系図がしばらく続いた後、「アブラム」という人物が登場します。

このアブラムは、ウルの郊外に住んでいた、とあります。

ウルというのは、メソポタミアの都市です。

ウルは現在ではやや内陸部に位置していますが、メソポタミア文明が栄えていた時代には、ティグリス川とユーフラテス川が合流してペルシア湾に注ぎ込む河口に位置していました。

「旧約聖書」は、「約束の地」であるカナンを中心にして展開するのですが、その最初の部分における舞台は、ユーフラテス川の流域だったのです。

後にユダヤ人と呼ばれる民族が、本当にメソポタミアにルーツを持つのか、それとも他民族の伝説を取り入れただけなのかはわかりません。

しかしユダヤ人の集団はこの後エジプトに移動したりもしていますので、古くからひとところにじっとしていない「さまよえる民」だったということは理解しておいた方がよいでしょう。

アブラムはテラという人物の子として生まれ、異母妹のサライを妻とし、甥のロトとともに生活していました。

このアブラムの元にある時ヤハウェが現れ「カナンの地を与えるからそこに向かえ」と告げます。

アブラムは言われた通りカナンの地に行き、祭壇を設けて定住しようとしました。

しかし飢饉がやってきたという理由で、あっさりとカナンの地を放棄し、エジプトに行ってしまうのです。

「創世記」には飢饉だと書かれていますが、カナンの地に元から住んでいた人々と抗争し、敗れて逃れたと考えることもできます。

それはともかくエジプトに近づいた時、アブラムは自分の妻サライに対して不思議なことを言い出します。

「お前はとっても美人だから、私がお前の夫だとわかるとエジプト人は私を殺してお前を奪ってしまうだろう。だから私の妹だということにしてくれ」と。

ちなみにこの時サライは65歳だったといいます。

このアブラムの言葉は半ば的中し、サライはエジプトを支配しているパロ(ファラオ)に見初められ、その妻となってしまいました。

「創世記」には「女(サライ)はパロの家に召し入れられた」と書いてありますが、それだけでは済んでなかったろう、というのが多数意見です。

アブラムはサライがパロに召し抱えられた後、その地位を利用して大儲けしたのだろうと思われます。

さてヤハウェはアブラムが自分の妻をパロに与えて大儲けをした、ということで怒り、「激しい疫病をパロとその家に下された」といいます。

「妹だ(これは事実)」とだけ言って「妻だ」と言わなかったアブラムの方に責任があり、事情を知らなかったパロには責任はないはずなのですが、「旧約聖書」のヤハウェはかなり身勝手かつ身びいきが酷い神なので、仕方ないパロは災難だったな、というしかありません。

実際、事情を知ったパロは、「なんてことしてくれたんだオメー!」とばかりにアブラムを叱りつけ、アブラム一家はエジプトを退散することになります。

エジプトで稼いだ巨万の富を抱えたまま。

ソドムの街

かくしてアブラムはカナンの地に戻ったのですが、財産があまりに多かったのでカナンの地が手狭になり、甥のロト(こちらもエジプトで大金持ちになっていました)といさかいを起こします。

「土地が狭すぎるのがいかんのだ」とばかりにロトはソドムの街に引っ越していきました。

ところがこのソドム、ゴモラと並んで治安が最低クラスで風紀が乱れまくった世紀末シティだったのです。

ソドムの街の名前を由来とする「ソドミー」という言葉は、主に男性の同性愛者を意味します。

このことからわかるようにソドムは「男色の街」だと考えられていました。

キリスト教では性行為は子孫を得ることを目的とした男女のものだけしか認めず、それ以外は長い間「罪」としてきました。

その根拠の一つが「ソドム」だったわけです。

ところが「創世記」を丁寧に読むと、必ずしも「ソドム=男色シティ」ではなかったのではないかと思えてきます。

ロトがソドムの街に引っ越した後、「神の御使い」がロトのところにやってきます。

ロトは御使いを家に招き入れ、歓待するのですが、その夜、ソドムの市民がロトの家を取り囲み、叫びます。

「今夜おまえの所にきた人々はどこにいるか。それをここに出しなさい。われわれは彼らを知るであろう」。

この場合の「知る」は先に説明した通り、性行為を意味します。

「彼ら」と言っていますから男であるように思えます。

ですが、ロトは群衆に対して、こう言ってなだめようとしたのです。

「わたしにまだ男を知らない娘がふたりあります。わたしはこれをあなたがたに、さし出しますから、好きなようにしてください。ただ、わたしの屋根の下にはいったこの人たちには、何もしないでください」。

