フェアリー・ビリーフ(妖精信仰)。
それは途方もなくとおい昔からいまに伝わる、記録にも残されていない古の信仰。
インド・ヨーロッパ地域で広く信じられてきたこの生きものは、人間よりはるかに強い力をもつとされ、そのために恐れられ、また敬意をはらわれてきました。
恐れられていたのは、妖精がこの世にふたたびもどってきた死者の魂と関係していると考えられてきたからでしょう。
そのため、妖精信仰は宗教とも深いつながりがあります。
自然とともに生活する農民たちの素朴な心に、妖精は自然のさまざまな現象を具現化したものとして映ったのかもしれません。
妖精は、ミルクや油のようなささやかな生贄を捧げることで喜び、気が向けば農民の手助けをしてくれます。
人に親切にすることもあれば、人に害をなし、惑わすこともあります。
おそろしい仕返しをしに来ないようにするためには、特別な儀式をして妖精たちをなだめる必要もあります。
いったい、このやっかいな生きものはどのような存在なのでしょうか?
アニメに漫画に文学にひっぱりだこの妖精たち
妖精たちの故郷イギリスでは、妖精は文学世界で人気の登場人物です。
「ハリー・ポッター」「指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)」「ホビットの冒険」……。
どれも映像化され、高い人気を集めている作品なので見たことがある人も多いでしょう。
日本でも、妖精はアニメや漫画の題材として人気です。
たとえばヤマザキコレの漫画「魔法使いの嫁」。
牛骨の頭を持つ人間ならざる異形の魔法使いに、魔法使いの弟子兼、花嫁として迎えられた主人公チセが妖精と魔術の世界で生き抜く物語。アニメ化もされています。
この漫画で重要な役割を果たしているのが、妖精王オベロンとその妃であり女王でもあるティターニア。
ふたりは妖精の夫婦です。
作中では妖精たちの姿があまりにも生き生きと描かれているから、作者の創作物と信じてしまいそうになります。
しかしじつは彼らの起源はもっともっと古く、まだ文学が人の手で生み出されるよりもずっと前にあります。
その起源を探る手掛かりの一つが、シェイクスピア(1564-1616年)による喜劇「真夏の夜の夢」です。
「真夏の夜の夢」は森に住む妖精たちがくりひろげるドタバタ劇。
フェアリー物語の代表ともいえる物語です。
漫画「魔法使いの嫁」にも登場する、妖精王オベロンと妖精の女王ティターニアのほか、牛骨の頭を持つ魔法使いに似たキャラクターも登場します。
今回は三回のシリーズに分けて、妖精たちについてお話しましょう。
シェイクスピアの「真夏の夜の夢」の物語を手がかりに、「妖精」の正体と来歴を探る旅のはじまりです。
妖精たちが繰りひろげるドタバタ劇、シェイクスピアの「真夏の夜の夢」あらすじ
「真夏の夜の夢」は、登場人物が多いことでも有名です。
最初に、物語に現れるキャラクターの名前をおさらいしておきましょう。
主な登場人物は以下の通りです。
- デメトリアス
- ライサンダー
- ハーミア……ライサンダーの恋人
- ヘレナ……デメトリアスの元婚約者
- ロバ頭の男……もと人間。パックに姿を変えられている。
- オベロン……妖精の王
- ティターニア……オベロンの妃。妖精の女王。
- パック……妖精
舞台は、昔むかしのアテネ。
若い娘ハーミアは青年ライサンダーと恋仲にあります。
しかし父親はべつの青年デメトリアスと娘を結婚させようとしているようす。
それに怒ったハーミアはライサンダーと駆け落ちしようと夜の郊外の森へ。
二人の駆け落ちを打ち明けられたのが、密かにデメトリアスに恋する親友のヘレナ。
ヘレナはデメトリアスに内緒話をもらしてしまいます。
駆け落ちを阻止しようと二人を追いかけて森へ入ったデメトリアス。
そのデメトリアスの後を追いかけるヘレナ。
舞台は変わってアテネの森。
森のなかでは、妖精王オベロンと妖精女王ティターニアがインド王から盗んできた美少年を巡って夫婦げんかの真っ最中です。
ティターニアに腹をたてたオベロンは、惚れ薬を使って彼女をこらしめることにします。
惚れ薬は、その汁を眠っている者の目に塗ると、目覚めて最初に目に入った者に恋をしてしまうという代物。
オベロンはいたずら好きの妖精パックに惚れ薬をとりに行くよう命じました。
森で眠っている女王に惚れ薬を注いだパック。
しかし、眠っているライサンダーにも惚れ薬を注いでしまったからさあ大変。
魔法の力を知らないヘレナが眠っているライサンダーを起こすと、ライサンダーはヘレナを愛するようになってしまいます。
手違いに気付いたオベロンはデミトリアスにも惚れ薬を注ぎます。
すると、あれだけハーミアのことを愛していたライサンダーとデミトリアスはヘレナに熱烈な求愛をするようになってしまいました。
事態は最悪。状況はしっちゃかめっちゃか。
怒り狂って罵りあうハーミアとヘレナ。
ヘレナを巡って決闘を始めようとしているライサンダーとデミトリアス。
これはまずいと思ったオベロンとパック。
魔法で四人の若者たちを眠らせて、ライサンダーの目に解毒剤を注ぎます。
そこに、ちょうど森を通りかかったアテネの職人がいました。
妖精パックはいたずらで、職人の頭をロバ頭に変えてしまいます。
眠りから目を覚まし、目に最初に飛び込んできたロバ頭の男に熱烈な求愛をはじめるティターニア。
こうして妖精の女王がロバの化け物に恋焦がれるという目もあてられない光景が起こってしまいます。

大事にしていたインドの少年をオベロンに譲り、ロバ頭の男と一緒に甘いひと時を過ごすティターニア。
女王の醜態を楽しんでいたオベロンは少年を手に入れたことに満足して、ティターニアとロバ頭にかけられた魔法を解きます。
ロバ頭の男は混乱しながらもアテネへ帰っていきました。
こうしてパックのいたずらとオベロンの計画による大混乱の末、二組の恋人同士のできあがり。
ハーミアとライサンダーはもとどおり。
デメトリアスとヘレナは愛し合うようになります。
恋人たちは幸せな結婚式を挙げ、オベロンとティターニアは仲良く妖精たちを従え、若者たちが幸せな家族を築くように祝福を授けました。
どうでしたか?
華やかで賑やかな「真夏の夜の夢」は、舞台にバレエに映画にと人気を博しました。
次回の記事では、文学世界に描かれた妖精たちの姿をさかのぼってみましょう。
※ライター:馬場紀衣
コメントを残す