アーサー王伝説をご存知だろうか。
6世紀頃、現在のグレートブリテン島を統率していた王にまつわる物語である。
アーサー王が活躍したとされる時代の物語には、長い年月の間にヨーロッパ各地に伝わる伝承が取り込まれ、その総称が「アーサー王物語」とされている。アーサー王を扱った物語は時代を超え多くの人々に親しまれており、1000年以上たった今でもその物語は生き続けている。
――これは、そんなアーサー王を取り巻く、ちょっと変わったお話。
マーリン★チャンネル〜登録者数は1億人〜
ブリテン島のウーサー王の息子であるアーサーは、魔術師のマーリンにより知人にあずけられ、知人の息子であるケイと共に育てられていた。
あるとき、ケイが馬上槍試合に出場することになった際、不運にも剣を折ってしまう。代わりの剣を探していたアーサーは、カンタベリー大聖堂の前で石に突き刺さった剣を見つけ、その場で引き抜いた。その剣こそ、ブリタニアの正当な王だけが抜くことができると言われていた、あの有名な聖剣エクスカリバーであった。
――これが全ての伝説の始まりだった。
***
10年後。
「困ったモノじゃ……」
マーリンは、机に足を伸ばし、羽根ペンを口にくわえて呟いた。その姿は、偉大なる魔術師とは到底思えない。
「マーリン様、どうしました?」
マーリンの部屋に紅茶を持ってきたケイが、机にカップを置いた。マーリンは相変わらず渋い顔のままだ。
「いや、なに。ネタに詰まっておるんじゃ」
「ネタ、とは?」
「ネタといったらアレしかないじゃろう。Y●uTubeじゃよ」
「あぁ……」
およそこの時代らしくない言葉がマーリンから飛び出す。驚かないケイもケイだ。なぜ二人はこのような会話をしているのだろうか。
実はマーリンは、魔法の能力を使い、未来を視ることが可能だった。暇つぶしに1000年以上先の未来をみていたところ、全世界の人間が夢中になっている動画サイトを見つけたのだ。
その動画サイトでは、映像を撮影する媒体を持っていれば、誰もが動画をアップすることが可能だった。動画をアップするだけでなく、誰もが視聴したり、コメントを書くことが出来る。
人々は料理やスポーツ、メイクやニュースなど、様々なジャンルの動画をアップした。魅力的な動画はすぐに人気になり、再生回数や登録者数が跳ね上がった。
Y●uTubeは申請すれば広告収入を得ることができる。人気の動画を次々とアップすれば、莫大な富を得る事も出来た。Y●uTube(ユーチューバー)という職業もできたくらいだ。
この動画サイトに興味を持ったマーリンは、試しに魔法でスマホを作成し、動画を撮ってみた。
そう思いついたのが、10年前のケイの馬上槍試合の時だった。アーサーが代わりの剣を探していた時、聖剣エクスカリバーを握ったその瞬間を、なんとなく動画にしてみたのだ。
★【歴史的瞬間?!】アーサー王がエクスカリバーを抜いてみた【ヤラセ無し】★
「——まさかあの動画が5億回再生も行くとは思わなかったんじゃ……」
「その動画、今は大英博物館にも寄贈されているみたいですよ」
「聖剣伝説の人気をナメておったのう」
「というか、歴史的史実が動画になる事が奇跡だからでしょう」
「まいったな……わしが優秀な魔法使いであるばかりに……」
「はいはい」
マーリンは嘆くが、ケイはいつもの事なので適当にあしらいつつ、紅茶を飲んだ。
その甲斐あって(?)か「マーリン★チャンネル」の登録者数は瞬く間に全世界のトップに躍り出た。
そうなると、気になるのは次の動画の内容である。一流のユーチューバーは常に人気動画をアップし続けなければいけない。負けず嫌いなマーリンは、トップの座を守り続けるため、日々ネタ探しに奔走しているのだった。
すると、突然ドアをノックする音が聞こえた。ケイは「どうぞ」と声をかける。
「失礼、マーリン様。少しお話したいことが……」
「おお、アーサーか」