男を求めて群がった人々に、娘を代わりに差し出そうとするのは、ちょっと理解できません。

ここで無理に解釈しようとすると、

A「ソドムの人々は男でも女でもOKなバイセクシュアルだった」

B「神の御使いとは天使のことで、天使には性別がないから娘で代わりがつとまると思った」

という二つの仮説が導き出されます。

どちらであったのか、「創世記」の記述からだけでははっきりとはわかりません。

ロトのこの提案に対し、ソドムの市民は激昂します。

「お前は最近この街に来た新参の癖して、何かというと場を仕切ろうとする。それが気に入らねぇんだよぉ!」と。

完全に「北斗の拳」に登場するモヒカンたちです。

さらにモヒカン…ではなくソドムの市民たちは、ロトの家に乱入しようとしますが、神の御使いが彼らを滅多打ちにして追い出します。

そしてロトに「家族を連れて逃げろ」と言いました。

ロトは妻、娘二人とその婚約者に「神がまもなくこの街を滅ぼす」と告げますが、婚約者たちは「冗談だろ」と取り合わなかったので放置し、妻と娘とともに逃げることにしました。

ロト一家が避難すると、ヤハウェは火と硫黄でソドムの街を焼滅します。

『The Destruction of Sodom–Abraham Looking Towards Sodom (Dalziels’ Bible Gallery)(ソドムの滅亡ーソドムの街を見つめるアブラハム)』(Thomas Dalziel(トーマス・ダルジール画)、原典

ヤハウェは「御使い」を通じて「非難中ソドムの方は絶対に見てはいけない。絶対だぞ」とロト一家に警告していたのですが、ロトの妻が好奇心に耐えかねてソドムの方を見てしまい、そのまま塩の柱になってしまいました。

ロトと娘たちはゾアルという街まで逃げたのですが、そこでも安心できないからと、ロトはゾアルを出て山に登り、洞窟を住居とします。

『Abram Instructing Sarah–Abram Parting from Lot (Dalziels’ Bible Gallery)(サラを導くアブラムーロトと別れるアブラム)』(Thomas Dalziel(トーマス・ダルジール画)、原典

ソドムからゾアル、ゾアルから洞窟へとどんどん寂しい所へと引っ越しを余儀なくされたロトの娘たちは「こんなんじゃ私達をお嫁にしてくれる男と出会えないわ」と考えるようになります。

その結果、父であるロトを酒に酔わせ、ロトと交わって子を産んだ、とされます。

ロトとその娘たちとの間に生まれた子孫は、ユダヤ人と対立的な兄弟氏族といわれたモアブ人・アンモン人の祖先となります。

ヤハウェはソドムとゴモラをその不品行の故に滅ぼしたのですが、自分の妻をパロに差し出してしまったアブラムといい、娘たちと交わってしまったロトといい、ソドム・ゴモラと対比される「義人」の方もあんまり褒められた行状ではないと思うのは気のせいでしょうか。

イサクの犠牲

アブラムは莫大な財産を持ち、一見幸福に生きているように見えましたが、悩みがありました。子がいないのです。

アブラムの妻であるサライは、75歳になった時に出産を諦め、エジプトから連れてきた自分の召使いであるハガルを夫の側女としました。

ハガルはすぐに妊娠した(アブラムは80を遥かに超えています)のですが、子ができたと分かると増長し、サライを目下に扱います。

サライも負けておらず、夫に自分の方が正妻であるということを訴え、ハガルを虐待します。

耐えかねてハガルは逃げ出しました。

ここに神の御使いが現れ、サライをなだめたので、ハガルは主人たちのところに戻って息子イシュマエルを産んだ、といいます。

これでアブラムの後継者問題は片付いたように見えました。

しかしアブラムが99歳の時に、ヤハウェがアブラムの前に現れて「子供をたくさん授けよう。私と契約しなさい。多くの国民の父にしてあげよう」と告げます。

また、これからはアブラムではなくアブラハムと、妻はサライではなくサラと改名せよ、さらには割礼を受け、また今後アブラハムの子孫たちにも割礼を施すように、とも。

アブラム改めアブラハムは、「自分は100歳のジジイだし妻は90歳のババアだ。なんで子供を産めようか」と思ったのですが、ヤハウェの言葉通りサラに子供が生まれてしまいました。

