これで巨人マスター!北欧神話で読み解く「進撃の巨人」解説

The Giant or The Colossus(アセンシオ・フリア,1808年)
The Giant or The Colossus(アセンシオ・フリア,1808年)

北欧神話やギリシア神話に登場する「巨人」ですが、これらをモチーフとして使う漫画作品は少なくありません。

なかでも「進撃の巨人」は非常に人気が高い、この手の作品のひとつでしょう。

今回はこの作品に登場する巨人たちが、神話の巨人たちとどこが同じで、どこが違っているのか、巨人にまつわる興味深いエピソードを徹底解説したいと思います。(一部ネタバレありますので、ご注意ください。)

ギリシア神話と北欧神話で三種類いる「神話の巨人」

日本では「巨人」とひとまとめに訳されてしまいますが、英語では「巨人」を意味する言葉は二種類あります。

ひとつは「Titan(タイタン)」で、もうひとつは「Giant(ジャイアント)」です。

どちらも語源がイギリスやゲルマン系にあるものではなく、ギリシアから来ています。

「Titan」の起源は、ウラノス(天空)とガイア(大地)の子であるティターンと呼ばれる神々です。

オリュンポス神とティタノマキア(Fall of the Titans.)
オリュンポス神とティタノマキア(Fall of the Titans.)

その中のリーダー格であるクロノスが、ウラノス以後、息子のゼウスに追われるまで世界を統治していました。

「Giant」は元々はギガースあるいはギガンテス(複数形)で、ガイアが単独で産んだとも、クロノスによって切り取られたウラノスの男根から滴る血で、ガイアが妊娠して産んだ子だとも言われています。

ギガンテスは「神の手では殺されない」という特徴を持っており、これと戦ったオリュンポスの神々は窮地に陥りますが、人間であるヘラクレスの助力を得て撃退に成功しています。

ヘラクレス
ヘラクレス(Hendrik Goltzius, The Giant Hercules)

余談ですが、このギガンテスとの戦い(ギガントマキアー)の際、アグリオスというギガースが、モイライたちによって殴り殺されています。

アグリオスは英語読みではアグリアスで、「ファイナルファンタジータクティクス」に登場する女騎士の名に使われており、モイライは「ファイブスター物語」(と、「重戦機エルガイム」の設定)に登場するアトロポス・ラケシス・クロトの三姉妹のことです。

運命の三女神:クロートー、ラケシス、アトロポス
運命の三女神:クロートー、ラケシス、アトロポス

また後で詳述しますが、北欧神話には「霜の巨人」あるいは「ヨトゥン」と呼ばれる種族が登場します。

これを含めると、メジャーな神話に登場する巨人族は三種類ということになります。

「タイタン」は知性派

さて、ティターンですが、ギリシア神話ではかなり知性的な存在であるように描かれています。

ゼウスの前代の神々の王であるクロノスがティターンですし、ゼウスの最初の妻で知恵の女神であったメーティスもティターンです。

クロノスに去勢されるウーラノス(1560年)
クロノスに去勢されるウーラノス(1560年)

さらには、人類に火を与えた賢者プロメテウスもティターンの一人です。

プロメテウスの名は、「先に」を意味する「プロ」と、「考え」を意味する「メテウス」(メーティスの名と同語源。英単語「Method」などもここから来ています)に分割できます。

「先に考える者」ですから、さぞや頭が良かったのだろうと想像できます。

プロメテウスとヘラクレス
プロメテウスとヘラクレス Prometheus and Hercules(Christian Griepenkerl, 1878)

もっとも、彼には「エピメテウス」(後から考える者)というあまり賢くない弟や、天空を支え、ヘラクレスに騙されたアトラスという兄もいますが。

いずれにしろティターンは平均すると高い知性を持ち、それだけではなく神性も持っています。

訳語としては「巨人」よりも、「伝説巨神イデオン」以後に普及するようになった「巨神」の方がふさわしいかも知れません。

「ジャイアント」は脳筋派

The Giant or The Colossus(アセンシオ・フリア,1808年)
The Giant or The Colossus(アセンシオ・フリア,1808年)