噂をすれば、ブリテンの王、アーサーの登場だ。聖剣エスカリバーを抜いた少年の頃の面影は残っているが、今は立派に成長し、王の自覚を持ちつつある、精悍な顔つきの青年になっていた。
「なんだ、ケイもいたのか。二人で何の話をしていたんだ?」
まさか、Y●uTubeのネタの話だなんて言えるはずもない。この秘密を知っているのはマーリンとケイだけだ。
よってアーサーは、自分が聖剣を抜いた瞬間が未来の人間に拡散されていることなど、全く知りもしないのだった。
真実を知れば、マーリンの事をどう思うかは謎だが、今は偉大なる魔法使いとして頼りにしている。ケイはアーサーを少し心配していた。
「南西方向にある湖の近くで反乱軍がクーデターを企てているという情報を入手しました。この計画について、マーリン様の見解をお伺いしたく」
「うんうん。まあそれより、アーサー。聞きたいことがあるんじゃが」
「何でしょう?」
「最近なんか、面白いことあった?」
(マーリン様……)ケイは心の中でため息を吐く。アーサーの顔はきょとんとしたままだ。国の有事だというのに、マーリンの頭の中はまだ、Y●uTubeの事でいっぱいのようだ。
「面白い話といいますと、具体的には……」
「なんでもいいぞ。特大ラーメンを大食いしたとか、心霊スポットに行ってみたとか」
「?」
「アーサー、いいんだ。気にしないでくれ」
思わずケイが話を遮る。だが真面目なアーサーは考え込んでしまった。
「面白い話かどうかはわかりませんが……最近トリスタンの様子がおかしいのです。いつもどこか浮ついているような……」
「ほうほう」
トリスタンとは円卓の騎士(アーサ王に仕える名だたる人物達)のひとりである。
「この間も会議中に居眠りをしていたのです。イゾルデ……なんて寝言まで言って。まったく、どんな夢をみているんでしょう」
アーサーはため息をつく。ケイは言った。
「イゾルデとは、アイルランドの王女のことですか?」
「そうなのか? 私はよく知らないけど」
「イゾルデを知らないなんてアーサーくらいですよ。なるほど、トリスタン様は小麦色の美しい髪を持つ王女、イゾルデに恋をしてしまったのですね」
――トリスタンとイゾルデ。このフレーズをどこかで耳にした人は多いかもしれない。二人にまつわる恋物語は後世に語り継がれ、リヒャルト•ワーグナーという名作曲家がオペラに昇華している。
ある日、イゾルデに助けられたトリスタンは、その美しさに一目で恋に落ちてしまう。
だが自分の恋心はともかく、自国の発展のため、実の父のように慕っていた王の花嫁候補として推薦してしまうのだった。イゾルデはこの頃からトリスタンに惹かれていたが、トリスタンの希望を叶えるため、王の花嫁に志願する。だが自分の気持ちを抑える事ができず、王との結婚後もトリスタンに会い、密会を重ねるのだった。
それを知った王が二人を許す筈はなく、最終的には、トリスタンは永遠の眠りについてしまう。二人の関係に涙しないものはいない。中世の騎士道物語を代表する、素晴らしい伝説だった。
もちろんこの段階ではアーサーは結末を知らない。ケイも同じだ。一部始終を知っているのは、未来視ができるマーリンだけだった。
ケイは言う。
「そうか。円卓の騎士とは言えどもたるんでいるな。トリスタン様には早く注意した方がいい。君への奉公が一番の職務だというのに、全く……」
「ちょっと待つのじゃー!」
マーリンがスライディングをしたせいで、長机の羽ペンや羊皮紙が宙を舞う。アーサーとケイはのけぞった。
「マ、マーリン様、どうしたのですか?」
「トリスタンに会ったら、この小型カメラを渡すのじゃ。四六時中額に装着しろと言ってくれ。アーサー王の頼みなら断れんじゃろう」
「は、はあ……」
不思議な機械を渡されて困惑するアーサー。ケイはその意図を探る。
(マーリン様、よもやその小型カメラでトリスタンとイゾルデの物語を動画としてアップする気じゃないですよね?)
