前回までの記事で、アラビアンナイトと、その代表作のひとつに数えられつつも数奇な「贋作疑惑」の中をさまよってきた『アラジンと魔法のランプ』の遍歴を追ってきました。
三回目の今回にて、いよいよ本題に入りましょう。
アラジンの物語にも登場する「ジン」とは、いったい何なのでしょうか?
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ネットで検索してもちゃんと出てくる「Djinn」!
この連載で以前に触れたように、「ジン」という言葉は現代のイスラム圏でも用語として生きているようです。
たとえば動画サイトでDjinnあるいはJinnなどと入力して検索してみてください。
以下のような類の動画がいくつかヒットすることと思います。
- 「現代のジンをカメラに収めた衝撃映像10選!」
- 「この夏上陸するホラー映画はジンが引き起こす超常現象を描いた大作!乞うご期待!」
いやはや「イスラム圏の人も心霊動画やホラー映画を見ることはあるんだな」と知ると、一気に親近感が強まりますね。
それにしても「ジン」というのが、日本のネットでいう「おばけ」「幽霊」「妖怪」のように一般名詞として使われているのは、なんとも驚きです。
現代のイスラム圏の人はどう解釈しているのか?
いったい現代イスラム社会における「ジン」の扱いとは、どのようなものなのでしょうか?
これはもう、直接イスラム圏の方にヒアリングするしかないと、本原稿のライターの知人(トルコ人)におもいきって質問してみました!
「個人的に知っているかぎりのこと」とのことわり書きつきでいただいた回答の内容が、以下の通りです!
- コーランの教えでは、ジンというのは天使とはまた別種の超常的な存在として、神が作ったものとされている
- よってジンというのは、当然人間以上の強力な存在であり、人間には理解できないような不思議な力をいろいろと持っている
- ジンは遥か昔からこの世界にいた連中だが、イスラム教の始まりと共に、彼らもまたイスラム教に帰依した
- そういうわけでジンの理解は「古代には猛威を振るったが、今ではイスラム教のシステムの中にしっかりと組み込まれて収まっている超自然的存在」である
- ただしジンの中にはいまだに悪さをするものもいる
- そういう場合のジンは人間にとりつき、西欧でいう「悪魔憑き」のような状態を引き起こす
- これが現代のイスラム圏でも、ショッキングな動画の編集者や、ホラー映画の作者に「ジンのしわざ!」というキャッチコピーが好んで使われる理由である
- ただし、そういうサブカルチャーで使われている「ジンが云々」という話はくだらないB級のものばかり。敬虔なイスラム教徒からは眉をひそめるような低俗なものとみなされている
- まじめなイスラム教徒の方は「ジン」という言葉をみだりに使うこと自体を嫌がる
- よって、非イスラム圏の人があまり興味本位でこの話題をしないほうがよい
ううむ、そういうわけでこの話題を深掘りすること自体、今回のヒアリング相手の態度としても、気分的にあまり好まれない雰囲気のようでした。
礼儀に適わないと指摘されてしまった話なので、現代におけるジンの探求は、私としてもこれくらいで打ち切ろうと思います。
ともあれそのような率直な「感じ方」をムスリムの方に教えてもらっただけでも、ヒアリングしてみた価値はあったかと思います。
「アラビアンナイト」の魅力の秘訣は、古代ユーラシア世界の縮図となっていること!?
さてこのような乏しい情報をまとめあげていくことでだんだん見えてきたのは、どうやら「ジン」というのはイスラム教の登場以前から中東に存在した民俗信仰の対象のようだ、ということ。
それがイスラム教の登場以降、死滅したのではなく、「イスラム教のシステムの中の存在」として再定義され、現代まで生き残ってきたらしい、ということ。
ちょっと大胆な比喩かもしれませんが、日本仏教ではインドの古代神が「〇〇天」のような名前を付けられて、みんな「仏さまの一種」と解釈されなおされていますよね。
あの事態にも似ているかもしれません。
だとするとアラビアンナイトには、
- 古代の中東のさまざまな民間信仰のなごりが入り込んでいる
- そればかりか古代の中国やインドの説話も少しずつ紛れ込んでいる
- それがイスラム教の宗教観の中で再編成され、統一された世界観の上に秩序立てられている
という特徴を併せ持った、まさに古代ユーラシア世界の集大成とも言える奥深い背景の本だ、ということになります。
アラビアンナイトの魅力の秘訣は、そのあたりにあるのかもしれませんね。
ちなみに、成立史そのものにまだまだナゾの多い「アラビアンナイト」において、「当初は含まれていなかったのではないか」という疑惑をかけられている物語は、「アラジンと魔法のランプ」の他にも以下のものがあります。
- シンドバッドの航海
- アリババと盗賊
これは!
アラビアンナイトの中の代表作であるはずの「アラジン」「シンドバッド」「アリババ」の三つがごっそり「疑惑対象」となってしまうとなると、ますますアラビアンナイトの正体はミステリアスに見えてくるのではないでしょうか?
アラビアンナイトはこれからも、物語としての面白さだけでなく、その成立をめぐる歴史ミステリーという点でも、我々の心を魅了してやむことはなさそうです。
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