アブラハムはヤハウェがあらかじめ告げたように、その子をイサクと名付けます。

イサクが成長すると、サラはイシュマエルを邪魔者扱いし、その母ハガルと一緒にアブラハムのキャンプから追い出してしまいます。

イシュマエルの子孫は、ユダヤ人を除くすべてのアラブ人の祖先になった、と言われます。

ユダヤ教ではアブラハムとサラの夫婦のしたことはすべて正しい、としているので、イシュマエルについては「それなりに悪人だったから追放されたのだ」と考えています。

しかしイスラームにおいては、「神が終始保護を与えたのだから」ということで好意的に捉えています。

さてイサクがまだ生まれる前、アブラハムはゲラルという街の近くに宿営していました。

ここでアブラハムは以前エジプトでやったことをまたやらかします。

ゲラルの王にサラを「自分の妹だ」と紹介し、サラの美貌に心を奪われたゲラルの王は、サラを自分の妻にしようとしたのです。

90近くの婆さんを捕まえて美貌も何もないように思われますが、サラは外見上はいつまでも20代の美しさを保っていたから、そういうことになったのだ、と説明がされています。

エジプトのパロはサラと結婚してしまいましたが、ゲラルの王の場合は未遂で終わりました。

ヤハウェがゲラルの王の夢に現れ「あれな、アブラハムの妻だよ」と言ったのです。

「ひでぇことしやがる!後少しで俺は大罪人になるところだった!」とゲラルの王は怒り、アブラハムを捕まえてなんでそんなことをした、と非難します。

アブラハムはエジプトの時と同じように、「妻だと言うと自分を殺してサラを奪われると思ったからだ」と答えます。

またすべては神があなたを試そうとして行ったことだ、とも話しました。

現代とは生活規範がまるで異なる時代のことですから、その分かなり割り引かなければなりませんが、アブラハムはあちこちでかなり酷いことをしていたように見えます。

また、そのアブラハムのところに出現するヤハウェも、かなり理不尽な要求をアブラハムやその周囲に対して突きつけているようです。

ある時ヤハウェはアブラハムのところに現れ、「お前の息子イサクをモリヤの地に連れていき、そこの山で私に犠牲として捧げなさい」と告げます。

ヤハウェはアブラハムを多くの氏族の祖先とする、と言っています。

その子孫は追放された庶子イシュマエルではなく、嫡子イサクの子孫だ、とも。

にも関わらず、そのイサクを犠牲としろ、と言い始めたのです。

アブラハムはヤハウェの言う通り、イサクを連れていき、少年を犠牲に捧げようとします。

と、その瞬間ヤハウェが現れ「イサクを殺すな」と言うのです。

アブラハムがヤハウェの言うことに絶対に服従するかどうかを確かめたのだ、とヤハウェは続けました。

アブラハムが文句も言わずにヤハウェに従おうとしていたので、ヤハウェはアブラハムとイサクとを祝福し、「子孫を繁栄させる」との誓約をアブラハムとの間に交わします。

ここでかなり、ヤハウェの神としての性格がわかってきます。

ヤハウェはとにかく自分に絶対的に帰依することを要求し、帰依したものに対しては、たとえその生き方が理不尽であってもその立場を「善である」と保証してくれるのです。

またヤハウェは常に自分に絶対的に帰依してくれる人物を探し求めているようでもあります。

「旧約聖書」ではヤハウェは最初から唯一絶対の神として描かれていますが、実際には近隣に多くのライバルを抱えながら奮闘する中小企業の社長のような神だったのだ、ということが伺えます。