(まあまあ、それくらいエエじゃろう。減るもんじゃないし)
(駄目ですよ。プライバシー侵害です)
(この時代にプライバシーの概念なんてないじゃろう)
(メタ発言はやめてください)
(今更じゃろうが)
マーリンとケイがバチバチと火花を散らす中、アーサーが小型のカメラを見つめながら言った。
「……わかりました。マーリン様のことですから、何か考えがあるのでしょう。私にお任せください」
「おお、やってくれるのか?」
「はい! トリスタンも快く承諾してくれるでしょう。早速行ってまいります」
マーリンは胸に手を当て、感慨深げに呟く。
「さすがはこの国の若き王じゃ……頼んだぞ」
アーサーはにこりと微笑んだ。
「いつも私を正しく導いてくださったマーリン様のためなら、造作もありません。すぐに成果を持って参ります!」
――アーサーが喜び勇んでマーリンの部屋を後にした数日後、出来上がったのがこの動画である。
★【悲恋注意】トリスタンとイゾルデ【二人の恋の行方は―?!】★
「おぉ……数十分前にアップしたばかりなのに、もう1万いいねがついておる! これで女性登録者のハートはわしづかみじゃな!」
「はあ……」
アップされた動画をクリックし、ため息をつくケイ。どんな魔法を使ったのかは知らないが、トリスタンの日々に密着して撮影されていた。イゾルデと出会うたびにピンクのエフェクトがかかり、効果音が入る。トリスタンがロマンティックな言葉を紡ぐたびに、字幕が付くという徹底っぷりだ。マーリンはどこでこのような技術を身につけたのだろうか。
動画の下に連なる文字は「コメント」というらしい。そこには〖感動しました〗や〖イゾルデちゃん、かわいい〗や〖媚薬に頼るなんて間違ってる!〗など、様々な感想があふれている。本当に多くの人間がこの動画を視聴しているのか、と驚いてしまう。
マーリンがY●uTubeに没頭する理由も少しわかる気がした。
***
またある日の午後。いつものようにケイがマーリンの部屋に紅茶と焼き菓子を持っていくと、マーリンは目を虚ろにしながら宙(くう)を見つめていた。
「……生配信……」
(またろくでもない事を考えているな……)
話しかけられると厄介なので、テーブルの上にカップとソーサーを置き、早々に立ち去ろうとするケイ。だが、何故か扉が開かない。不思議に思ってドアノブ辺りを見ると、魔法の紋章のようなものが浮かんでいた。マーリンがロックをかけたようである。
ケイは観念して「どうしたんです?」とマーリンに話しかけた。
「生配信とはリアルタイムで動画を配信することじゃ。動画にコメントを付けることもでき、配信者はそのコメントをみて動画の内容に反映することもできる。編集ができないので動画としてのクオリティーは落ちるが、ライブ感があり、配信者との一体感が味わえるため、その人気は絶大じゃ。人気動画配信者で、生配信をした事がない者はいないと言っても過言ではない。そのビッグウェーブに、登録者数1億に越えのワシが、乗らぬわけにはいかん……そう思うじゃろ?」
「…………」
「なんじゃ。なぜそんな冷めた眼でワシを見る」
あまりにY●uTuber事情に詳しいマーリンを見て、(世紀の大魔法使い……これが……?)という視線を浴びせてしまうケイ。もはや大賢者としての威厳は地に落ちていた。
マーリンは続ける。
「この間のトリスタンとイゾルデの動画はかなり評判がよかったのう。恋愛モノは強いという事はリサーチ済じゃ。そこでワシは閃いた。次の企画は、前回の動画の2倍は稼げ、いや、視聴者数が増えると……!」
「そんな事があり得るのですか……!」
マーリンの衝撃的な発言に、さすがのケイも驚きを隠せない。これ以上どうやって再生回数を増やすというのだろう。前回の動画の2倍と言えば、マーリン☆チャンネルで1番再生回数の多い「聖剣エクスカリバーを抜いてみた」動画を上回るではないか。いつもネタに悩んでいるマーリンに、どんな名案が浮かんだというのか。
「この動画が当たれば……広告収入で建てたキャメロット城をリニューアルする! 名付けてグレート•キャメロット城だ!」
「広告収入で建てたんですか?!」
キャメロット城とは、アーサー王の王国である、ログレスの都にある豪華な城のことだ。マーリンの後ろに設計図のようなものが見え『※動画部屋3つ以上増築必須』と書かれていたような気がするが、気のせいだろうか。
「そこでお待ちかねのネタの話じゃが、ランスロット……といえば、賢いケイには伝わるかな?」
「ランスロット……? まさか、マーリン様、そんな……」
「そう。ランスロット、ギネヴィア、アーサーの三つ巴の恋模様を生放送で中継するのじゃ」
