「海幸(ウミサチ)と山幸(ヤマサチ)」の神話をご存知でしょうか?
古事記・日本書紀に出てくる、日本神話のひとつです。
ただし日本神話の中でも、これはかなり「異色」な物語です。
ライターである私個人も、この神話は、当初スキではありませんでした。
よくわからないし、どこか薄気味悪いし。
しかし先日、田舎の実家に帰ったところ、私の子供が祖父母の用意してくれた絵本の中で、ウミサチヤマサチの絵本に好奇心を抱きまして。
何度も読み聞かせをしてあげているうちに、私もなんだかディテールまでを完全に覚えてしまいました。
そしてその後たまたま、いわゆるTPPに絡んだ「太平洋をとりまく諸国はみんな文化的にとても近い」という記事を読んだとき、そこに書かれていた事実に「あっ」と声をあげてしまいました。
なんとウミサチヤマサチの物語は、日本神話だけのものではなく、太平洋を取り巻く全地域にソックリな物語が分布している、神話学としてたいへん興味深い題材だったのです!
というわけで今回は、「ウミサチヤマサチがつなぐ太平洋諸国の和」のお話を紹介します!
とはいっても、TPPに関する政治議論はしませんので、悪しからず!
むしろ「TPPをやる・やらない」などというせせこましい経済の話なんか吹き飛ぶ、人類の深いキズナの話です。
これを知れば私のように、「ウミサチヤマサチの神話こそ、ダイスキ!」な人に変わってしまうことでしょう。
Contents
まずは整理から:ウミサチヤマサチのあらすじ

最初に、ウミサチヤマサチ神話のストーリーをおさらいしましょう。
これまで知らなかった人も、まずは以下のあらすじを追ってみてください。
「えー!なんだこれは?!」となるかもしれませんが、私も最初はそのように感じましたので、そんな感想を持ったとしてもご安心を!
- むかしむかし、日向の国(現在の宮崎県)に、ウミサチとヤマサチの兄弟がいました。
- 兄のウミサチは毎日、海に釣りにでかけ、弟のヤマサチは毎日、山で狩りをしていました。
- ある日、弟のヤマサチが、「たまにはいつもと違うことをやりたい。お兄さんの釣り針と私の弓矢を交換しませんか? 明日は、私が釣りに、お兄さんが狩りをやってみる日にしましょうよ」と言い出しました。
- 兄のウミサチは、「え? なんで? 意味わかんないし、普通にイヤなんだけど・・・」と言いました。
- 「いいじゃないですか一日くらい」としつこい弟に根負けして、兄のウミサチもその話に乗りました。
- 翌日、ヤマサチは海に出かけましたが、慣れない釣りでうまくいかず、しかもお兄さんに借りた釣り針をなくしてしまいました。なんてやつだ!
- 帰ってきて顛末を話したヤマサチに、兄のウミサチは激怒しました。
- ヤマサチは手作りで別の釣り針を作りましたが、ウミサチは「あの釣り針こそがどんな魚でもとらえられる究極の釣り針なのだ。お前の手作りでは代わりにならん」と許してくれません。
- そこでヤマサチがなくした釣り針を探しに再び海にいくと、謎の老人が海から現れ、「かわいそうに。わしがあなたを海神様の宮殿へ案内しよう」と言いました。
- ヤマサチは喜んで、その話に乗りました。
- その後三年間、ヤマサチは海底にある宮殿で、美女たちに囲まれて楽しく暮らしました。
- ある日、ヤマサチは「やべっ!そもそも兄貴の釣り針を探していたのに、気づけば三年も遊んじゃった!」と言い出しました。
- 宮殿の姫君が魚たちを集めて、なくしていた釣り針を見つけてくれました。
- ついでに姫君は、「陸へ帰ったとき、もしお兄さんが許してくれなかったら、このアイテムを使って水属性攻撃でお兄さんをやっておしまいなさい」と、シオミツタマという宝物をくれました。
- 三年ぶりに陸に戻ったヤマサチを、ウミサチは怒りました。
- ヤマサチが釣り針を返しても、ウミサチは「それとこれとは別!三年もどこに行っていた!」と許してくれません。
- ヤマサチがシオミツタマを使うと、兄のウミサチはたちまち、そこに現れた巨大な水流に呑まれてしまいました。
- ヤマサチが「これからは仲良くしますか?」と迫ると、溺れる寸前の兄は「はい、仲良くします!」と叫びました。
- ヤマサチはウミサチを許してやり、以降、二人は仲良く暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
……いや、別にめでたくはないでしょう!
