アラビアンナイト|アラジンとジンの不思議な遍歴②19世紀を席巻した大量のアラジン偽書

前回の記事で整理した通り、「アラジンと魔法のランプ」の物語は、アラビアの他にも中国やインドの説話の影響も感じられて、「まさに悠久の古代ユーラシアから伝わる物語なんだな!」という品格を備えています。

それゆえ、アラビアンナイトの中でも特に人気が高く、まさに代表格ともいえる作品に仕上がっています。

ところが、この「アラジンと魔法のランプ」という物語自体に、とんでもない深いミステリーが含まれています!

というのも、これまでにアラビア語圏においてたくさんの「アラビアンナイトの原型とされる古本」が見つかっているのですが、どういうわけだか「アラジンと魔法のランプ」が含まれているバージョンが、なかなか見つからないのです。

つまり、あれほど有名な「アラジンと魔法のランプ」は、じつはヨーロッパ人が「アラビアンナイト」を翻訳した時に勝手に紛れ込ませた、ヨーロッパ産の「贋作」なのではないか、という重大な嫌疑がかかっているのです。

「アラジンと魔法のランプ」は贋作?アラビアンナイトがヨーロッパに入ったそもそもの経緯を確認する!

アントワーヌ・ガランの「千一夜」フランス語版表紙
アントワーヌ・ガランの「千一夜」フランス語版表紙(原典

その贋作疑惑の容疑者とされているのが、アントワーヌ・ガランという十八世紀のフランスの文人です。

外交官として中東に二十年もの滞在経験があり、フランスに帰国した後、その経験を活かして「アラビア語の文献をフランス語に翻訳してヨーロッパに紹介する」という仕事に熱中しました。

彼がとりわけ夢中になり、翻訳紹介をライフワークとして位置づけていた大作が、「アラビアンナイト」でした。

アントワーヌ・ガランの翻訳したアラビアンナイトはたちまちヨーロッパで大ベストセラーとなり、現代まで続くアラビアンナイト人気のベースとなりました。

もしガランがいなければ、アラビアンナイトはこのような世界文学にまで広がっていなかったかもしれません。

そしてそのガランが翻訳に使ったアラビア語原典版の「アラビアンナイト」は、今でもパリの国立図書館に大切に保管されています。

ところが、問題はここからです。

ガランが翻訳に使用し、現在は国立図書館に保存されているその「アラビア語原典」版を調べてみると、どういうわけだか、「アラジンと魔法のランプ」が入っていないのです!

いったいガランは、どこから「アラジンと魔法のランプ」の物語を持ってきて、いったいどんな理由で、勝手に翻訳本にそれを付け加えてしまったのでしょうか?

混迷を深めた「アラジン偽書」事件!

アラジンと魔法のランプはどこから来たのか?

そもそも、これはガランが勝手に作った創作なのではないか。

つまり贋作なのではないか!

この疑惑は19世紀のヨーロッパに吹き荒れ、大論争を巻き起こしました。

ここにさらに混乱をもたらしたのが、大量の「アラジン偽書」問題です。

「ガランが翻訳した原典には、アラジンと魔法のランプが入っていない。ということは、ガランは図書館に残されているバージョンとは別の原典も、併用して使っていたのではないか?」

「もし、ちゃんとアラジンの物語が含まれているバージョンの原典がどこかで発見されれば、少なくともガランの贋作疑惑は晴らせるはず!」

こう思ったたくさんの文献学者が、幻の「もうひとつのガランの参考文献」を求めて世界中を捜索しました。

ところが、これも世の常と言いますか。

むしろ、続々と「アラジンがちゃんと掲載されているバージョンのアラビア語の原典が、古本屋で見つかった!」という報告がニュースとして流れるようになったのです。

ですが調べると、それらはすべて、アラビア人ないしアラビア語に堪能なヨーロッパ人が、ガランの「アラジンと魔法のランプ」をアラビア語に再翻訳しなおして滑り込ませた、まっかな偽物。

調べても調べても、「ガランの物語をアラビア語に再翻訳しただけのニセモノ」バージョンばかりが出てきて、肝心の「ガランが生まれるよりも前に出版されたアラビア語バージョンで、かつ、アラジンの物語が入っているもの」は出てこないありさま。

19世紀を席捲した「アラジン偽書」問題があまりにも混乱を深め、真相はますます藪の中、となってしまったのでした。

ガランの立場になって真相を推理してみましょう!

それにしても、個人的に引っかかることがあります。

容疑者であるアントワーヌ・ガランさんは、中東に外交官として赴任し、その文化に大変な感銘を受けた人物。

アラビアの文物をフランスに輸入しようという情熱に誠意をもって取り組んでいた、そんな人物が、贋作を紛れ込ませるなどという手の込んだことをするメリットがあるでしょうか?

ここで一冊、私がいちばん納得できる推理をしている本を紹介しましょう。

西尾哲夫さんが書いた、岩波新書の『アラビアンナイト』です。

そこで採択されている説によると、おそらく真相は、こういうことのようです。

 

  • まずガランは決して贋作者などではなく、誠実に「アラビアンナイト」の翻訳事業に向き合っていたのは間違いない
  • ただし、ガランには重大な「思い違い」があった。タイトルが「千夜一夜物語」となっている以上、1001夜分の物語が含まれているはずである、という思い違いである
  • 現代の我々は後世の研究により、アラビアンナイトの原題である『千夜一夜物語』というのは「たくさんの」という意味であって、正確に1001個の章に分かれているわけではない、ということを知っている。だが、発見者であるガランは、素朴なことに「1001章あるはず」という思い込みに駆られていた。そう仮定すると、ガランの入手しているアラビア語版には、282夜しかない!
  • 残る728夜分のエピソードを復元するために、どうやらガランは、当時のパリに滞在していたシリア出身の人々にヒアリングをしてまわり、口承で彼らが知っている「アラビアのオトギバナシ」を収集していたようだ
  • アラジンはそうやって口頭でインタビューをして回った際に聞いた物語の一つの模様。だからガランの贋作ではない。ただ、アラビアンナイトとは別のルートから聞いた口承文学の可能性が高い

「アラジンと魔法のランプ」の話をパリ在住の中東出身者から聞いたガランは、現代人のセンスからすると「なぜ?」と思ってしまう飛躍ですが、「これこそ、私の入手したアラビアンナイトから欠落している、残りのエピソードのうちのひとつにちがいない」と思いこみ、確信をもって「アラジンと魔法のランプ」を、自分の翻訳版の中に挿入してしまったようなのです。

現代では大問題になるような翻訳の仕方ですが、逆説的にもこのおかげで「アラビアンナイト」の完成度は高まり、ヨーロッパで大ベストセラーになったのでした。

では次回は、この物語に登場する「ジン」というのは結局ナニモノなのかを、現代イスラム圏での解釈も踏まえて、お話ししていくことに致しましょう!

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