ランスロットはアーサー王が率いる円卓の騎士のひとりである。その腕前は円卓の騎士の中でも随一であり、かつ、騎士道精神に溢れていることでも知られている。つねに礼儀正しく、正義のためには命を賭けて戦う、騎士の中の騎士であった。
しかしランスロットは、あろうことか、アーサー王の妻であり王妃でもあるギネヴィアと不倫関係にあるのだ。アーサーはこの事実を知らない。ケイも、初めてマーリンにこの話を聞いた時は、椅子から飛び上がるほど驚いた。ランスロットもギネヴィアも大変礼儀正しく、良き騎士、良き姫というイメージであったため、とてもそのような不貞行為をしているとは思いもしなかったからだ。
ランスロットはランスロットだし、ギネヴィアもギネヴィアだ。2人が1番大切にすべき人物は、他でもないアーサーではないのか。ケイには、2人が何を考えているのかわからなかった。死罪になってもおかしくない行為を、何故続けているのか、恋愛感情とはそこまで止められないものなのか――
「この恋の行く末が、ケイも気になるじゃろう? それに、そろそろハッキリさせるべきじゃ。このまま放っておいた所で何も解決はせぬ。それどころか、ますます3人の関係が悪化していくだけじゃ」
「それは……そうかもしれません……」
「人の恋愛事情に口出しをするのは、ワシも辛い。じゃが、誰かがお節介を焼かねばならぬ時がある。ここは賢者のワシが解決するべきじゃ。3人に叡智を授けてやろう」
「マーリン様……」
珍しくもっともらしい発言をした大賢者に、ケイは少し感動する。確かに、このままにしてはおけない。ランスロット、ギネヴィアには、目を覚ましてもらう必要がある。そしてこれからも、アーサーの良い騎士、良い妻として、一緒にこの国を守ってもらわねば。
「さて、そんなわけで舞台を始めるぞ。そろそろ来る頃じゃ」
マーリンがパチンと指を鳴らすと、扉が開いた。すると突然、ひとりの美女が、白銀の髪を揺らしながら、勢いよく飛び出してきた。
「ランスロット様! って……あれ?」
マーリンとケイの姿を見て、驚く美女。驚いたのはケイも同じだった。女性の正体は、先程まで話していた、この国の王妃、ギネヴィアだった。
「なぜ貴方達がここに?」
ギネヴィアが髪を整えながら質問する。マーリンは何もかもお見通し、といった表情で、ギネヴィアを迎え入れる。
「やあやあ、ギネヴィア嬢。ランスロットはまだ来てないようじゃのう」
「な、なぜ、私がランスロット様とお会いすると知ってるの?」
「大魔法使いじゃからな」
「繰り返しますけど、なぜ、あなた達がいらっしゃるのかしら?」
「なぜも何も、ここはワシのプライベートルームだからのう。今はちょうどお茶をしておったところじゃ。な、ケイ」
「は、はい」
ケイは思わず返事をする。こんなにタイミングよくギネヴィアが入室するなんておかしい。しかもランスロットと待ち合わせ? 本当に待ち合わせをしていたとしても、待ち合わせ場所がマーリンの部屋であるはずがない。マーリンが何らかの魔法を使ったのだろう。その予想が正しければ、そろそろ……
「お待たせしました、ギネヴィア様」
扉を開け、入ってきた長身の男。彼こそ円卓の騎士の一人である、ランスロットその人だった。
ランスロットはギネヴィア同様、マーリンとケイがいるこの状況が飲み込めず、目を白黒させる。
「なぜ、マーリン様とケイ殿がここに?」
「ランスロットこそどうしたんじゃ?」
「私はギネヴィア様と待ち合わせをしており……」
「ほうほう。何の用で待ち合わせをしてたんじゃ?」
「何の用かと申しますと、その……」
「ギネヴィアと二人っきりで待ち合わせをしてたのか? ん?」
「それは、その……」
図星を突かれたのだろう。うまい返答が思い浮かばず、思わず口ごもるランスロット。ギネヴィアも、マーリンの背後で気まずそうに口を結んでいる。ケイは何となく居た堪れなくなったが、マーリンは続ける。
「まあよい。ランスロットとギネヴィア嬢は何やら用があるのはわかった。ゆっくりくつろいでくれたまえ。ワシの事は構わなくてよいぞ。ケイと一緒にお茶をしておるからな」
「は、はあ……」
そうは言っても、ランスロットとギネヴィアが落ち着くはずがない。むしろ一刻も早くこの場から立ち去りたいだろう。ギネヴィアはランスロットの袖を引き、ひっそりと扉の方を指差した。ランスロットもそれに気付き、マーリンに伝える。
「せっかくのご提案に添えず申し訳ありません。マーリン様の憩いの時間を奪うわけにはいきませんので、我々は退室いたします」
「え、ええ。いきましょう、ランスロット様」
ギネヴィアも同意する。ランスロットが一礼し、ドアノブに手をかけた瞬間、ひとりでに扉が空いた。
