「アマゾネス」は情けを知らぬ凶暴な女戦士の集団として、各種のファンタジー小説・ゲーム・漫画などに登場しています。
その名前から、アマゾン川流域にいる部族が元ネタなんじゃないかと思う人も多いでしょう。
しかし、元ネタはアマゾンではなく、中央アジアに存在していたのです。
その起源はギリシア神話に求められるのですが、このことを知っている人は案外少ないです。
そこでこの記事では、女戦士集団アマゾネスについて詳細に解説し、その正体に迫ります!
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「アマゾネス」は複数形、単数は「アマゾーン」

まずは用語の解説です。
「アマゾネス」は英語での表現であり、元はギリシア語の「アマゾーン」の複数形から来ています。
ギリシア語の単語の発音はあくまでも「アマゾーン」であり、どこかのTV番組でやっている「アーマーゾーン!」ではありません。
その名を叫ぶ時に上半身裸で両手を広げなければならない、というお約束もありません。
ただ、ギリシア語においては「長母音」と「短母音」は文字レベルで区別されています。
日本語に移す際に、長母音は短母音と混同されてしまいがちですが、単に伸ばすか伸ばさないかの違いしかないので、伸ばす方を覚えておいた方がよいでしょう。
本稿でもヘラクレスのように特に有名なもの以外では、ギリシア語の原発音に近い表記を心がけています。
ちなみに「アマゾーン」を分解すると、否定を意味する接頭辞「ア」と、「乳房」を意味する「マゾーン」に分かれるとのことです。
まとめて言うと「乳なし」になります。
これは弓を引くのに邪魔だから、という理由で女戦士たちが右の乳房を切除した、という痛そうな伝承に基いています。
しかし、現在ではペルシア語で戦士を意味する「ha-mazan-」などが語源で、「乳なし」はギリシア人による空耳の後付ではないかと言われるようになっています。
ヘラクレスとアマゾーンの女王
「アマゾネス」に関わる記録ですが、主にギリシア人の手によって残されています。
とは言っても、神話と一緒に語られたものが最初のため、後の人々は作り話だろうと思って信じませんでした。
「アマゾネス」関連で最も有名なエピソードは、ヘラクレスの「十二の功業」のひとつとして語られるお話です。

ヘラクレスはミケーネの王・エウリュステウスに命じられて、アマゾーンの女王ヒッポリュテーの「腰帯」を取りに行くことになります。
場合によっては戦いになるかと思ったヘラクレスですが、アマゾーン女王の宮廷に乗り込んでみると、女王が友好的な態度を取ってきたので拍子抜けします。
なぜ女王が友好的だったかというと、逞しいヘラクレスの肉体を見て、「これなら頑健な子が産めそうだ」と考えたからです。
アマゾーンが頑健な子にこだわるのはなぜかは、この後説明します。
しかし、ヘラクレス(夫の浮気の結果)が活躍することを面白く思わない女神ヘラは、女王の侍女に変装し「ヘラクレスが女王を拉致しようとしている」と騒ぎ立てます。
これで友好的なムードは吹き飛び、ヘラクレスもやむ無しと覚悟を決め、女王を殺してその帯を奪って帰りました。

なお、女王ヒッポリュテーですが、「ヒッポ」はギリシア語で「馬」の意です。
アマゾーン族が馬と深い関わりを持っていたらしいことがここで示唆されています。
「ウルトラマンA」では宇宙人ヒッポリト星人の名前のネタ元にされてしまいましたが。
黒海のアマゾン伝説
黒海近辺に住んでいたギリシア人は、また別の話を伝えています。
ここでも、主役となるのはヘラクレスです。
ある時ヘラクレスは、その頃無人であったスキュティアの地にやってきました。
突然寒波に襲われたため、ヘラクレスはライオンの皮を被って寝てしまいましたが、寝ている間に乗ってきた馬が行方不明になります。
馬を探してさまようヘラクレスの前に登場したのが、上半身美女で下半身が蛇という怪物。
ヘラクレスが怪物に「馬を知らないか?」と尋ねると、「馬はわたしが預かっている。返して欲しければわたしとエッチしろ」と要求してきます。
ヘラクレスは要求を飲み、馬を返してもらいました。
この時怪物は3人の子を妊娠し、ヘラクレスに「生まれてきた子をどうしよう?」と聞きます。
ヘラクレスは持っていた弓を構え、「同じようにできたものを王とし、できなかったものを追放せよ」と言います。
すると蛇女の末子が、父の残した課題を果たすことができたため、部族の王となりました。
ちなみに、スキュティアの一部はキンメリアとも言います。
シュワルツェネッガー主演の映画「コナン・ザ・グレート」のコナンは、キンメリア出身で、最終的にそこの王となる設定でした。
映画の冒頭部分で、コナンが怪物女と交わるシーンがあるのですが、そこはこの伝説を下敷きにしているようにも思われます。
なお、このシーンは漫画「ベルセルク」の冒頭シーンにも「引用」されました。
伝説上のアマゾン
ヘラクレスの説話を始めとする、ギリシアの記録に残るアマゾーンの姿をまとめると、以下のようになります。
- アマゾーンは黒海北方の草原に居住する部族で、女王に統率されている
- 子供が生まれると、その子が男の子であったら殺すか不具にして、女の子だけを育てる
- 子供が必要となった時には他部族から男を引き込む
- 頑健な子を産むために、父となる男性にはひたすら逞しさだけを要求する
- イケメンかどうかは全く問わない
- トロイア戦争でトロイア側に加担し、ギリシア軍と戦った
- 「乳なし」のエピソードからわかるように、武器としては弓を好んで使っていた
- この時女王ペンテシレイア(アマゾーンの女王)が、ギリシアの英雄アキレウスに殺されている
なお、漫画「OnePiece」にはアマゾン・リリー(リリーは「百合」)という国が登場しますが、神話に登場するアマゾーンたちには百合(女性同士の同性愛)のケはなく、男一筋です。
スキタイ人こそが4000年前からいるアマゾーン!
長い間、アマゾーンは伝説上の存在だと言われてきました。
しかし、その割には説話に具体的な地名が含まれることが多く、「ひょっとしたら何らかの事実を元にしているんじゃないか」と思う研究者も、少数ながら存在しました。
その後、考古学上の発見などが相次ぎ、アマゾーン伝説そのままの女戦士集団がいたかどうかはともかく、今では「ギリシア人にそう誤解されそうな習俗を持った民族はいた」という結論に落ち着いてきています。
その民族というのは、スキタイ人です。
彼らは、ギリシア人が言う「スキュティア」に居住していた遊牧民でした。
その特徴は、馬に乗ったまま弓を使う「騎射」の術に長けていたことです。
男だけでなく女も多く馬に乗り、弓を操ったことが、発掘された墳墓の副葬品や、遺体の骨の状況などからわかっています。