どう考えても弟のほうが悪くて、非道ではないですか?!
神話っていうものには、素朴な勧善懲悪や、素朴なヒーロー物語を期待していたのに、なんだろうこの読後感の悪い話は!!
ウミサチヤマサチの物語は何か別の神話の亜種である可能性が!
さて、今回の話はここで終わりません。
冒頭でお伝えしたように、面白いのはここからなのです!
このウミサチヤマサチの神話にそっくりなものが、太平洋の各地に伝わっているのです。
後藤明さんの著作『ハワイ・南太平洋の神話』で紹介されている例をあげましょう。
インドネシアには以下のような神話があるそうです。
- 天界に住んでいたある兄弟の弟が、兄から借りた釣り針を海でなくしてしまいました。
- 兄は「釣り針を返せ」と大激怒。
- 弟が釣り針を探していると、一匹の魚が同情してくれました。
- 魚は海中で釣り針を探し、ちゃんと見つけてきてくれました。
- これで弟は釣り針を返せるようになりましたが、あまりに怒られたので普通に返すのはどうもシャクだと思い、一計を案じました。
- お兄さんが寝ているところに自分のお酒の筒を仕込んでおいたのです。
- お兄さんが起きたとき、酒筒がひっくり返って、お酒がこぼれてしまいました。
- 「こぼしたお酒を元通り返してくれ」と迫る弟に、お兄さんは「ごめん、これでオアイコだな」と謝りました。
- これで仲直りした上に、釣り針も返せて、めでたしめでたし。
- ちなみにそのお酒をこぼしたところから、天地を貫く穴ができ、天界の兄弟たちが地上に遊びに来られるようになりました。そうやって天界からやってくるようになった彼ら兄弟が、われわれ、地上の人間の祖先なのです。
こちらでも弟が少しズルいような気はしますが、そんなに違和感はないですね。
むしろ、最後に兄弟が仲直りしたことで、「二つの世界が合体し、調和がもたらされた」というテーマが明快になっています。
ああそうか、日本のウミサチヤマサチの話も、海の世界と山の世界が和解をすることで、食材の豊穣な国(日本)がもたらされた、というのが言いたかったテーマなのかもしれない。
そう考えると、たちまち、ウミサチヤマサチの話がスキになったという次第です。
※もっともウミサチとヤマサチの話は、大和朝廷による南九州の征服を語った神話なのだという重要な説もありますが、その話はまた長くなりそうなので、この記事では割愛しますね。
まぁそれらを鑑みても、なんだか日本版の「ウミサチヤマサチ」は論理がぶっとんでいて印象はヘンですが……。
これは、もともと太平洋のどこかで生まれた神話が、伝承されてくる間に少しずつ内容が変わって、日本に来た時にはかなりオリジナルから違う亜種になってしまっていた、ということなのかもしれません。
まとめ:ウミサチヤマサチの向こうに見える、古代の「太平洋文明圏」の可能性!
このように、ウミサチヤマサチは、どうやら日本で生まれた話ではなく、太平洋をわたって外国からもたらされた輸入品らしい。
ではオリジナルはどこにあるか、となると、上記のインドネシアの他に、パラオにもニューギニアにも、果てはアメリカ大陸先住民にもそっくりな神話があって、発祥の地の特定はほとんど不可能ということです。
ただしひとつ、言えることがあります。
どうやら、古代の太平洋は、漂流の結果なのか意図しての航海なのかは曖昧ですが、島と島との間を人が行き来することは、けっこう頻繁にあったらしい。
アメリカ大陸についても、コロンブスが発見するよりもずっと前に、太平洋諸国の島民たちが存在を知っていて、接触もしていた可能性が高い、ということです。
言われてみれば最近、「太平洋をカヌーで横断する」という試みが成功してニュースになったり、「意外と太平洋は原始的な航海術でも渡れる」ことが立証されてきています。
まだまだナゾの多い、古代の太平洋。
ウミサチヤマサチを通して、「きっと想像以上に活発な文明の交流ルートが、古代の太平洋にはあったに違いない!」と夢をふくらませてみても、あながち、夢想ではないのかもしれませんね!
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