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神話の舞台を現代ギリシャに訪ねる:ロードス島、ファンタジー好き垂涎の地

ロドス島(Heiko Gorski撮影)
ロドス島(Heiko Gorski撮影、原典

「世界の七不思議」なる言葉があります。

エジプトのピラミッドやバビロンの空中庭園など、古代地中海世界で有名だった建造物7つにあてられた名称です(ちなみに「不思議」といっているのは「凄い景色」という意味であって、「大灯台」のような別に不思議なところはないもの(!)も含まれています。本来は「世界のオドロキ7景」くらいのニュアンスかもしれませんね)。

そのうちの一つに数えられているのが、「ロードス島の巨神像」。

およそ32メートルという巨大な神像が、ロードスの港町の入り口にドンとそびえていた、というのです。

残念ながら古代にあった大地震で倒壊してしまったそうですが、想像するだに、どれほどの威容だったことか。

だってニューヨークの自由の女神像とほぼ同じ大きさですからね……。

そのようなものが紀元前の世界にあったとは!

そんなロードス島、巨神像は失われたままながら、その市街の美しさから今日ではギリシャを代表する観光名所のひとつとなっております。

子供の頃にギリシャに滞在していた本稿のライターが現代ギリシャの見どころを紹介するこのシリーズ。

今回はロードス島の魅力をお伝えしたいと思います。

行ってみると素晴らしすぎる景観の島!特に中世ヨーロッパをモデルにしたファンタジー世界が好きな方は一度は行くべし!

ロドス島(Heiko Gorski撮影)
ロドス島(Heiko Gorski撮影、原典

このロードス島、ギリシャの首都アテネから飛行機で1時間程度のところにある島なのですが、ハイシーズンには世界各地からの観光客で大賑わいとなります。

私も一度、行ったことがあるのですが、その景観は素晴らしいのヒトコトです。

自然が美しいというだけなら他のギリシャの島々と同じですが、この島の圧巻は、中世ヨーロッパの雰囲気が濃厚なまま残されている市街そのもの。

「騎士団長が住んでいた家」とか「街を守る櫓(やぐら)」とか「海からの艦砲射撃に備えるための海沿いの城壁」とか、まるでマンガやゲームの世界に登場するような「城塞都市」そのままの世界が広がっています。

しかもそれらが「歴史地区」として過剰に囲われているわけではなく、今でも普通に島の人々がそんな城塞都市の中で暮らしているところなのです。

ペットボトルを片手に一日散策するだけで、騎士の世界そのままの雰囲気に浸れます!

どうして古代にはギリシャ神話の巨神像が立っていた町が、今では中世ヨーロッパ騎士の文化である城塞都市になっているのか?

その説明の為に、ロードス島の歴史をざっと振り返ってみましょう!

古代ギリシャでは海上の重要拠点!アレクサンドロス大王の後継者たちの侵攻を防ぎ切った!

イッソスの戦い、左がアレクサンドロス、右がダレイオス3世
イッソスの戦い、左がアレクサンドロス、右がダレイオス3世

地図で確認するとよくわかるのですが、ロードス島はギリシャとエジプトを結ぶ海上交通の要衝にあたります。

古代世界では船が物流の中心であった上に、ギリシャとエジプトは地中海エリアの二大先進地。

地理的条件のゆえに、この島はしばしば征服者たちの野望の対象となりました。

しかしロードスは海上貿易を通じて古くからの商業都市として自立しており、さまざまな勢力についたり離れたりを繰りながら、古代世界をうまく生き抜いておりました。

最大の危機となったのは、かのアレクサンドロス大王の死後に起こった、後継者たちの内紛。

この時ロードス島も攻撃を受けますが、都市に立て籠もる持久戦で見事に耐え抜き、ひきつづき激動の古代地中海で自立を守り抜きました。

先に紹介した巨神像は、この時に作られたもの。

太陽神へリオスを讃えて作られたものと言われております。

「あれ? ヘリオス? ギリシャの太陽神の名前はアポロンじゃないの?」と思った方も多いかもしれません。

実は紀元前の古代ギリシャではアポロンとは別にヘリオスという神様がいて、馬車に太陽を載せて東から西へ毎日運ぶのはこのヘリオスの役割とされていました。

太陽の戦車に乗るヘリオス(Helios in the sun charriot、Johann Baptist Zimmermann画)
太陽の戦車に乗るヘリオス(Helios in the sun charriot、Johann Baptist Zimmermann画、原典

そのヘリオスが、現代に伝わっているギリシャ神話ではめったに出てこなくなっちゃったのはなぜか?

現代の長編マンガや長編小説でもありがちなことですが、アポロンと役割がかぶっていたところがあったので、いつのまにか「太陽神=アポロン」一択にされてしまったみたいです。

ヘリオスが担っていたさまざまなキャラクター設定は、すべてアポロンに吸収されてしまいました。

そんなヘリオスさんも32メートルという巨大な像がもしロードス島に今日まで遺っていれば、いまだに超有名人(あるいは有名神?)だったと思うのですが、肝心の巨神像は大地震で倒壊してしまいました。

さらに巨象の残骸はイスラム帝国が地中海世界を席巻した際に売り払われ、スクラップにされてしまったそうです(イスラムの慣習では偶像崇拝は禁止です!)。

ヘリオスさんには涙目の運命、かえすがえす残念なことです!