また、財産等は母系で相続していたようだ、ということもわかってきています。
つまり、男同様に弓騎兵として戦う女性が多かったこと、その社会も女性優位であるように思われたことから、「アマゾーン」伝説ができあがったのだということになります。
ヘラクレスに子種をねだった蛇女にしても、「馬にまたがった女戦士」の変形だったのだとすれば、大元の状況が想像できるでしょう。
なお、スキタイ人と同じように騎射をたしなんだ日本人は、流鏑馬の際に袖から胸を覆うカバーのような服を着用していました。
他の騎馬民族でも、弓を射やすいように片袖と胸を覆うカバーをつけるケースがよく見られます。
古代スキタイ人も同じような格好をしており、それが「乳なし」に見えたという可能性も、微妙にではありますがなくはないでしょう。
ヘラクレスと弓と馬
一般的なイメージだと、ヘラクレスは「武器を扱う技術とか関係なしに、力の限り棍棒を振り回す肉弾戦士」ですよね。
しかし、ギリシア神話に出てくるヘラクレスは、そんな単純なバーサーカーではありません。
意外に思われるかも知れませんが、弓をかなり得意としているのです。(「Fate」シリーズ本編では、ヘラクレスはバーサーカーでしたが、スピンアウト小説では、アーチャーとして登場します)

また、きちんとした師について、武術も修めていました。
ヘラクレスの武術の師となったのが、ケンタウロスのケイローンです。
ケンタウロスは、上半身が人間、下半身が馬というキメラ生物ですが、ケイローンは怪物ではなく、不死の命を持った神に準ずる存在でした。
もちろん、ケンタウロスそのものが、馬にまたがって戦うスキュティアなどの遊牧民のイメージから作られた生物であることは言うまでもありません。
つまりヘラクレスは、遊牧民からその戦闘方法を直に伝授されているのです。
ヘラクレスと北方の遊牧民との関係が具体的にどうだったのか、今残されている文献から詳しいことはわかりません。
今後の新発見に期待したいところです。
いずれにしろ、ギリシアにおけるアマゾーン伝説は、ヘラクレスとともに語られることが多いので、何らかの関係があったと考えられます。
アマゾン川とアマゾーン
さて、現代の日本で「アマゾン」というと、大抵の人が通販業者か、南米のアマゾン川を連想します。
このうちアマゾン川は、その流域でギリシアの伝説に通じる女戦士の部族が発見されたからアマゾンと名付けられた、といわれていました。
しかしこれも、じつは「乳なし」と同様の後付説明であり、現地の言葉に「アマゾン」と空耳するような呼称があったから、という説が現在では有力になってきています。
なお、仮面ライダーアマゾンは、このアマゾン川流域で育った野生児だから、という理由でアマゾンを名乗っており、女戦士の部族とは何の関連もありません。
仮面ライダーアマゾンズになると、さらに関係は薄くなります(通販業者との関係は濃くなりますが)。
まとめ
ギリシアの歴史には、ほとんど何の文献資料も存在しない「暗黒時代」と呼ばれる時代があります。
その間にギリシアの社会や政治、習俗は大きく変化したようです。
「暗黒時代」の後になると、ギリシアの戦士は映画「300」に出てくるような、盾で身を守りつつ槍で攻撃する重装歩兵となり、弓はほとんど使われなくなります。
しかしトロイア戦争の時代には、馬に引かせた戦車(チャリオット)で戦う戦術が主流だったようですし、それより前のヘラクレスの時代には、弓も使われていたようなのです。
神話や伝説の中には、こうした史実が隠されていることがままあります。
丹念に調べていけば、女戦士伝説からスキタイ人のような騎馬民族集団の存在が明らかになったように、新たな事実が見つかる可能性があるのです。
[…] 出典:mythpedia […]