一方ギガンテスですが、同じくガイアを母とするのに、こちらは揃いも揃って脳筋派で、神話の中に知性を示すエピソードが見当たりません。

ポルピュリオーンというギガース(ギガンテスの単数形)に至っては、ゼウスにそそのかされてヘラに対して劣情を抱き、その服を引き裂いたところでゼウスに「隙あり」とばかりに成敗されてしまいました。

それ以外のギガンテスも、大部分が撲殺されたり火山を投げられてその下敷きになったりと、ほぼ物理攻撃で倒されてしまっています。

知性も神性も、ほとんど感じられません。

ちなみに、長谷川裕一氏の漫画作品に、「逆襲のギガンティス」というものがあります。

これはジュドー・アーシタが操るメガゼータ(Zガンダムの改良型)が、イデオンと戦うという内容です。

イデオンは日本語でも「巨神」であり、神と呼ぶにふさわしい神性も持っていると考えられるのですが、この作品のタイトルにおいてはギガース扱いでした。

ついでに細かい突っ込みですが、ギガンテスの「テ」はτ(タウ)とε(イプシロン)であり、「ティ」と発音することはありません。

「進撃」しているのはギガンテス?

「進撃の巨人」のタイトルの英訳は「Attack on Titan」で、「巨人」はタイタン、つまりティターン系だとされています。

しかし登場する巨人たちの行動様式からみる限り、彼らはティターンの仲間ではなく、ギガンテスに近い存在であろうと思われます。

何より「人の手によって殺すことができる」という特徴を持っており、これは「神の手では殺せず、人間の手を借りなければならない」(その割にモイライなどに撲殺されていたりしますが)というギガンテスの特徴に通じます。

ティターンは「捕食」する

『我が子を食らうサトゥルヌス』(フランシスコ・デ・ゴヤ画)
『我が子を食らうサトゥルヌス』(フランシスコ・デ・ゴヤ画、原典

「進撃の巨人」の巨人たちに、全くティターン的な要素がないとは言えません。

彼らは人間を捕食しますが、これは将来自分の王権を脅かす存在となるのを恐れ、生まれた子を次々と飲み込んでしまったティターンの王クロノス(ローマ神話のサトゥルヌスに相当)の行動に通じます。

巨人に捕食されたと思われた主人公エレンが生き残り、その後巨人に対抗する力を手に入れた、というあたりは、クロノスに捕食されるのを免れ、ティターンと戦うに至ったゼウスの姿に被ります。

「進撃の巨人」には知性を持たない巨人と、巨人化能力を持った人間、巨人を捕食することによって知性を蘇らせた巨人などが登場します。

知性を持った方は、ギガンテスではなくティターンかな、と思わせる点もありますが、彼らは神ではなく、あくまでも巨人の肉体を獲得した人間でしかありません。

巨人である以前に神であるティターンと同じグループに属するとは考えにくく、このため「Atttack on Titan」でいいのかな? と思わずにはいられません。

北欧神話の巨人との接点

一般には、「進撃の巨人」の巨人たちはギリシア神話との関係ではなく、北欧神話との関係で語られることが多いようです。

こうなったのは、巨人化能力を持つ人間の一人に「ユミル」という名前が与えられているせいでしょう。

「ユミル」は北欧神話に登場する、原初の霧の巨人の名前でもあります。

北欧神話の「霧の巨人」はヨトゥンと呼ばれ、これもティターンと同種の神の一種だと考えられています。

ヨトゥンに属するものたちは、北欧神話で神とされているアース族やヴァン族と敵対しつつも対等に付き合っています。

アース族の神で、女巨人を妻としたり、子を産ませたりしたものも少なからずいます。

また、トリックスターとして有名なロキも霜の巨人ですが、非常に高い知性を持っています。

Loki finds Gullveig's Heart(John Bauer, 1911)
ロキ (Loki finds Gullveig’s Heart, John Bauer, 1911)