最終的にこの神は大企業どころか世界を支配するようなグローバル企業のCEOのような地位まで「出世」するので、「下積み」時代のことを想像するのは難しいのですが。

イサクの息子たち

『Isaac Meeting Rebekah–Esau Selling His Birthright (Dalziels’ Bible Gallery)(リベカと出会うイサクー長子の権利を譲るエサウ)』(Thomas Dalziel(トーマス・ダルジール画)、原典

イサクは成長すると、リベカという女性を妻にし、エサウとヤコブの双子を授かります。

兄のエサウは猟師となり、弟のヤコブは遊牧者となりました。

イサクはエサウが獲ってきた獲物の肉が好きだったという理由でエサウ贔屓でしたが、リベカはヤコブの方を愛していました。

ある時エサウはお腹を減らして家に帰り、レンズ豆のスープを煮ていたヤコブに「それを食わせてくれ」と頼みます。

ヤコブは「いいけど、兄さんの長子の権利を僕におくれよ」と言い、承諾したエサウにパンとスープをふるまいます。

かくしてヤコブが長子の権利を獲得し、アブラハムの血統はヤコブの子孫を嫡流だと認めるようになるのです。

ある時イサクの住んでいる土地に飢饉が起こり、イサクはエジプトに移動しようとします。

彼はゲラルの王の所に行き、その旨を伝えました。

するとゲラルの王は、「エジプトには行くな」と言ったので、イサクはしばらくゲラルに住むことにしました。

イサクの妻リベカは美しかったため、ある人がゲラルの王の妃候補にしようとし、ゲラルの王の所に連れていきます。

イサクはかつて父がそう言ったように「これは自分の妹だ」と言ってリベカを差し出してしまいました。

しかししばらく後、ゲラルの王はリベカがイサクと「戯れて」いるところを見てしまいます。

誰も見ていないと思ってイチャイチャしていたのでしょうか。

これでゲラルの王は「あれイサクの嫁じゃん」と悟り、「俺に罪を犯させようとしたな」と文句を言いつつリベカを戻します。

イサクは「妹だと言わないと自分が殺されると思った」とこれまた父と同じ言い訳をしました。

ちなみに、このゲラルの王は名をアビメレクといい、かつてサラを妻にしようとした王と同一人物です。

人の妻を自分の妻にしてしまった時のヤハウェの罰の恐ろしさを知っているので、アビメレクはイサクに多大な贈り物をし、災厄が自分に降りかからないようにしました。

これにより、イサクはますます富み栄えたといいます。

さてそんなイサクも、やがて年老い目がよく見えなくなり、死期が間近いことを悟ります。

イサクはエサウを呼び、自分のために鹿を狩り、その肉を食べさせてくれ、と頼みます。「そうすればお前を祝福しよう」と。

これをリベカが聞きつけ、ヤコブを呼びます。

「お父さんは兄さんに鹿肉料理を作って食べさせろ、そうしたら祝福する、と言っています。あなたはいい感じの仔山羊二匹を取ってきなさい。それを母さんが料理するから、父さんに食べさせて祝福を受けるのよ」。

