まさか自分の父親と…マオリ神話の女神ヒネ・ヌイ・テ・ポの悲劇

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ニュージーランドに暮らす先住民マオリ族の間で受け継がれてきたマオリ神話。

マオリ神話では様々なモノゴトの起源が伝えられており、その中には一日の終わりである夜と、人生の終わりである死についても語られます。

誰もが忌み嫌いながら、誰ひとりとして逃れることの出来ない「闇」を司るのは、女神ヒネ・ヌイ・テ・ポ。

マオリ語で文字通り「偉大なる(ヌイ)夜(ポ)≒死の女神(ヒネ)」を意味するそうです。

そんな彼女ですが、生まれた時から死と夜を司っていたわけではないそうで、今回はその辺りの事情について調べてみたので、今回紹介したいと思います。

「夜明けの女神」と名づけた娘に……。

昔むかしの大昔、まだ世界の天地が創造されて間もないころ。

ヒネ・ヌイ・テ・ポは、森の神であるタネ・マフタと、彼が泥から創ったヒネ・アフ・オネ(泥の女神の意)との間に生まれます。

彼女ははじめ「夜明けの女神」という意味のヒネ・ティタマと名づけられました。朝日が差し込み、世界が徐々に明るくなる……希望に満ちた、素敵な名前ですね。

ヒネ・ティタマは名前の通り素敵な女性に成長しましたが、結婚適齢期になっても伴侶となる男性が周りにいません。

暮らしは満たされているはずなのに、なぜかは分からないけど無性に寂しくなる時がある……。そんなヒネ・ティタマの前に現れたのは、父であるタネ・マフタ。

「お父s……ゲフンゲフン。理想的な男性であるこの私が、あなたの伴侶となってあげましょう」

「あぁ、何ておやさしい方。素敵……」

他に男性が存在しない(※)原初の世界ですから比較検討の余地などなく、ヒネ・ティタマは自分の父親とは知らぬまま、結婚を承諾してしまったのです。

※補足:厳密にはタネ・マフタの父「偉大なる天」ランギ・ヌイがいるものの、あまりに偉大すぎて恋愛対象にはならなかったのでしょう。

ここまで話を聞いて「オイちょっと待て、自分の娘に手を出すなんて正気じゃないし、母親は止めないのか」というツッコミが入りそうなものです。

にもかかわらず、ヒネ・アフ・オネが止めに入った様子がないため、既に亡くなっていたか、あるいはタネ・マフタの変態ぶりに愛想を尽かして出て行ってしまったのかも知れません。

ちなみにタネ・マフタの変態ぶりと言えば、少し時をさかのぼって彼が天地を創造した際、ランギ・ヌイの伴侶である「母なる大地」ことパパ・トゥ・アヌクに求婚。

「自分の息子と交わるなど、できる訳がないでしょう!」

断られたタネ・マフタは自分の性欲を満たすため、とりあえず色んなモノと交わってみます。

しかし、生まれてくるのは山やら石やら爬虫類やら……これが万物の起源と言われますが、人間の姿をした赤ん坊は生まれてきません。

「やはり、人間の姿をしたモノと交わらないとダメか……」

そこでヒネ・アフ・オネを創って交わったところ、ようやくヒネ・ティタマが生まれたのでした。

「やはり、人の姿をしたモノから生まれた赤ん坊は美しいな。では、その美しい赤ん坊が成長したモノと交われば、もっと美しいモノが生まれるはず……」

とでも考えたのか、美しく成長したヒネ・ティタマが何も知らないのをいいことに、まんまと結婚し、多くの子供たちを産ませたのでした。

近親相姦を恥じて、冥界へ逃げ込む

……そんなある日のこと。ヒネ・ティタマはふと思いました。

生きとし生けるすべてのモノは、父と母から生まれると聞く。

夫タネ・マフタは私の母ヒネ・アフ・オネを知っているようで、その話はしてくれたことがあるが、父の話はしてくれたことがない。

「もしもご存じでしたら、私の父について、教えていただけませんか……?」

ヒネ・ティタマが訊いたところ、タネ・マフタは答えました。

「……家の柱に訊くがいい」

屋根を支え、家庭の中で起こったすべてを見てきた柱が、その答えを知っている。

現代人なら「何をバカな」と思うところですが、ここは神話の世界。素直なヒネ・ティタマは柱に向かって、父のことを訊ねます。

「あなたは、私の父を知っていますか?」

しかし、柱は何も答えません。

「そりゃそうだろう。柱なんだから」と思うかも知れませんが、すべてを見て知っている柱の沈黙には、もっと深い意味がありました。

かつて父はこの家の中にいて、柱はそのことを知っていながら、答えない。答えることが出来ない。

「……まさか!」

自分が交わった伴侶タネ・マフタこそ、母をして自分を世に産ませた父であった……勘のよいヒネ・ティタマは気づいてしまったのです(よすぎる気もしますが)。

「あっ、待ちなさい!」

知らなかったとは言え、近親相姦の罪を犯してしまったことを恥じたヒネ・ティタマは地上世界(ハワイキ)から地下世界(ラロヘンガ)へと逃亡。

タネ・マフタが連れ戻しに来ても決して戻ることなく、名前もヒネ・ヌイ・テ・ポと改め、冥界の女王となったのでした。

それからと言うもの、タネ・マフタが森のあらゆる命を生み出す一方で、ヒネ・ヌイ・テ・ポが命を冥界へ連れ去るようになり、これが死の起源ということです。

※参考文献

  • アントニー・アルバーズ(井上英明 訳)『ニュージーランド神話 マオリの伝承世界』青土社、1997年6月
  • ロズリン・ポイニャント(豊田由貴夫 訳)『オセアニア神話』青土社、1993年6月

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