そこには、今1番来て欲しくない人物、アーサー王の姿があった。
ランスロットとギネヴィアが硬直する。ケイも思わず口が開く。マーリンだけが、瞳の奥でほくそ笑んでいた。
「おや、ランスロット……ギネヴィアもいるじゃないか。どうしてこんな所に?」
アーサーが言う。まだ何も気づいていないようだ。ランスロットはぱくぱくと口を動かす。
「我々は、ええと、その……」
「ランスロットとギネヴィアは2人きりで会う約束があったらしいぞい。ここでは2人きりになれないから、丁度出て行くところだったんじゃ」
「なっ……!」
マーリンの爆弾発言に、ランスロットは思わず声を出す。アーサーは耳を疑った。
「なぜ私の妻と2人きりで会う必要があるんだ……? ランスロット、説明してもらおうか」
「いや、それはですね……その、ええと……」
「なぜ言い淀(よど)むのだ、ランスロットらしくない。ますます怪しいな……」
「そ、そんなことはありません!」
「そうです。ランスロット様は何もおかしくありませんわ。いつも通り、凛々しい騎士様です」
「ギネヴィア、あなたはランスロットの肩を持つのか? そんな……私を差し置いて……」
あまりの出来事によろめくアーサー。ランスロットは駆け寄るが、その手は払いのけられた。マーリンは、そんな様子をカメラに収めているようだ。先ほどから、パソコンの画面が騒々しい。
『キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! マーリン★チャンネルの生配信!』
『ランスロット様イケメン!』
『ギネヴィアちゃんは俺の嫁』
『アーサー王、負けないで!』
『エクスカリバーの動画時代から、ずっと応援しています』
『歴史的瞬間を実況で見られるなんて、信じられない!』
『なんてことだ……人類史に残る動画になるぞ……』
『アーサー王、ランスロット様、ギネヴィア王妃、みんな揃って幸せになって~』
現実世界では、いわゆる「修羅場」状態になっているが、盛り上がれば盛り上がるほど、動画の視聴者数は増えているようだ。嵐のようなコメントの数を前にして、マーリンは笑みを止めることができない。
「見てみぃ、ケイ。恐ろしいほどの再生回数じゃ……さすがワシのチャンネル!」
「は、はぁ……」
いつの間にか槍や剣が飛ぶようになった修羅場状態のマーリンの部屋で、感想など言う暇はない。
時折マーリンがランスロット向けの視聴者コメント(「ギネヴィア嬢と出会ったのは、やっぱり湖なの?」「息子であるガラハットのことはどう思ってる?」)等を読み上げるせいで、場はますますヒートアップしていた。
「——いくら優秀な部下、我が妃といえども……不貞が暴かれたからには、許してはおけない。そこになおれ! この聖剣エクスカリバーで、曲がった性根を叩き切ってくれる!」
「ちょっと、アーサー!」
さすがにそれはやり過ぎと思い、ケイが慌てて制止する。だが頭に血が上っているアーサーは、刃を引き抜き、二人に迫りよる。マーリンはここぞとばかりに、カメラをアーサーに向けた。
「問答無用! てやぁあああ!」
ランスロットはギネヴィアを背後に庇い、手甲でなんとか刃を防いだ。だが、伝説の聖剣の力は凄まじく、その威力は衰えない。相殺されなかった力は風圧に変わり、マーリンの持っていたカメラ、カメラに接続されていたパソコンを一刀両断にしてしまった。
「あぁーーーーーーー!!」
マーリンの断末魔があがる。
これにはケイ、ランスロット、ギネヴィア、アーサー全員が驚き、一斉に動きを止めた。
「配信が……! 一億人の視聴者との繋がりが一気に途切れてしまった……! アーサー、お主のせいじゃぞ!」
「な、なにを言っているんです?」
マーリンの意味不明な言動に、思わずたじろぐアーサー。無理もない。だが、マーリンの怒りは止まらない。
「ええい、マーリン★チャンネルはこれでおしまいじゃ! これでお主たちの茶番につき合う必要もなくなった!」
マーリンは、持っていた杖を高く振りかざす。すると中央に光の渦が発生し、瞬く間にキャメロット城を包んだ。
「マーリン★チャンネルに関わった全世界の人間は、全て記憶を無くすが良い―――!!」
光の輪が帯状になり、世界中の人間に伝播(でんぱ)した。その光に触れた者は全て、マーリンの魔法にかかった。一瞬の出来事であったが、一連の騒動はあっと言う間に収まった。
――よってマーリンがY●uTuberであった事実を知る者は、この歴史上誰もいないのであった。
End.
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