ヤコブは答えます。

「でも兄さんは毛深くて僕はつるつるです。父さんは目が見えなくなっているけれど、触られればバレちゃいます」。

リベカは「責任は全部母さんが取るから」と仔山羊を取りにいかせ、戻ってきたヤコブにエサウの服を着せ、手と首のところに仔山羊の毛皮を貼り付けます。

仔山羊の料理を食べたイサクは、ヤコブに触れ「声はヤコブだが、手はエサウだ」と言います。

そして約束通り、エサウ(に化けたヤコブ)を祝福します。

この場合の祝福というのは、家督相続の権利を与える、ということとほぼ同じ意味と考えてよいでしょう。

ことの次第を知ったエサウは激怒しますが、ここでまたリベカがヤコブを自分の兄ラバンの所に逃し、エサウはヤコブを殺すことができませんでした。

ヤコブ出世物語

伯父ラバンのところに逃れたヤコブは、ラバンの娘ラケルと出会い、彼女の手引でラバンに引き合わせられます。

出会った瞬間からラケルに一目惚れしていたヤコブは、彼女を妻にするために七年間ラバンのもとで働きました。

七年後、ラバンは約束通り娘をヤコブの妻としてくれたのですが、それはラケルではなく姉のレアでした。

ヤコブがラバンに抗議するとラバンは「いや我々のところには姉より妹を先に嫁に出すというルールはないから」と突っぱねます。

ヤコブはまた七年ラバンのために働き、十四年目にようやくラケルを妻として迎え入れます。

こうまでして娶ったラケルなのですが、なかなか子を産んでくれません。

レアは妻としてはあまり好かれていなかったのですが、ぽんぽんとヤコブの子を生みます。

焦ったラケルは、かつてサラが行ったのと同じ「自分の女奴隷を夫の妾として子を得る作戦」を実行します。

当時のユダヤ人の慣習では、ある人の妻が自分の女奴隷を夫の妾として産ませた子は、自分の子扱いになる、となっていたようです。

ラケルに対抗し、レアも自分の女奴隷にヤコブの子を産ませるようになります。

ラケル自身も、長い年月の後待望の息子ヨセフをもうけます。

このヨセフは順番で言えばヤコブの11男ですが、ヨセフの系統がユダヤ民族の嫡流扱いされるようになります。

ラバンの元で必死に働いたヤコブは、やがて巨大な財産を得るようになりました。

その結果、ラバンとの仲が悪化してしまいました。

「ヤツの財産は、俺の財産をちょろまかして築き上げたのではないか?」という疑いをかけられてしまったのです。

ヤコブは彼のもとに現れたヤハウェの言葉に従い、ラバンに事情の説明をせず、逃げてしまおうと思いました。

この際、何を考えたかラケルは、ラバンの「テラピム」を盗み出してしまったのです。

「テラピム」は個人が礼拝に使う神像のようなものであったようです。

後に「アブラハムの宗教」と呼ばれるユダヤ教・キリスト教・イスラームでは、偶像崇拝が禁じられています。

「テラピム」はその偶像に相当するため、後にこれに祈る行為は廃れていったようです。

ただ、ヤコブやラバンの時代は、それが財産権の象徴ともされる重要アイテムだったのです。

この頃のヤハウェは、「私はヤコブの神である」などというように、個人名を出してその人の神である、という名乗り方をします。

当時の人の間では、神はプライベートな存在で、自分の神を自分一人だけではなく、支配する人々すべてに信じさせることができた人間が、指導者とされたのかも知れません。

それはともかく、大事なテラピムを盗まれたと思ったラバンは、ヤコブの天幕を探し回ります。

しかし、ラケルはテラピムをラクダの鞍の下に入れ、自分自身がその鞍に座るようにしていたので、ラバンはテラピムを見つけることができなかったのです。

ラケルは鞍の上に座ったまま「私生理だから立ち上がることができないの」とラバンに言って、テラピムを隠し通したのです。

事情を知らない(ことになっている)ヤコブは、濡れ衣を着せられたとラバンをなじり、ラバンはお詫びをして退散します。

これでラバンとヤコブの争いはなあなあで終わりました。

『Jacob and the Flocks of Laban–Jacob’s Departure from Laban (Dalziels’ Bible Gallery)(ヤコブ、ラバンとその群れーラバンのもとを出発するヤコブ』(Thomas Dalziel(トーマス・ダルジール画)、原典

ヤコブは自分の故郷に戻ろうとします。

そこではかつて仲違いした兄エサウが待ち受けているはずでした。

近い将来起こる激突を予想しながら、ヨルダン川の支流であるヤボク川を渡ろうとします。

しかしそこに一人の男が現れ、ヤコブに組み討ちの勝負を挑みます。

ヤコブは男と一晩中戦ったのですが決着はつきません。

激しい戦いの結果、ヤコブは大腿骨の関節を外されてしまいました。

ここに至り、不思議な男は勝負をやめて去ろうとします。

ヤコブは名を問いますが相手は答えず、「あなたはこれからイスラエルと名乗りなさい」とだけ言いました。

イスラエルというのは、「神に勝ったもの」という意味です。

ユダヤ教やキリスト教の教会では、この相手は神の御使いであったと言っていますが、ヤコブ本人が「神と顔を合わせたのにまだ生きている」などと言っているので、御使い、つまり天使ではなくヤハウェ本人であった可能性が大です。