この点から見ても、彼らはティターンに近く、「進撃の巨人」の巨人たちとは異なっているように思われます。

北欧神話の霜の巨人「ユミル」

実を言うと、「ユミル」と呼ばれる霜の巨人だけは、北欧神話の他の巨人たちと少々性格が異なっています。

「ユミル」はこの世に生まれた最初の生物であり、続いて生まれた巨大な牛・アウドムラ(「機動戦士Zガンダム」に登場した輸送機の元ネタ)の乳を飲んで生きていました。

アウドムラが周囲の氷を舐めていると、中から男の肉体が現れます。

この氷の中から出てきた男が、北欧神話の最初の神ブーリとなります。

氷を舐めるアウズンブラと、その乳を飲む巨人ユミル。舐めた場所からは、全ての神の祖先ブーリが現れた。
氷を舐めるアウズンブラと、その乳を飲む巨人ユミル。舐めた場所からは、全ての神の祖先ブーリが現れた(ニコライ・アビルゴール画, 1790年)

ブーリはやがて息子ボルをもうけ、ボルは霜の巨人の娘であるベストラをめとって、オーディン・ヴィリ・ヴェーの三人の息子を得ます。

この三人がユミルを殺害し、その遺体の各部を使って、世界を形成するのです。

オーディン・ヴィリ・ヴェーに倒される巨人ユミル
オーディン・ヴィリ・ヴェーに倒される巨人ユミル(ローランス・フレーリク画)

ユミルの血は海や川になり、身体は大地になり、骨は山に、歯は岩石に。

さらには腐った残りの部分から生じた蛆すら、妖精という形で利用しつくされました。

『巫女の予言』におけるミズガルズの創造
オーディンとその兄弟(ヴィリ、ヴェー)による世界の創造(Odin and his two brothers create the world out of the body of Ymir. By Lorenz Frølich)

なお「ユミル」はサンスクリット語の「ヤーマ」と同語源であると言われています。

ヤーマはインド神話における最初の人間であり、最初の死者でもあります。

このため死後冥界の支配者となり、後からやってくる死人たちを裁き、日本でも「閻魔大王」として知られるようになります。

ただ、ユミルは名前こそヤーマと同語源のようですが、その性格はヤーマではなく、同じくインド神話に登場するプルシャとほぼ同じです。

プルシャも巨人であり、その死後遺体の各部から世界が形作られたという神話を残しています。

「ヨトゥン」という言葉の意味するもの

定説とまではなっていないようですが、「ヨトゥン」は英語の「eat」と同語源だという説があります。

「貪欲に食らうもの」という意味が元になっているそうです。

これは「進撃の巨人」の、「人間を捕食する」というイメージにつながるように思われます。

ただそれ以上の深い関連は、作品中からは見いだせません。

単なるイメージモチーフの一つになったのではないか、という以上のことは言えないでしょう。

まとめ

「進撃の巨人」の巨人は、少なくとも北欧神話やギリシア神話には、同じような性格を持つ存在を見いだせないようです。

最初に示したように、英語のタイトルでは「タイタン」を使っていますが、その性格はかなりティターンとは遠いものとなっています。

「巨人」という呼称にこだわらずに、一番性格的に近いものを探してみると、実は日本の「鬼」が一番近いのではないかと思われます。

後の時代には、体色は赤か青で角を生やし、虎の皮のパンツを穿いているという設定になりますが、平安時代の頃は単に大きく恐ろしい外見を持ってはいるが人間と同じようなものでした。

ただし、人肉を喰らい、場合によっては人間に変装するなどといった特徴も持っています。

この古い姿の鬼が、「進撃の巨人」の巨人たちと共通する要素を多分に持っているように思われます。

ただ、「進撃の巨人」自体がまだ未完の作品なので、これから「巨人」の性格がどう変化していくのかは作者以外にはわかりません。

とんでもないどんでん返しがあり、すべての読者が「ああ、やはり『Titan』とするのがふさわしい」と思うような展開になる可能性も残されているのです。

テュールの腕を喰いちぎるフェンリル(ヨン・バウエル, 1911年)
パルテノン神殿

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