「真夏の夜の夢」は読んだ?シェイクスピアが描いた妖精たち2

オベロン、ティターニア、パックと踊る妖精(ウィリアム・ブレイク)
オベロン、ティターニア、パックと踊る妖精(ウィリアム・ブレイク、原典

前回の記事で紹介したように、シェイクスピアの「真夏の夜の夢」の物語は、人間の若者たちと妖精たちが繰り広げるドタバタ劇です。

物語の軸になるのは人間たちの恋事情ですが、実際に話を進めていくのは妖精たちです。

美しいインドの少年をめぐって妻の女王ティターニアと喧嘩をし、妖精パックを使ってやっかいな惚れ薬をぬらせた〈オベロン〉。

いたずら妖精パックのせいで、ロバの頭に変えられてしまった人間に恋をするはめになる〈ティターニア〉。

彼女はオベロンの妻であり妖精たちを統べる女王です。

そして、もうひとり忘れてはならないキャラクターがいます。

いたずら好きの妖精〈パック〉です。

今回は「真夏の夜の夢」に登場する妖精たちの姿を追ってみましょう。

夜の森の世界をしきる、妖精王〈オベロン〉

物語を読んで、あなたはこの妖精にどんな印象をいだいたでしょうか。

自分勝手?独占心が強すぎる?

たしかにケンカをしていたとはいえ〈オベロン〉の仕返しはちょっとやり過ぎかもしれません。

しかも、愛する妻がほかの男性を愛している様子を滑稽に思いながら眺めているというのはあまり良い趣味とはいえない。

そして、人間らしい発想でもない。

それもそのはず。

〈オベロン〉は妖精の王ですから、妖精の特性がよく表されたキャラクターです。

それでも最後はすべてが上手くまとまるようにと事態を完結させたのは、やはり妖精の王と呼ばれるにふさわしい振る舞いかもしれません。

「真夏の夜の夢」で〈オベロン〉と呼ばれるこの妖精の成り立ちを、じつはべつの作品からうかがい知ることができます。

それが13世紀のフランスの叙事詩「ユオン・ド・ボルドー(Huon de Bordeaux)」。

この、フランスの中世騎士物語によると、〈オベロン〉の王国は「インドの果ての大草原地方」と呼ばれる香料の匂いかぐわしい空気のエルサレム東の地域に広がっているといいます。

また〈オベロン〉は自身の宮廷をもち、騎士の一団、道化師をかかえています。

シェイクスピアは「ユオン・ド・ボルドー」にも親しんでいたらしく、もしかするとアイディアの参考にしたのかもしれません。

「真夏の夜の夢」でシェイクスピアは、「ユオン・ド・ボルドー」の〈オベロン〉のずる賢くて移り気なところをそのまま借用しているようです。

加えて、妻であるはずの妃にたいして意地の悪い復讐の計画を立てたり、その一方で、離ればなれになってしまった恋人たちに同情をしめすといった様子を描きました。

新しい〈オベロン〉は親切心から若者たちの恋の仲直りの役にさえ立ってみせます。

妖精の女王〈ティターニア〉

「真夏の夜の夢」で〈ティターニア〉と名付けられたこの妖精の起源もまた、べつの作品に見ることができます。

〈ティターニア〉の名前は、古代ローマの詩人オウィディウスによる神話原典のひとつ「転身物語(メタモルフォーゼス)」のなかの「ダイアナ」が持つ呼び名のひとつからきています。

ダイアナは、巨人(タイタン)の種族の一人である太陽神ソルの妹で、月の女神です。

「真夏の夜の夢」でも若い乙女であるというダイアナの特長は引き継がれていて、女神そのものではないにせよ、〈ティターニア〉の性格はダイアナに似たところがあるように思います。

しかし、〈ティターニア〉は妖精の女王として登場しますが、威圧的で高慢な態度をとる女王的な存在としては描かれていません。

〈ティターニア〉はひじょうに子どもっぽくて本能のままに動く女性といったイメージを読者に抱かせます。

わがままで、すこしだけお高くとまり、自分の過失を認めて謝ったりしない。

女王というよりは、少女のような妖精です。

「真夏の夜の夢」を離れてみると、興味深いことに〈ティターニア〉の描写にはいろんな種類のものがあります。

あるときは霊妙な呪術や魔法の草を扱う修道尼のような姿で現れたかと思うと、べつのときは煌めく女猟人の姿で現れます。

そして、なまめかしく女性の優美さそのものの原型のような姿をしています。

〈ティターニア〉は古代の人たちの神話に属しているようにも見えます。

その特色は、夜の世界のものであり、夢のように闇を追いかけながらながい時を過ごして生きることなどによって際立っています。

夜の気まぐれな放浪者〈妖精パック〉

パック
パック(『A Midsummer Night’s Dream』、Shakespeare、原典

〈パック〉という言葉はいろんな意味を含んでいて、イギリスの方言のなかでは、この語にとてもよく似た言葉を見ることができます。

古代ローマの詩人オウィディウスによる「転身物語(メタモルフォーゼス)」のなかの〈パック〉は、邪悪とまではいかなくとも、すこし害のある精霊を意味していたようです。

ここで描かれる〈パック〉は、「ロビン・グッドフェロー」と呼ばれるずる賢い精霊。

この精霊は、夜になるとそっと人の家に侵入して家事を手伝ってくれることがあります。

ほかにも、床の掃除をしたり、穀物を粉にしたりと人びとに親しみ深いようすを見せてくれます。

ただ、気に入らないことがあると、いろいろといたずらをしかけてくるからやっかい。

たとえば、バターを作ろうとミルクをかきまわしていると、そのミルクの上澄みをすくいとったり、村中のあちこちをうろついて若い娘をおどかしたり、椅子に変身して、腰かけようとした人がいるとすっとすり抜けたりします。

そう、〈パック〉は椅子だけでなく、さまざまな姿に身をかえることができるのです。

たとえば「料理した焼きガニ」。「首のない熊」。さらに「火」にさえ化けることもできるというから驚きです。

そんな〈パック〉はやはりいたずら好きで、旅人に道を迷わせて困っているのを可笑しがったりします。

「真夏の夜の夢」のなかでシェイクスピアの手によって息を吹きかえした〈パック〉は、かつて田舎の人たちのあいだに伝わっていた話とはずいぶん姿をかえたようです。

あらあらしく野性的な者として語られることはなくなりました。

〈パック〉はいたずら好きだけど邪悪ではありません。

人の恋路をかきまわすけれど、悪者でもありません。

精霊時代とはちがって恐怖や邪悪の力の代表でもなく、いまや陽気な妖精です。

「恋なんて正気の沙汰じゃない」と言いつつ、惚れ薬を塗ってまわるのですから。

この道化師役パックをシェイクスピアは「やさしいパック」とか「正直者パック」と親しみをこめて呼んでいました。

妖精たちの中でも特別な思い入れがあったのかもしれません。

というのも、精霊の種類全体に対する包括的な呼び名だった〈パック〉を固有名詞としてはじめて用いたのはシェイクスピアだからです。

次回は、シェイクスピアが妖精たちを生みだした背景についてご説明しましょう。

※ライター:馬場紀衣

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