さて予想されたエサウとヤコブの衝突ですが、ヤコブが莫大な贈り物をエサウに捧げようとしたこともあり、あっさりと回避され、ヤコブは故郷に戻ることができました。

「創世記」にはそれ以後のことは書いてありませんが、他の文献によると、その後兄弟の仲は再び悪化し、最終的にエサウはヤコブに射殺されたということです。

ヤコブは最終的に、12人の息子と1人の娘を得ました。

順番に名を挙げると ルベン、シメオン、レビ、ユダ、イッサカル、ゼブルン、一人娘のディナ(以上、レアとの子)、ダン、ナフタリ(ラケルの女奴隷の子)、ガド、アシェル(レアの女奴隷の子)、ヨセフ、ベニヤミン(ラケルの子)です。

この12人の息子がユダヤの12氏族の祖先となった、と言われています。

厳密に言うとこのヤコブの12人の息子のうち、レビを始祖とする氏族は祭司を専門に扱って土地を所有しなかったので12部族のうちには入れません。

また、ヨセフその人の子孫を「ヨセフ族」とはせず、その代わりヨセフの子エフライムとマナセを始祖とする2氏族を加えて12氏族としているのです。

実際にはこれにレビ族が加わるので13氏族となります。

これらのうち、レビ族・ユダ族・ベニヤミン族以外は散り散りになってしまい、歴史からその姿を消してしまいます。

ユダ族とベニヤミン族は次第に統合されていき、全体としてユダ族と呼ばれるようになり、後には「ユダヤ人」と呼ばれるようになります。

なので厳密に言ったら、「創世記」に出てくる人々をユダヤ人と呼ぶのは適当ではないということになりますが、紛らわしいのでここではすべて「ユダヤ人」で通します。

売られたヨセフ

「天地創造」から始まった「創世記」ですが、イスラエルの異名を持つヤコブの息子ヨセフの物語が最後に語られ、その後を「出エジプト記」に委ねます。

ヨセフは父が年を取ってからの子であり、最愛の妻ラケルの子であったため、父に溺愛されました。

ヨセフには同母の弟ベニヤミンがいるのですが、こちらはヨセフほど父には愛されなかったようです。

ベニヤミンを産んだことが原因で母ラケルが死んでしまったことが影響していたのでしょうか。

ヨセフは子供の頃から不思議な夢を見る人物でした。

ある時、「畑の中で兄弟と一緒に藁束を作っていたら、自分の束だけが立って兄弟たちの束がそれを伏し拝んだ」とか「日と月と11の星が私を拝んだ」などと言う夢を見たと、父に告げます。