中世のロードス島は対イスラム帝国・トルコ帝国の最前線基地として復活!ヨーロッパ中の騎士が集まってきた!

そんなロードス島、中世の時代には、また新しい役割を担うようになります。

先ほど「地図を見るとロードス島はちょうどギリシャとエジプトの間の要衝」という話をしましたが、もう一度、地図を確認していただけると気づくことがあると思います。

トルコにも、近いのですよね。

ギリシャ・トルコ・エジプトを結ぶ三角形の中心点、というようなポジションにある島なのです。

そして中世以降のトルコといえば、アラビアにかわるイスラム教圏の最先進国としてたびたび東ヨーロッパへの侵入を試みていた大帝国。

陸路ではオーストリアのあたりがキリスト教軍とイスラム教軍の最前線として拮抗しました。

そしてロードス島は、海路上の最前線となったのです。

トルコに絶対にとられるわけにはいかないこの島をなんとかして守りたい!

そんなキリスト教世界内での呼びかけにより「聖ヨハネ騎士団」が結成され、ヨーロッパ各国の高名な騎士たちが参加してロードス島に城塞都市をつくり、ここを拠点にトルコとの長い戦いを開始しました。

※このあたりは小説家の塩野七生さんが『ロードス島攻防記』という面白い本にまとめてくれていますので、機会があったら是非、読んでみてください!

ファンタジー小説の『ロードス島戦記』と紛らわしいタイトルですが、『ロードス島攻防記』のほうは実際の歴史を取材したドキュメンタリータッチの小説です。

ロードス島の城壁が海に向かって軽く斜面になっているのは、「敵からのよじのぼりにくさ」よりも「大砲を直撃したさいの倒れにくさ」のほうを優先した、当時としては大胆にして合理的なデザインだったのだとか、「ナルホド!」な解説がいっぱい載っています!

この聖ヨハネ騎士団というのが、「フランス部隊」「スペイン部隊」「イタリア部隊」など、出身国別の部隊に分かれて編成されていて、喩えはよくないかもしれませんが「多国籍軍」みたいな感じだったのだなということがよくわかります。

聖ヨハネ騎士団の名残がたっぷり残る現代のロードス島は、とにかく街そのものが恰好いい!

城壁上で戦う聖ヨハネ騎士団(1291年のアッコン包囲戦)(『The Siege of Acre.』、ドミニク・パプティ画、1840年頃の絵画)
城壁上で戦う聖ヨハネ騎士団(1291年のアッコン包囲戦)(『The Siege of Acre.』、ドミニク・パプティ画、1840年頃の絵画、原典

聖ヨハネ騎士団自体は結局トルコの攻撃を支えきれず、やがてロードス島は陥落してしまいます。

もっとも聖ヨハネ騎士団は騎士様が集まってきて結成された部隊なので、メンバーは約500人。

従者をカウントしてもせいぜい数千人の規模。

キリスト教各国から豊富な資金援助は受けていても、援軍がどこかからくるアテはほとんどありません。

トルコ帝国は奴隷兵をいくらでも投入できるので十数万人の規模、かついつでも本国から奴隷兵を補充できるわけなので、しばらくの間とはいえ互角に戦えていただけでも驚異的、という見方もできますが。

トルコ側でも「聖ヨハネ騎士団はあっぱれ!」という風潮が高まり、ロードス島がトルコの支配下になった後も、騎士たちの邸宅や城塞都市の街並みはそのまま遺されました。

そういうわけで現代でもロードス島を訪れれば、中世の軍事施設をいろいろ見学できる上に、「スペイン部隊が駐屯していた屋敷」「イタリア部隊が駐屯していた屋敷」などもそれぞれ細部まで遺っています。

もはや街全体が巨大な博物館です!

まとめ:ドラクエ・FF世代ドンピシャの私が少年時代にここを訪れた思い出

私自身、家族の仕事のおかげでギリシャにいた子供の頃、父親に連れられてここを訪れたのですが、「まるでファンタジー小説の世界に入り込んだようだ」と興奮しながら散歩をしたことをよく覚えています。

ちょうどドラクエ・ファイナルファンタジーの世代にあたる少年でしたしね。

特に記憶に残っているのは、町のオッサンが家の前に花壇をつくっていて、その花壇がやけに大きなまんまるの球体状の石を組み立てて作られていたこと。

「この花壇の石は何?」と聞いてみると、「あ、これは聖ヨハネ騎士団が使っていた大砲の砲丸らしいよ。掘ったらいっぱい出てきたんで花壇に使おうと思ってね」というのが回答。

博物館に寄贈しなくてよいのか?!というツッコミを子供心に感じつつも、「この島はスゴイ!」と目が回るような感動を覚えた瞬間でした。

もっとも、本当にあの花壇は中世の砲丸を集めて作っていたのか、あのオッサンが東洋人の子供が質問してきたのを見てうまくからかってきただけだったのか(!)は、いまだに謎のままでございます。

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