それを聞いた兄弟たちは、「我々全員がヨセフのヤツに服従することになるというのか」と怒り出します。

兄弟たちは穴を掘り、ヨセフから服を剥ぎ取り穴の中に落としました。

ただ、最年長のルベンが「殺すな」と言ったので命は取りませんでした。

また、ユダが「殺しても何の益もない。イシュマエル人の隊商に売ってしまおう」と言い、兄弟たちはその通りにしました。

兄弟たちは剥ぎ取ったヨセフの服に雄山羊の血をつけ、ヤコブの元に持っていきます。

ヤコブはヨセフが野獣に食われたと思い、嘆き悲しみます。

ヨセフは隊商によってエジプトへと連れていかれ、そこで数奇な運命を辿ることになります。

その話を語る前に、ユダの子たちに関わる小さなエピソードがあるので、それをまず紹介しましょう。

オナンへの風評被害について

ユダはカナン人のシュアを妻とし、エルとオナンいう子を得ました。

エルが成長すると、ユダはエルのためにタマルという女性を妻に迎えてやります。

しかしエルは悪人だったため、ヤハウェの罰を受けて死んでしまいます。

そこでユダはオナンに、「兄の妻のもとに行き、子を作れ」と命じます。

先に、「妻の女奴隷が産んだ子は、主人である妻の子とされる」というユダヤ人ルールについて触れましたが、男性についても同じようなルールがあったようです。

つまり、夫が死亡した後、その兄弟と作った子は、その本当の父の子ではなく死んだ夫の子になる、というものです。

というわけで、オナンは「兄の妻の所にはいった時、兄に子を得させないために地に洩らした」というのです。

ヤハウェは怒ってオナンも殺してしまいました。

オナンのした行為は自慰であるとされ、オナンの名は自慰を意味する「オナニー」の語源になりました。

しかし、「創世記」の記事を素直に読む限り、彼がしたのはいわゆる膣外射精であって、自慰行為と解釈するのは難しいようです。

なにしろ、パートナーとなる女性がその場に居たというのですから。

にもかかわらず、オナンは「オナニーの元祖」という不名誉(?)な通り名を与えられてしまい、その風評被害は現在においても止むことがなくなっているのです。

なお、タマルの方ですが、ユダによりオナンのさらに弟の妻になるようにと命じられました。

しかしその弟もまた死んでしまうのではと不安になった彼女は、一計を案じて神殿娼婦のフリをし、ユダ本人と性行為をしてしまいます。

末の息子との結婚式がまだなのに、妊娠したタマルを見て、ユダは焼き殺せと命じますが、タマルが「このお腹の子の父はユダだ」ということを証拠を添えて主張したため、ユダはタマルを殺すのをやめ、タマルは双子を出産します。

エジプトでのヨセフ

『The Story of Joseph(ヨセフの物語)』(Biagio d’Antonio(ビアージョ・ダントニオ画)、原典

ヨセフはイシュマエル人の隊商によってエジプトに連れていかれ、エジプトで売られてしまいます。

彼を買ったのはファラオの護衛隊長のポティファルという人物でした。

このポティファルがそこそこ実直な人物であったようで、ヨセフは彼に可愛がられます。

ヨセフには生来経営の才能があり、主人の財産を増やし、ついには執事のような地位に出世します。

ヨセフは美男子でした。

このためポティファルの奥方がヨセフを誘惑しようとします。

「創世記」にはストレートに、ポティファルの奥方がヨセフに「私と寝なさい」と言ったと書かれています。

ヨセフは拒絶しましたが、ポティファルの奥方は何日も連続でヨセフを誘惑します。

とうとうヨセフは彼女に、服を奪われてしまいます。

ここでポティファルの奥方は、「ヨセフが私たちにいたずらをしようとした」と言い、ヨセフの服を証拠として出します。

妻の言葉を聞き服を見せられたポティファルは激怒し、ヨセフを捕らえて自分の家の中にある王の監獄に放り込んでしまいました。

しかしヨセフはここでも経営の能力を発揮し、またたく間に囚人の事務を管理する役職に取り立てられます。

日本でいう牢名主のようなものでしょうか。

ある日ファラオの給仕長と料理長がファラオの怒りを買い、監獄に収監されます。

そこで二人は不思議な夢を見て、これは何を意味するのかとヨセフに尋ねます。

ヨセフは夢を解き、3日のうちに給仕長は解放され、料理長は処刑されると告げます。

果たしてその言葉の通りになりました。

ただ、給仕長は解放されると、ヨセフのことを忘れてしまったのです。

それから2年の月日が流れます。

ファラオは夢を見ました。

その夢が気になって、それは何を意味するのかと給仕長に尋ねます。

すると給仕長はヨセフのことを思い出し、ヨセフに夢解きをさせるようにとファラオに勧めます。

かくしてヨセフは解放され、ファラオの夢を「七年の豊作の後に飢饉が来ることの予兆」だと言い、賢人を登用して今からしっかり貯えをさせ、飢饉に備えるように、と忠告します。

ファラオは感激してヨセフをエジプトの宰相に任じます。

つまり、飢饉に備えて貯えができる賢人はヨセフだ、と認めたのです。

さらに上級神官の娘を妻として与えました。

売られて来た少年が、大出世をしたわけです。

七年後、ヨセフがファラオの夢を解いて予言した大飢饉が、本当にやってきました。

エジプトはヨセフの努力により、大量の穀物を貯えていたので国民が飢えることはありませんでしたが、ヨセフの故郷であるカナンの地では、食料が不足するようになっていました。

ヨセフの兄弟たちはエジプトに行って食料を得ようと話し合い、父ヤコブにそのことを話します。

ヤコブは息子たちのエジプト行きを許可しましたが、末子ベニヤミンだけは手元に残しました。

愛妻ラケルの産んだ末っ子なので、他の兄弟と一緒に災難に遭うのを恐れたのだといいます。

エジプトにやって来て、宰相に拝謁した10人を見たヨセフは、すぐにそれが自分の兄弟たちだということに気が付きます。

しかし、兄弟たちは宰相がヨセフだとは気づきません。

ヨセフはわざと声を荒げ、兄弟たちに食料を奪いに来た野盗ではないかという疑いをかけます。

兄弟たちは驚いて弁明し、自分たちの身元について語りますが、ヨセフは「その父の所に置いてきたという末っ子を見なければ信じることはできない」と冷たく言い放ち、彼らを獄に閉じ込めてしまいます。

3日後、ヨセフは「兄弟のうちの一人を人質に取る。君たちは食料を持って故郷に帰り、人々の飢えを満たした後に末っ子を連れて戻って来い」という条件を出しました。

兄弟のうちシメオンのみが人質として残り、他は食料を携えてカナンの地に戻ります。

兄弟たちはヤコブの所に行き、ベニヤミンをエジプトに連れていく許可を得ようとします。

しかしヤコブは、「すでにヨセフがいなくなり、シメオンもいなくなった。今またベニヤミンがいなくなろうとしている。もしもベニヤミンの身に危害が及んだらお前たちはどう責任を取るのだ」と渋ります。

そこで最年長のルベンが「自分の二人の子を人質にするから」と言ってなんとかなだめますが、ヤコブは首を縦に振りません。

そうするうちに飢饉がさらに激しくなり、ヤコブ一家の食料はまたも乏しくなりました。

ヤコブは息子たちに「またエジプトに行って食料を買ってこい」と言います。

そこでユダが、「ベニヤミンを連れてこい」とのエジプトの宰相との約束について再び語ります。

こうしてようやく兄弟たちはベニヤミンを連れてエジプトに行くことができたのです。

エジプトの宰相…つまりヨセフはエジプトに来たベニヤミンを含む兄弟を歓待しますが、まだ自分の正体を明かしはしません。

ヨセフは家人に命じて、ベニヤミンの荷物に、自分が使っている銀の杯をそっと入れさせました。

翌日、適当な時間を見計らってヨセフは家人を走らせ、兄弟たちの後を負わせます。

そして「銀の杯を盗んだな?」と言いがかりをつけ、兄弟たちを捕縛します。

引き立てられてきた兄弟たちに、ヨセフは「盗んだものだけを私の奴隷として残す。残りは帰ってよい」と言います。

これに対しユダが「年老いた父と固く約束をした。何があっても自分たちはベニヤミンを父のところに連れて帰らなくてはならない。奴隷にするならベニヤミン以外の全員を奴隷にし、弟は父のもとに返してくれ」と熱弁をふるいます。

これにヨセフは涙を隠すことができなくなり、別室に行っておいおいと泣いた後、兄弟たちのところに戻り、自分がヨセフであることを明かします。

ヨセフは兄弟たちに、「飢饉はまだ続くから、カナンにいる父も連れてエジプトに移住するように」と告げます。

かくしてヤコブはエジプトに渡り、ヨセフと再会します。

やがてヤコブはエジプトの地で死に、ヨセフがその遺言を聞き取り、兄弟たちに伝えます。

ヤコブの死後ヨセフは110歳まで行き、エジプトで死んだと述べて、「創世記」は終わります。

まとめ

「創世記」はユダヤ教・キリスト教・イスラームの聖典ですが、宗教色を薄めて神話や民族の歴史書として読んだ場合、かなりユニークなものとなります。

周辺の民族に、こんな変わった物語を伝えているものはありません。

「創世記」を独自なものとしているのは、それが一箇所に定住していた人々の神や歴史について述べたものではなく、アナトリア半島の根っこあたりに文化的起源を持ち、メソポタミアのウルからカナンの地に至って定住しようとし、それが叶わずエジプトとの間をうろちょろしていた「定住地を持たない民」のそれであったからです。

実はそういう民は、ユダヤ民族以外にも数多くいたと思われるのですが、それらは残らず多民族に征服されたり吸収されたりしてしまい、記録とともに歴史の闇の中に消えてしまっています。

「創世記」は、現代まで生き残ることができたほぼ唯一の「定住地を持たない民族」の信仰や歴史を記した書であるために、他に類例を見ない存在となっているのです。

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